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食いしん坊スライムはダンジョン最深部を目指す  作者: バナナ


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第12話 拾うもの、捨てるもの

守護者から滑り込んだ排水路は、階段の裏を細く回っていた。浅い水は、裂けた身体を支えるには頼りない。背後では、からん、と骨が石を打つ。離れているはずの骨鎧守護者が一歩を置くたび、壁の内側まで青い膜が震えた。

俺は裂け目を寄せ、石橋を越える直前に無限胃袋へしまった小さな魔石を取り出した。食べ物ではない。吸収した時に何が起きるかも分からない。いきなり全部を取り込みたい衝動をこらえ、端を粒ほどだけ溶かした。

核の周りがほのかに温まった。毒も異物感もない。代わりに、魔力がごく少量だけ戻る。

「おお、回復した。……でも、一粒でこれだけ? 魔石って名前のわりに、けちだな」

ケチと言ってから、俺は残りをゆっくり吸収した。HPは24から30へ、魔力は20から31へ戻る。上限を超えるほどの回復はない。それでも、未知のものを少しだけ試し、異常がないと確かめてから使う手順は残った。階段側では、鎧の継ぎ目がぎしりと軋む。追ってくる音ではない。守護者が中央で身体を支え直し、足裏から水を押し分ける音だった。

先に道を読む。左は守護者のいる階段へ戻る。右は壁の裏へ入り込み、下へ向かう細い支流は水が冷たく、音まで吸い込んでいた。深層へ続くかもしれない。しかし敗走した直後に未知へ潜れば、守護者からの退路と、今いる水路の形を知る機会を同時に手放す。

今日は右だけだ。そう決めると、恐怖は少しだけ作業に変わった。

探すのは強い刃ではない。骨鎧の膜がどこを通り、押した水圧がどこへ逃げるのか――それを残すものだ。俺はこれまで、食べられるか、切れるかで素材を選んできた。今回は、見えるか、残るかで選ぶ。

水路の縁に乾いた骨粉が溜まっていた。ひとつまみを水へ落とすと、白い粒は触れた途端に散って消えた。軽すぎる。膜の揺れを測る前に流される。

「白いし、粉だし、なんとなく栄養ありそう。でも流れを調べる前に消えるなら、今日は食べ物じゃなくて外れだ。残念」

魔力の足しになるかもしれない誘惑を切り、俺は試した分だけを小さく採り、残りをその場へ置いた。次に壁へ刺さった金属片を見つける。水を弾き、流れそのものを読む目にはならない。だが、何かを留める芯にはなる。俺は一本だけを抜いた。持てるからといって全部を抱え込めば、探索は判断を後回しにする袋になる。

さらに奥で、白い骨片が水草の影に引っかかっていた。表面には青い膜が擦れた跡があり、指先で触れると、階段から排水路へ向かう細い方向が感知に残る。鑑定は、膜が通った向きを記録している、と短く示した。

食べれば魔力の足しになるかもしれない。だが守護者の弱点は、まだ胸の膜を切るだけでは足りなかった。俺は骨片を食べず、無限胃袋の素材区画へしまう。空腹に任せて口へ運ぶものと、次に組み立てるものを、同じ場所へ置かないために。

そのとき、左の壁の向こうで水が低く鳴った。どん、と遠い石まで揺れる。骨鎧守護者が階段を踏み、鎧の奥の青い膜が押し返された水をこちらへ寄こしたのだ。水中感知を広げても、骨爪そのものは近くにない。それでも待つほど安全になる理由はなかった。

俺は骨粉を置き、金属片と守護骨片だけを抱えて右の壁裏へ身を薄くした。狭い通路へ核を先に入れるのは危ない。金属片を転がすと、石へ当たった音が一度だけ返り、続いて斜め下へ転がって戻ってくる。落とし穴ではない。空洞の底が傾いている。

