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食いしん坊スライムはダンジョン最深部を目指す  作者: バナナ


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第38話 まずい骨ほど役に立つ

翌朝になっても、俺のHPは二百五十四、魔力は百九十八のままだった。

骨冠騎士に追われる場所で眠る勇気はない。第六階層相当の解体棚の裏へ潜み、気配を殺したまま夜を越した。腹の中には半食分と、濁り骨六本。

「材料はある。体力は足りない。魔力も足りない。よし、非常に冒険らしい」

「無謀の言い換えが上手くなったな」

背後からヴァルカの声がして、俺は天井近くまで跳ねた。

「うわあっ! 驚かせるな!」

「大声を出したのはあんただ」

彼女は工房印のついた金属屑を布へ包んでいた。印の線は骨冠騎士の鎧と同じだが、火花の向きが逆らしい。

「採掘組合の払い下げ印だ。うちの工房が作った部品を、組合が死骸市場へ流した。誰かが鎧へ組み直してる」

「じゃあ、あいつらは元から魔物じゃない?」

「骨を動かす核は別物だ。鎧を作った奴と、命を入れた奴が同じとは限らない」

説明している間にも、棚の向こうを一騎が通る。昨日の傷はほとんど消えていた。

俺は濁り骨を一本出した。

「こいつを食べさせたい。まずいから避けるなら、おいしそうにすればいい」

手元に残った肉から、ほんの少しだけ汁を搾る。食料〇・五食のうち〇・二五食分。泣きたいほど惜しい。

「さらば、俺の未来の晩飯。立派な毒餌になれ」

濁り骨三本へ肉汁を塗り、通路中央へ並べた。匂いは強い。俺でも食べたくなる。

騎士が来た。紫の眼火が餌を捉える。

「食え、食え……!」

骨の指が一本を摘まむ。勝ったと思った瞬間、指は肉汁だけをこそげ取り、濁り骨を投げ捨てた。

骨片が俺の額へ当たる。

「痛っ! 好き嫌いが賢すぎる!」

騎士が咆哮し、隠れていた棚へ剣を突き込んだ。俺とヴァルカは左右へ転がる。刃が石壁を貫き、骨棚が崩れた。

「匂いじゃない!」ヴァルカが叫ぶ。「奴は魔力筋を選んでる!」

「魔力筋?」

「上等な骨には、魔力の通り道が残る。あの濁り骨は道が腐ってる」

彼女が工房屑を一片投げる。細い金属線には、弱いが整った魔力が流れていた。

俺は濁り骨へ体を広げ、魔材クラフトを起動する。骨の中身は直せない。なら、表面へ偽物の道を作る。

「魔力構造。上等そうに見える筋を、一本だけ!」

金属屑を粉へし、水と混ぜて骨へ縫い込む。一本目は太すぎて破裂した。二本目は途中で途切れ、騎士に見向きもされない。

破裂した骨片が頬のあたりへ刺さる。どこが頬かはさておき、痛い場所は頬でいい。俺が外膜を震わせて抜こうとした瞬間、骨冠騎士が床を蹴った。

巨体からは想像できない踏み込みだった。角の冠が燐光を裂き、紫の眼火が一筋の残像になる。大剣が上から落ち、ヴァルカの鉄槌と噛み合った。

ぎゃりん、と耳の奥を削る金属音。槌の頭へ白い亀裂が走り、ヴァルカの腕が肩まで沈む。

「ヴァルカ!」

「見るな、刻め! 受けていられるのは、あと二度だ!」

一度目の衝撃で彼女の膝が曲がる。騎士は剣を引かず、そのまま体重を乗せた。骨と骨が鎧の中で歯車みたいに回り、刃が少しずつ下がってくる。ヴァルカの額の布から汗が落ちた。

俺は騎士の足首へ水刃を二発重ねた。一発目で表面を削り、二発目を同じ溝へ通す。足首が割れ、剣の重みが斜めへ逃げた。ヴァルカは鉄槌を滑らせ、紙一重で横へ転がる。

落ちた大剣が床を割った。破片が俺の体へ突き刺さり、痛みで魔力の線が歪む。せっかく刻みかけた三本目の筋が消えた。

「うわああっ、今の無し! 俺の集中まで斬るな!」

「敵に言え。あと一度だ!」

怖い。次にヴァルカが受け損ねれば、俺が三本目を作る前に終わる。いま加工している一本のほかに、温存した濁り骨は三本。この一本まで失敗すれば、予備を試作へ回すしかない。さっきまで『まずい骨』だった物が、今は一つも無駄にできない切り札に見えた。

