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食いしん坊スライムはダンジョン最深部を目指す  作者: バナナ


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第19話 偽装の値段

入口の向こうの音は、休んでいる間も消えなかった。

水量を一拍遅らせる観察対象が白眼と同じものかは分からない。ただ、俺が空洞へ逃げ込んだ後も、入口の水は規則を失っていない。見つけていないのではなく、見つけても急いで取りに来ない可能性がある。

保存肉を四分の一だけ溶かす。全部を戻すためではない。裂けた防水膜を保ち、試行に使える一手を作るためだ。残り半分は帰る時まで触らない。

水晶片を浅い水へ浮かせ、気配遮断を弱く通す。俺の身体ではない。ただの反射だ。けれど遠くから見れば、そこに核があるように見えるかもしれない。

「ほら、きらきらの核っぽい何かだぞ。食いつけ。……食いつかなくてもいい、見るだけでいい。安い失敗で済ませてくれ」

反応は三つ。重いもの。軽いもの。水と一緒に動くもの。白い光が一度だけ、水晶片の上に浮いた。

俺は低出力の水圧制御を使い、横の排水路へ滑った。戻る水が少ない瞬間だけ押す。一度目は成功した。白い光は水晶片に残り、俺は奥へ一歩進めた。

ここで戻れば、小さな成功だけを持ち帰れた。

でも二枚目をさらに奥へ置いた。次も同じ順番で反応するか、確かめたくなったからだ。二度、三度と光が片へ寄る。四度目の光は、俺の後ろにあった。

濡れた壁の膜が、水圧制御の跡を反射している。監視者は片だけを見ていない。俺が水を動かし、移動し、次の囮を置く順番を読んでいた。

「あ。俺、今すごく嫌なことに気づいた。あいつ、水晶を追ってない。俺が水を押した跡を、後ろから舐めてる」

白い光が退路へ回った。水晶片を見ていた二眼が閉じ、骨片から横穴までの曲がり角に三眼が開き直す。

「再選別」

「うわ、正解って言われたくなかった! 囮を置いた俺より、帰り道のほうが丸見えじゃないか!」

三眼が順に細まり、退路の骨片の周囲から水を抜いた。水晶を追う追跡ではなく、俺が危険な時に戻る水場を先に閉じる追い方へ変わっている。

強く押せば抜けられる。けれど強く押せば位置を知らせる。迷っている間に、止まった水が防水膜を冷やした。

「水晶二枚、骨片二つ、保存肉は半分。全部大事だ。だから、お前に使う順番まで決めさせるか! 水のない左へ出る!」

俺は一度だけ強く押した。水が骨片を跳ね、身体を横へ押し出す。核は守れたが、表面の三分の一が岩へ擦れて裂けた。保存肉で回復すれば早い。だが追われている最中に熱と魔力を増やせば、回復したことまで目印になる。

俺は回復しない。歩ける形だけを残す。

監視者は追ってこなかった。追えないのではない。追わなくても俺がどこへ帰るか分かっているのだ。小勝利で得た距離より、作戦全体で失った退路のほうが大きい。

曲がり角で立ち止まり、偽装をもう一度だけ違う形で使う。水晶片一枚、守護骨片二つ、鉱殻片一つを並べる。骨片は重さ。水晶は反射。鉱殻は硬さ。三つを一体に見せるのではなく、固定工程で別々の部品として置く。

