第39話 三騎、衝突
八時間の湿潤休息で、削れた外膜と魔力が満ちた。
HP二百六十八。魔力四百七十二。食料は〇・二五食、濁り骨三本。罠に使える材料は、それだけだ。
「満タンなのは俺だけ。材料袋は空っぽ。人生って公平だな」
「どこがだ」
ヴァルカが中央通路の骨棚を鉄槌で叩く。昨日、動けなくした一騎を通路の中央へ誘導し、棚と棚の間へ挟んである。残る二騎は左右の広間で死骸を漁っていた。
作戦は、三体の進路を重ねること。
魔力刻印Lv2で、右の騎士には左の騎士を、左の騎士には動けない騎士を、回収対象として一時的に示す。契約杭で覚えた三命令循環の応用だ。ただし、対象と方向を示せても、骨冠騎士を支配はできない。
「一列に並べて、正面衝突させる。簡単だ」
「簡単な作戦は説明が短い。これは説明だけで朝が終わった」
「不安にさせるなよ!」
俺は右通路へ水を一本走らせた。床に刻んだ印へ触れると、紫の光が騎士の兜へ反射する。
咆哮。
一騎目が走り出した。骨の巨体とは思えない速さだ。一歩ごとに石床が割れる。
左にも刻印を起動する。二騎目が剣を構え、中央へ突進した。
「来た! 壁役、頼むぞ!」
動けない騎士の肩へ、壁役に回した濁り骨二本を魔材クラフトで固定する。壁として三呼吸は耐える計算だった。
一呼吸目。
右の騎士が壁役へ衝突し、骨棚が揺れた。
二呼吸目――を待たず、壁役の腰が折れた。
折れた瞬間、乾いた破裂音が市場じゅうへ弾けた。固定に使った濁り骨二本も、白い粉と灰色の欠片になって飛ぶ。手元に残る濁り骨は一本だけ。壁を組み直す数はない。
「全部使ったのに、一呼吸!?」
悔しさで体が熱くなる。集めた材料を使い切って、それでも計算に届かなかった。だが、立ち止まって数え直す暇はない。右騎士の角冠が壁役の胸を突き破り、牛角と牙の束が俺へ向いた。
鎧の奥から、ごき、ごき、と太い骨を噛み砕く音が響く。右騎士は壁役の腰骨を自分の脚へ継ぎ足し、踏み込みをさらに長くした。左騎士は遅れて肩をぶつけ、二体分の鎧が鐘みたいな重低音を鳴らす。
「作戦が壊れた上に、敵だけ強くなるのかよ!」
「泣くのは生きて帰ってからだ!」
ヴァルカが俺の横を駆け、鉄槌で床の骨を遠くへ弾く。右騎士の眼火が一瞬そちらへ向いた。俺はその隙に中央線へ出るが、左騎士の大剣が先回りして石床を削った。
刃そのものは避けた。跳ねた石が外膜を打ち、体の奥まで鈍い痛みが走る。転がった俺のすぐ脇へ、右騎士の踵が落ちた。床が沈み、衝撃で体が勝手に跳ね上がる。
「うわっ、休ませる気ゼロ!?」
空中で水刃を撃ち、右騎士の眼窩へ当てる。紫炎が揺らいだだけで消えない。代わりに咆哮が正面から叩きつけられ、俺は濡れた布みたいに壁へ張りついた。
効かない。材料もない。正面から削り合えば、負ける未来しか見えない。
それでも二騎は、互いの冠が触れた瞬間だけ牙を鳴らした。あの一拍を、もっと大きな衝突に変える。残っているのは水と速度と、俺自身だけだ。
「早い! 計算より壊れるのが早い!」
右騎士は止まらない。その向こうから来た左騎士と衝突するはずが、崩れた壁役の骨を吸収し、わずかに進路を変えた。二騎は肩を擦っただけで通り過ぎる。
一騎の剣先が、もう一騎の冠を浅く削った。傷つけられた方は相手へ咆哮し、紫の眼火を膨らませる。ほんの一拍だけ、二騎が向き合った。
