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食いしん坊スライムはダンジョン最深部を目指す  作者: バナナ


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第37話 食料を隠せば、俺が飢える

死骸市場の倉庫列は、骨冠騎士にとって巨大な食器棚だった。

天井まで積まれた木箱。鎖で束ねた魔獣の脚骨。薬液の抜けた臓器瓶。人間が価値のある部位を運び出したあとにも、再生材料は山ほど残っている。

「あれを全部食われたら、三体ともどこまで大きくなるんだ」

棚の陰から覗くと、昨日より太くなった騎士が一体、床の骨を踏み砕きながら巡回していた。砕いた骨片は足首から吸い上げられ、鎧の隙間へ埋まっていく。

ヴァルカは別の通路で工房印を追っている。今日は俺一人だ。

心細い。でも、誰かと一緒なら見つかる前に相談してしまう。気配遮断で薄くなり、無限胃袋へ死骸を収納するだけなら、一人の方が速い。

「作戦は単純。敵のご飯を全部隠す。食べ放題を、食べられない放題にする」

自分で言って、少しだけ嫌な予感がした。

最初の棚へ触れる。死骨、腐肉、割れた角、乾いた翼膜。無限胃袋の暗い空間へ次々と落とした。

騎士が足を止める。

空洞の鼻などないはずなのに、こちらを嗅ぐように兜が動いた。

俺は床へ偽装流を這わせ、反対側の棚を濡らす。紫の眼火がそちらへ向いた隙に、二段目、三段目も収納した。

「よし。片づけなら任せろ。前世の部屋は散らかってたけど、今の胃袋は無限だからな!」

木箱が消え、鎖束が消え、通路が広くなる。

骨冠騎士の肩から剥がれた骨が、床へ落ちた。補う材料が近くにない。再生は明らかに遅い。

「効いてる!」

喜んで、さらに収納を広げた。

それが間違いだった。

無限胃袋は広い。本当に、どこまでも広い。けれど、何をどこへ置いたかを勝手に整理してくれる倉庫番はいない。

腐敗部と素材を急いで投げ込み、そこへ残していた半食まで入れ直したせいで、食料の位置が分からなくなった。

「え?」

検索する。肉。食べ物。ハイエナ。

返ってくる感触は、腐った臭腺、乾燥肉らしき何か、骨髄の抜けた骨、昨日の還流物。候補が多すぎる。

「待って待って。俺のご飯、どこ?」

腹が鳴る。焦るほど飢餓感知が強くなり、食べられそうな物を片っ端から示した。

その中に、熱い赤色があった。

隔離した赤魔核。

見ただけで、甘い匂いがする気がした。食べれば腹が満ちる。魔力も満ちる。骨冠騎士だって簡単に砕ける――根拠のない確信が、空腹の形をして核へ流れ込む。

「違う。それは飯じゃない」

自分へ言い聞かせても、体の一部が赤魔核を包もうと伸びる。

「食べない。正体が分からない。食べたら戻せない。俺は……俺は、腹が減ってるだけだ!」

体内へ流路切断を走らせ、危険物区画との通路を閉じた。赤い熱が遠のく。同時に、外の気配が膨れた。

骨冠騎士が目の前にいた。

「ゴオオオオオッ!」

骨剣が横薙ぎに来る。俺は水流滑走で床を走ったが、検索へ意識を割きすぎて出発が遅れた。刃先が外膜を削り、体の一割近くが霧になって散る。

剣が通り過ぎた後まで、鎧の中で金属と骨が鳴っていた。硬い音の奥に、細い骨が擦れる甲高い音が混じる。騎士は大振りの勢いに流されず、腰の骨を逆向きへ組み替え、返す刃をもう振り始めていた。

「二回目、早っ!」

俺は床へ潰れた。骨剣が頭上の棚を薙ぎ、腐った肋骨が雨みたいに降る。一本でも騎士へ渡せば補修材になる。無限胃袋を開き、落ちてくる順に飲み込む。死骨七本、欠けた頭骨二つ、濁った脊椎が三つ。数えている間にも剣の切っ先が床を抉り、石片が外膜へ突き刺さった。