身体を滑らせると、底には水が二単位ほど溜まり、その中央に黒い膜片が沈んでいた。空洞の縁には、別の魔物の死骸から外れた鉱殻板と、乾いて縮んだ圧縮器官も挟まっている。黒殻ナマズの殻から剥がれたものか、別の水棲魔物のものかは分からない。俺は吸収へ傾いた身体を止める。黒殻は水を受け止めた。だが、守護者の青い膜と混ざれば、補修しようとした場所で役割を争うかもしれない。

鑑定を向ける。黒膜片は水を保持する素材。食料適性なし。防水膜の補修に適性あり。魔材クラフトに使えるかは、まだ示されない。

「一枚だけ持つ。全部ほしがると、帰り道で荷物に説教されるからな。俺、物に怒られる趣味はない」

俺は黒膜片を一枚だけ素材区画へ収め、鉱殻板と圧縮器官も一つずつ別区画へしまった。残りは空洞に残した。持ち帰る途中で壊れても、戻れば試せる。欲しいものを分けて残すのは、諦めるためではなく、次の失敗を一度にしないためだ。

空洞の壁には、守護骨片の跡と同じ向きで細い白線が走っていた。供給線だ。守護者の足元を支える青い膜は、階段だけで完結していない。排水路からも水を受けている。

俺は供給線脇の泥に半分埋まっていた新しい水晶片を掘り出して線へ近づけ、黒殻片を一枚だけ下へ噛ませた。水晶は温度を拾い、黒殻は水の押し引きで傾く。石は冷たいのに、水晶だけがかすかに温かくなり、黒殻の縁が排水路側へ細く揺れた。流れを見せる目になれる。だが、温度が増した直後、壁の白線が脈打った。階段の方で鎧が、ぎ、ぎ、と二度軋む。守護者が水を引き、供給線が近い魔力を拾おうとしている。

見つかったわけではない。それでも水晶片を取れば、今度は線の近くへ戻らなければならない。

「水晶は惜しい。ものすごく惜しい。でも、俺の核と値段を比べたら急に安く見えてきた。ここで働いててくれ」

俺は水晶片を観測地点に残し、壁の傷と曲がり角を流れ読みで記憶した。空洞の水から一単位を水袋へ移す。補修に使う水分は、排水路を流れる分だけで足りるところまでにした。水袋を満たして重くなるより、帰りに飲み込める水を確保する方を選ぶ。残る水は二単位、守護骨片、黒膜片、金属片、鉱殻板、圧縮器官、少量の骨粉。少ないが、役割は違う。

空洞の岩陰に、水でふやけた白い肉片が一枚残っていた。鑑定は「食用可、但し低栄養」。俺はすぐ食べず、表面の一角だけをなめて痺れや毒が出ないか待った。異常がないのを確かめ、黒膜片で包んで冷たい水へ沈める。保存できれば、食料は次の一手になる。

帰り道、崩れた水門の奥に小さな水の檻があった。透明な水の中に、青銀の髪を浮かべた女がいる。人の形をしているのに、腕も足も水門の水とつながって揺れていた。目だけが、俺が持つ素材を一つずつ数えるようにまっすぐ向く。

「守護者を壊したのは、あなた?」

「え、第一声がそこ? 大丈夫ですか、とかじゃなくて? ……いや、壊してない。俺が派手に負けた。ほら、この裂け目」

強がって言ったのに、膜の裂け目がじわりと痛んだ。相手は水門の前で、俺の傷より流れの乱れを先に見ている。そんな見方をするやつがいるのか、と少しだけ面食らった。

水門の継ぎ目を守るような位置だった。助けを頼めば、ここを開けろと言うことになる。俺は水を乱さない距離で止まり、核の裂けた側を壁へ隠した。

「だから、まだ壊してない。壊す気で触って、壊されかけた。そこは訂正する」

女の眉がわずかに動く。水の檻が細く縮み、俺へ届きかけた流れが水門へ引き戻された。

「私は、この水門を保つ者。名はまだ教えない」

「名前は秘密か。水門の人……じゃなくて、守る人だな。こんな暗い所で、ずっと一人で? 腹が減った時、誰に文句を言うんだ」

思わず聞いた。俺なら腹が減っただけで泣き言を言う。なのに彼女は、水の流れが少し濁っただけで顔をしかめ、壊れかけた場所を見逃さない。すごい、と言いかけて飲み込んだ。