「喧嘩しろ。そのまま喧嘩しろ!」
願いは通じない。両方の兜が、印をつけた俺へ戻る。
「ですよね!」
作戦失敗。
しかも二つの眼火が、同時に俺へ向いた。
「ゴオオオオオッ!」
「そうだよな! 印をつけた犯人、俺だもんな!」
二騎が左右から追う。固定した壁がないなら、動く標的を使うしかない。
俺自身だ。
怖い。あの剣は一発で外膜を半分持っていく。止まれなければ、正面の骨棚へ俺が先に衝突する。
それでも、今の速度なら二騎より半歩だけ速い。
「水流滑走!」
最初の直線で、右騎士が剣を投げた。回転する骨剣が前へ突き刺さり、道を塞ぐ。
跳べば着地点を狙われる。横へ逃げれば二騎の線が離れる。
速度を落とさず、剣の根元へ水刃を撃った。切断はできないが、石床との隙間が広がる。液状の体を平たくし、わずかな隙間へ滑り込んだ。
骨の刃が背中を擦り、外膜が焼ける。
「狭い、痛い、でも通れた!」
以前なら、体を薄くしたまま速度を保てず止まっていた。レベル十四の外膜と水圧制御なら、潰れた形でも進める。上がった数値が、できなかった回避を現実にした。
背後では一騎目が剣を抜くため一拍遅れ、二騎目が追いつく。二つの足音が、狙ったとおり重なった。
次の角では、中央騎士が千切れた腕だけを投げてきた。骨の指が床を掴み、俺の進路へ這う。俺は水刃で指を一本切ったが、残り四本が外膜へ食い込んだ。
「捕まった!」
速度が落ち、背後の風圧が迫る。無理に引けば体が裂ける。俺は前へ逃げるのをやめ、逆に腕へ体を巻きつけた。
追ってきた一騎目の剣が振り下ろされる寸前、無限胃袋を開いて腕だけを収納する。急に抵抗が消え、剣は俺の頭上を越えて床へ刺さった。
「危なっ! 収納は物置だけじゃない。掴んだ物を消すのにも使える!」
ただし、生きた騎士全体は入らない。切り離され、魔力線が途切れた腕だから収納できた。条件を確かめず本体へ近づけば、次は捕食されるのが俺だ。
投げ腕を失った中央騎士が後方で吠え、一騎目は床へ刺さった剣を引き抜く。二騎目がその背へぶつかり、また距離が縮まった。
「失敗した攻撃まで、こっちの罠になる。走れ、俺!」
俺は滑走を再加速し、予定した中央線へ戻った。
足元の水を爆ぜさせ、中央通路を直進する。背後で二つの剣が床を抉った。砕石が背中へ刺さり、痛みに声が裏返る。
「痛い痛い! 追いかけっこで剣を振るな!」
右へ偽装流を投げる。一騎は一瞬だけ釣られたが、もう一騎は俺の本体を追う。そこで魔力刻印を更新し、二騎の回収方向を、俺が走る一本の線へ重ねた。
前方に骨棚。
止まる場所はない。
「ヴァルカ、今!」
鉄槌が棚の支柱を打ち抜いた。上段から鎖付きの大腿骨が落ち、俺の直前へ斜面を作る。
俺はその斜面へ乗った。水流滑走の勢いで上へ跳び、棚の隙間へ体を広げる。
「止まれ、俺えええっ!」
止まれなかった。
棚へ正面から突っ込み、体が薄い餅みたいに潰れた。HPが四十一削れるほど痛い。だが、追ってきた二騎は跳べない。
俺が消えた一点へ、左右から全力で踏み込んだ。
骨剣と骨剣が交差する。
轟音が市場を揺らした。
二騎の冠が正面からぶつかり、角が砕ける。片方の大剣は相手の膝を断ち、もう片方の肩盾は胸骨を陥没させた。巨体が絡み、通路へ倒れる。