「痛っ、収納中に攻撃するな! 倉庫作業には安全確認が必要なんだぞ!」

別通路の奥から、鉄槌が壁を叩く音が二度響いた。直後、崩れた骨棚を蹴り越えてヴァルカが飛び込んでくる。工房印を追った先で二騎目の巡回路にぶつかり、俺の叫びを聞いて引き返してきたのだ。

「敵に労働規則を説くな! 右へ跳べ!」

ヴァルカの鉄槌が剣の腹を叩いた。火花と一緒に軌道が指一本ぶん逸れ、その隙間へ俺が滑り込む。次は俺が水刃を膝へ撃ち、騎士の踏み込みを半歩遅らせる。倒せない。それでも、彼女が作った一瞬を俺が広げ、俺が作った一瞬で彼女が下がれる。

仲間になる約束なんてしていない。けれど、今ここで一人ずつ格好をつければ、二人とも骨の一部になる。その程度の共通認識は、言葉にしなくても同じだった。

「痛いっ! 俺の朝ご飯を探してただけなのに!」

怒って水刃を撃つ。兜へ一発、膝へ一発。骨は砕けるが、騎士は倉庫の奥から材料を引き寄せ始めた。

ならば、その材料も隠す。

俺は騎士の足元を回り、引き寄せられる骨を片端から収納した。一本、五本、二十本。魔力が恐ろしい速さで減る。相手の再生も鈍る。

紫の眼火が燃え上がった。騎士は俺ではなく、倉庫の壁そのものへ剣を振るう。

壁が崩れ、隣室に積まれていた死骸が雪崩れ込んだ。

「そっちから追加するの!? 賢いな、お前!」

崩れた壁の向こうから、獣の大腿骨が十数本、角のついた頭骨が四つ、魔力の残る胸骨が三枚転がってくる。全部は取れない。俺は一瞬だけ迷い、騎士の胸へ向かう物から先に収納した。

頭骨一つを取りこぼす。騎士の左肩へ吸いつき、盾の縁が鋭い角へ変わった。

「全部守ろうとするな!」

ヴァルカが怒鳴り、俺の前へ鉄槌の柄を差し込んだ。角盾の突進を受けた柄が、嫌な音を立ててしなる。彼女の靴底が床を滑り、血の溝を越えて二歩ぶん押し戻された。

「でも、あれを食わせたら強くなる!」

「お前が潰れたら、残りは全部あいつの物だ。選べ!」

その言葉で、ようやく手を止めた。収納済みの死骨は二十本を超えた。濁り骨らしい反応も混じっているが、今は分類できない。食料の場所さえ見失っている。これ以上詰め込めば、勝つための素材より先に、自分の判断を失う。

俺は残る死骸を諦め、ヴァルカの柄へ体を巻きつけた。二人分の重さで押し返し、角盾の先を壁へ逸らす。石が砕け、騎士の肩が一瞬だけ止まった。

「……選んだ! 命が先!」

「遅いが正解だ!」

感心している場合ではない。収納しきれない骨が騎士へ集まり、左腕を巨大な盾へ変える。俺の水刃が三発、四発と弾かれた。

魔力は半分を切る。食料は見つからない。ここで張り合えば負ける。

「撤退! 今日は俺の片づけ能力が敵より低かった!」

遠隔水流罠を崩れた梁へ起動し、騎士の前へ落とす。一拍止めた隙に、俺は倉庫列の外へ滑った。

騎士は梁を剣で砕いた。破片まで肩へ吸収しようとしたが、木材には反応しない。骨と、魔力を通す鎧だけを選んでいる。

俺は曲がり角で一度止まり、追跡音を数えた。重い足音が四つ、間を置いて二つ。片脚の補修に骨を使ったのか、途中から六つが均等になる。

「見つけた骨で、歩き方まで直すのか」

水刃を壁へ斜めに撃ち、崩れた石で通路を狭める。これなら巨体は肩を横にしなければ通れない。ところが騎士は止まらず、自分の左肩を剣で切り落とした。不要になった骨を捨て、細くなった体で抜けてくる。