俺は刺さった石片を体内へ押し込み、痛みごと固定する。抜く時間はない。失敗した二本を見比べ、何が違ったかだけを拾った。

失敗した二本の断面を観察する。一本目は魔力が入口で渦を巻き、奥へ流れていない。二本目は道が細すぎ、肉汁の水分に負けて消えていた。

「太ければ詰まる。細ければ消える。注文の多い骨だな!」

騎士の剣が横から来る。ヴァルカが受け、鉄槌の柄が大きくしなった。彼女の踵が石床へ二本の溝を刻む。

「観察は終わったか!」

「あと一回! 三本目で決める!」

囮水流を騎士の背後へ走らせる。効かないと知っている囮だ。それでも眼火が一瞬動けば、胸の吸収路が光る。その一瞬を深層感知で焼きつけた。

胸から肩へ三本、肩から腕へ一本。太い道から細い道へ流れるのではない。同じ幅の線が、一定の間隔で脈打っている。

前世で見た点滴の管を思い出す。太さより、流す間隔だ。

「線じゃない。脈を真似る!」

濁り骨の表面へ短い魔力筋を刻み、流して、止める。もう一度流して、止める。騎士の吸収周期と合わせた。

残り一つ。

魔力は百七十、百五十と落ちる。ヴァルカが剣を鉄槌で逸らすたび、火花が顔を照らした。

「急げ! 腕が三本あっても足りない!」

「角が二本あるんだから一本貸して!」

「冗談を言う魔力は残ってるらしいな!」

三本目の筋を、騎士の胸に見える吸収路と同じ間隔で刻む。肉汁を一滴だけ落とし、床へ滑らせた。

騎士の眼火が大きくなる。

拾った。

濁り骨が胸の隙間へ吸い込まれる。偽の魔力筋だけが先に鎧へ接続し、腐った内部が後から膨らんだ。

ばき、ばきばきっ。

右肩の継ぎ目が異様に増殖する。骨は直線に伸びず、瘤となって重なり、腕を外へ押し出した。騎士が剣を振るうが、肩がつかえて半円しか回らない。

「効いた! まずい骨、偉い! まずい物選手権なら優勝だ!」

興奮して近づきすぎた俺へ、曲がらないはずの腕が落ちてきた。肩は回らなくても、肘から先は動く。

骨拳が外膜を掠める。俺は横へ潰れて避けたが、床へ押された体が薄く伸びた。

「完全停止じゃない! 右へ曲がれないだけ!」

敵の弱点を見つけても、全部が弱くなるわけではない。真正面を離れ、鈍った旋回方向へ回り続ける。騎士は左回りなら追える。右回りでは肩の瘤が胸板へ当たり、一拍止まった。

一拍。その差なら、水刃を撃って逃げられる。

俺は右から膝へ一発、背面の継ぎ目へ一発。どちらも浅いが、昨日より正確に同じ場所を狙えた。魔力構造で敵を止めたのではない。動ける向きを一つ減らし、俺の速度を活かしたのだ。

「分かったぞ。お前を弱くするんじゃない。俺が戦える形にする!」

騎士の返事は、怒りの咆哮と骨拳だった。

俺は右回りを三周し、毎回同じ場所で騎士が止まるか確かめた。一周目は肩の瘤。二周目は腰の骨が床へ擦れる。三周目には騎士自身が学び、左足を軸に半歩下がって拳を届かせた。

「そっちも直すのか!」

拳が水の囮を砕き、飛沫が紫炎を曇らせる。俺は飛沫へ紛れて背後へ回ったが、騎士は音で振り向いた。弱点は固定ではない。使えば敵も対応する。

ヴァルカが床へ工房屑を投げ、金属音を二つ作った。騎士の兜が迷う。

「右しか回れないなら、音を左右へ置け!」

「なるほど。動きを減らして、迷う選択肢を増やす!」

俺は囮水流を右、ヴァルカは金属屑を左へ投げる。騎士がどちらを追うか決める間に、俺たちは三つ目の方向――退路へ下がった。

ただ逃げるのではない。右へ曲がれない時間、音へ反応する距離、仲間を骨として見る性質を持ち帰る。次の戦いで使える情報が、目に見えない戦利品だった。

退路の手前で騎士は追跡をやめ、動けない体を壁へ預けた。壊れた肩を直すため、遠くの骨を呼ぼうとする。しかし周囲の上等な骨は、昨日俺が収納済みだ。

「遅い。ちゃんと昨日の作戦も効いてる」

騎士の再生は始まらない。昨日の失敗が、今日になって成果へ変わった。その事実が、少しだけ誇らしかった。

俺は水刃を膝へ撃ち、動きを確かめる。騎士は追おうとしたが、重くなった右半身に引かれて旋回できない。

ただし、倒れてはいない。

奥から残る二騎が現れた。動けない仲間を助けるのかと思ったが、二騎は同時に剣を振り上げる。

「まさか」

骨剣が、過剰成長した騎士へ叩き込まれた。

角の冠が砕け、偽装した骨が散る。仲間を解体し、使える骨を奪うつもりだ。

「こいつら、仲間じゃない。三つの胃袋だ」

胸が冷えた。けれど、三体が互いを餌と見るなら利用できる。

「ヴァルカ。あの動けない一体、壁にできる」

「あたしは工房印の骨だけ回収する。危なくなれば離れる」

「分かった。俺も食料がなくなる前に逃げる」

退路までの床へ、小さな傷を三つ刻んだ。一つ目は偽装骨を置く位置。二つ目はヴァルカが棚を崩す位置。三つ目は、俺が絶対に越えてはいけない線だ。

「三つ目を越えたら?」

「引きずってでも戻す」

「俺、引きずられる形が基本だから違いが分からないかも」

「その時は鉄槌で教える」

笑えない冗談なのに、少し笑った。怖さは消えない。それでも、失敗した時に戻る線が見えるだけで、核の震えは小さくなった。

作戦前に、俺は残り資源をもう一度声へ出した。

「食料〇・二五。濁り骨三。魔力百三十八。今は戦わない。水槽で休んで、満タンにしてから始める」

焦って今すぐ仕掛ければ負ける。待つことも作戦だ。俺たちは追跡を避けて水槽へ戻った。これから八時間、交代で警戒しながら休む。

言いながら、残った〇・二五食を見て悲しくなる。濁り骨は三本。魔力は百三十八。

材料も力も、ぎりぎりだ。

それでも、敵が敵を壊す角度は見えた。次は三騎を一列へ並べる。


挿絵(By みてみん)


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