衝突の余波で骨棚が左右へ倒れた。ヴァルカは予定した退路へ下がり、俺は棚の隙間から無限胃袋を開く。降ってきた骨を収納し、二騎へ追加材料を渡さない。
一度に入れすぎれば、また食料も素材も混ざる。今回は「戦場骨、最後」と声に出し、収納位置を固定した。
だが、深層感知へ三騎の紫色の線が一斉に走った。収納した骨はまだ核とつながっている。このまま持てば、胃袋の内側から再生材料を奪い返される。
「倉庫に敵の手を入れるな! 戦場骨、全部返品!」
俺は戦場骨を市場の還流炉へ吐き出した。骨は青い火に落ち、乾いた爆竹みたいに次々と砕ける。拾った分は一本も残らない。その代わり、三騎へ戻る分もない。
「片づけ能力、昨日より上がったぞ!」
絡んだ騎士が吠え、片腕で俺を薙う。俺は浮かれた体を縮め、ぎりぎりで床へ伏せた。喜ぶのは、核が止まってからだ。
もう一騎は自分の折れた脚を外し、相手の胸へ突き刺した。再生ではなく、先に相手を解体しようとしている。三騎に仲間意識はないという観測が、ここでも確定した。
俺は二つの核の間へ魔力刻印を走らせる。片方が相手を回収対象と見れば、もう片方も応じる。絡みは深くなり、ほどけなくなった。
「よし。喧嘩の仲裁はしない。もっと揉めろ!」
水刃を鎧ではなく床へ撃ち、二騎の重心を中央へ傾けた。直接倒せない相手でも、位置と怒りと重さは利用できる。
それでも、二騎の核は消えていない。倒れたまま骨を探し、床を爪で削って進もうとする。俺は近づきすぎず、深層感知で再生線を一本ずつ数えた。
右騎士は三本。左騎士は二本。中央で崩れた壁役にも一本だけ残る。今ここで核を砕こうとすれば、残る線から骨を奪われる。
「六本全部を一度に止めるのは無理だ。次は、三体に同じ物を欲しがらせる」
そのための板状物が、絡んだ鎧の奥にある。俺は無理に取らず、位置だけを覚えた。勝負を急がず、次の一手へ情報を持ち越す。昔の俺なら、光る物を見た瞬間に飲み込んでいたはずだ。
「成功した……! 俺の顔以外は予定どおり!」
喜んだ瞬間、片方の騎士が腕だけで這い、俺へ剣を伸ばした。
「まだ動くの!?」
俺は棚から剥がれ、水刃を連射する。一本目で手首、二本目で肘、三本目で肩の接続骨を断つ。強くなった水刃は、以前なら弾かれた厚い骨へ食い込んだ。
ヴァルカが反対側の騎士へ走り、工房印のある胸板を鉄槌で外す。その裏から、細い回収線を刻まれた工房印骨を一本だけ抜き取った。
「核は触るな!」
「分かってる! これだけ回収する!」
俺は深層感知で二つの核を探る。どちらも健在だ。脚は壊した。再生材料は減らした。でも決着ではない。
最後の〇・二五食を体内へ溶かす。失った液を止めるためで、HPはすぐ戻らない。
「ああ、最後のご飯……でも、生きて使えたなら偉い!」
絡まった骨鎧の内側に、硬い板状の感触がある。核とは違う。金属でも骨でもない。
俺が触れようとすると、二騎の眼火が同時に燃え上がった。
床の奥で、壊れた三騎目まで動き始める。
「次で終わらせる。材料はもうない」
「なら、敵の材料を使え」
ヴァルカが外した工房骨を投げた。
俺はそれを胃袋へ収め、三体の残骸と、奥の板を見比べる。
勝負は、あと一度だ。