固定は五秒しか持たない。だから五秒目に逃げる道を先に作る。偽装は入口の浅い水。俺が抜けるのは乾いた岩の上。見せる場所と逃げる場所を分ける。

白い光は偽装へ寄らなかった。代わりに上の水路が閉じた。俺が乾いた岩へ行けば水を欲しがると、最初から計算している。

自然に見える偽装ほど、相手には俺の必要なものを教える。

三方向から圧が来た。

「除外」

三方向から圧が来た。右は水を奪い、左は乾いた岩を濡らし、正面の光は核の位置だけを細く焼く。俺が選べる地形そのものを減らしている。

「三つ同時はずるいだろ! 俺は一匹だぞ、順番に――いや、待て。三つとも俺を狙うなら、囮を守る必要はない」

水晶を砕けば、次の偽装に使えない。手放せず身体が固まった。その一瞬に白光が外皮を抉り、痛みが核へ突き抜ける。

「いっ……痛い! 分かったよ、払う! 俺の大事なきらきらを、勝手に戦利品にするな――遠隔水流罠、起きろ!」

俺は水晶片を岩へ当てて砕いた。粉になった反射へ離れた水を送り、偽装流を逆方向へ走らせる。白眼は一拍、二つの逃走痕を照合するため止まった。

その一拍で骨片の固定を外し、上の流れへ流す。最後の水晶片も逃げ道と反対へ弾くと、右の圧が片を壁へ叩きつけて粉砕した。乾いた岩の縁が一つだけ空き、俺は裂けた外皮を引きずって、そこへ飛び込んだ。

《遠隔水流罠Lv1を獲得》

一角だけが空いた。俺は水路を通らず、乾いた岩を越えた。防水膜が裂ける。藻を半分だけ溶かして表面に水分を戻し、残りの藻は使わない。今走れればいいのではなく、戻ってからも一度は考えられなければならない。

拠点で残りを並べる。赤い魔核。守護骨片三つ。水晶片はない。鉱殻片一つ。保存肉半分。藻二つ。水二単位半。

裂けた外皮が脈打つたび、水晶を砕いた音が核の奥で返った。俺は声を出さず、乾いた岩に残った白い粉を三つへ分けた。一つは入口の浅い水。一つは岩の割れ目。一つは背後の壁だ。

二滴ぶん待つ。浅い水の粉だけが沈み、岩の粉は動かない。壁の粉だけが見えないほど薄く流れた。俺は鉱殻片を近づけかけ、止める。代わりに片の影だけを壁へ映した。

影は二度揺れ、三度目には止まった。その直後、入口の白い眼が閉じ、壁の粉が流れた先で別の眼が開いた。浅い水の囮を残したまま、白い光は壁裏の戻り水へ追跡を切り替えた。

「そこまで追うのかよ。返せとは言わない。もう三枚とも粉だ。だから、その粉まで勝手に持っていくな!」

怒鳴った声へ白眼は向かない。壁の粉だけを細い光で焼き、逃げ道の印を消そうとする。俺は鉱殻片を置かず、手元から離れた粉へ水を一筋だけ送った。

Lv7になった直後の俺なら、偽装流は自分の近くでしか保てなかった。今は、離れた粉だけが濡れ、俺の外皮は動かない。白い眼が粉へ寄る。俺はすぐ流れを切り、反対側の排水路へもう一本だけ遅らせて流した。

白い眼が止まった。壁の粉と排水路の流れを交互に見て、光が二つへ割れる。片方が偽装を追った瞬間、帰路の骨片を締めていた圧が緩んだ。

俺は骨片を回収した。伸ばした外皮の裂け目がずきりと鳴り、二つ目へ届きかけた身体を引き戻す。水晶は戻らない。白眼も消えていない。それでも前なら諦めた位置の骨へ、離れたまま一度だけ触れられた。

「一個で帰る。もう一個は見ない。……くそ、怖いし悔しい。でも今は、取った骨を落とす前に逃げる!」

回収した骨を胃袋へ落とした瞬間、悔しさの奥から熱いものが跳ねた。白眼には勝っていない。水晶も二枚失った。それでも、身体を危険へ戻さず、離れた水だけで素材を取り返した。前の俺にはできなかった。

「やった……いや、小声で喜べ、俺。やった! 逃げながら一個取り返した! 次は二個――じゃない、一個で帰るって今決めたばかりだろ!」

遠隔水流罠を切ると、白い光は偽装の消えた排水路をなお一拍なぞった。俺はその一拍だけを使い、壁の粉も鉱殻片も追わず、乾いた岩の裏へ退いた。


挿絵(By みてみん)


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