「怖っ! 自分を壊すのに迷いがない!」

俺は偽装流を二本に分けた。一つは倉庫奥、一つは水槽側。騎士は最初、濃い方を追ったが、床に落ちた俺の外膜片を拾うと、本物の匂いを選び直した。

囮だけでは二度目は通じない。

ならば、匂いそのものを消す。許可水を使いたくなるが、残量は〇・七五リットルしかない。俺は収納した腐敗部を一片だけ出し、体へ薄く塗った。

「うええ……自分が猛烈に臭い。でも水は減らない!」

飢餓感知が腐肉へ引かれ、俺自身の方向感覚まで狂う。騎士も一瞬、俺と床の腐敗部を見比べた。その迷いで距離が開いた。

代償なしの勝利ではない。体は臭いし、空腹は強くなる。それでも、貴重な水を使わず逃げ切れた。

外周の細い割れ目へ体を押し込む。骨剣が入口を抉ったが、幅が足りず奥までは届かない。紫の眼火が隙間の向こうで燃え、騎士は悔しげに骨を打ち鳴らした。

「次は、その賢い好き嫌いを利用してやる」

俺が言うと、騎士は理解したように吠えた。もちろん言葉が通じたわけではない。それでも、次の戦いを約束された気がした。

追跡を切った暗がりで、無限胃袋を一つずつ調べ直す。

食用候補。素材候補。還流候補。危険物。四つに分けるつもりが、実際には入口が一つしかなく、中で全部が混ざっていた。

「無限に入るのに、取り出せない。これ、倉庫じゃなくて底なしの押し入れだ」

焦らず、収納した順を逆にたどる。最後に入れた死骨、その前の腐肉、その前の木箱。時間をかけて、ようやく肉の匂いへ届いた。

半食分は、ちゃんと残っている。

「あった……! 俺の宝物!」

抱きしめるように包み、半分だけ齧りかけて止まる。今食べきれば、明日はゼロだ。残す。空腹は消えないが、判断はできる。

同時に、収納した骨の中から、妙に濁った灰色の骨が六本見つかった。魔力が少なく、腐敗臭が染み、骨冠騎士が近くを通っても引き寄せなかった物だ。

「まずすぎて、敵も食べない骨か」

俺は一本を外へ出し、遠くから騎士の反応を確かめる。

紫の目は一度こちらを向き、すぐ逸れた。

敵にも好き嫌いがある。

その事実に、俺の空腹とは別の熱が灯った。

俺は六本を同じ場所へ積まず、一本ずつ間隔を空けて置いた。騎士がどの距離で反応を切るか調べるためだ。

十歩では兜が向く。八歩では眼火が細くなる。五歩まで近づいても、手は伸びない。上質な骨を一本混ぜると、遠くからでも即座に引き寄せた。

量ではない。匂いだけでもない。骨の内部へ残る魔力の通り道を見ている。

「食通め。俺より審査が厳しい」

悔しいが、判定基準があるなら騙せる。俺は濁り骨を順番どおり胃袋の素材区画へ戻した。今度は食料と混ぜない。収納の入口で、声に出して数える。

「食料、最初。濁り骨、次。腐敗部、最後。赤魔核は別室、絶対触らない」

単純な手順でも、空腹時には役に立つ。自分の弱さを忘れないための決まりだ。

「食べないなら、食べさせればいい」

作戦を口にした途端、腹がまた鳴った。食べ物を餌にするのは嫌だ。それでも、自分の半食を守るために騎士へ無限の死骸を食わせ続ければ、いつか市場全体があの鎧になる。

「今は我慢。倒したら、ちゃんと食べる」

絶対にだ。

赤魔核の区画をもう一度固く閉じる。危険な近道は使わない。まずい骨六本と半食分で、次の作戦を作る。

俺は腹を鳴らしながら笑った。


挿絵(By みてみん)


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