「水門はあなたを通すためのものではない。だから開けないし、守護者を倒す手伝いもしない」

目的を先に置く声だった。拒まれたことより、彼女が守護者の流れを知っていることの方が大きい。俺は水門を開けてほしいとは言わず、青い膜がどこで濁るのかだけを尋ねた。

「聞いていなかったの? ここは通さない。流れの濁りを教えれば、あなたは壊しやすい場所を探すでしょう」

その問いの間に、階段から骨が石を削る音が届いた。守護者はまだ中央を離れず、こちらの水を試すように低い威圧を流している。俺は後退できる向きを確かめてから答えた。

「違う。……いや、違わないな。最初は壊す場所を探してた。でも今は、あいつが何を支えにしてるか知りたい。水門を巻き込む線なら、そこは押さない」

水門の女はしばらく黙った。やがて水門の継ぎ目に、青い光を一度だけ残す。それは答えではない。見てもよい場所だけを示す、彼女なりの境界だった。

俺は礼を言わず、青い光の位置と、水門から階段へ抜ける細い流れを覚えた。

「これ、道を教えてくれたって受け取っていいのか? あとで『勝手に勘違いした』って水に沈めない?」

「道ではないわ。触れてよい限界を示しただけ」

「限界か。……うん、それなら分かる。俺、空腹だと都合よく解釈するから、今みたいに言い切ってくれると助かる」

彼女の指が水面から離れかけ、止まった。

「次に来るなら、印より内側へ水を押さないで。守護者より先に、流れが死ぬ」

「分かった。勝つためなら何でも、はやめる。怖い顔をしなくても守るよ。……いや、今のは信用されない言い方だな。押さない。行動で見せる」

その一言が、妙に胸に残った。俺は頷く代わりに、水を引いた。守るものがある相手には、俺の都合だけで踏み込んじゃだめだ。水門から階段へ逃げる細い流れを記憶した。助けを拾えなかったのではない。ここで拾ってはいけないものを、名を伏せた彼女が先に示したのだ。

排水路の浅い場所へ戻り、俺は素材を食料の隣へ置かなかった。保存肉は冷水へ。黒膜片は乾いた区画へ。守護骨片はさらに奥へ。金属片は、水晶片の代わりにはならない。役割を混ぜなければ、次に作るものも、捨てるものも選べる。

傷は完全ではない。魔力も、守護者を正面から押し返せるほどではない。それでも、何を食べ、何を残し、どこに置いてきたかは分かっている。次に階段へ出るなら、白線の向き、水晶の温度、黒殻の傾き、水門守の印を一つずつ確かめる。全部を一度に使わない。守護者が接続を替えるなら、こちらも観察を替えるのだ。俺は勝つための武器を拾ったのではない。勝ち方を見つけるための目印を拾った。

水門の前で、俺は水を細く押した。びくともしない。

「試しに、ほんの少しだけ――うわ、本当に動かない。俺の水圧、ここだけ休暇中?」

「弱いからではないわ。あなたの水が、この流れに拒まれているの」

「水にも嫌われることってあるんだな。ちょっと傷つく。でも、嫌だって言われた所へ押し入るほど格好悪くはなりたくない」

悔しい。でも壊して通ったら、さっきの守護者と同じだ。俺は水を引いた。

水を引くと、彼女は何も褒めなかった。ただ、俺へ向いていた流れの刃を少しだけ下げた。それで十分だった。


挿絵(By みてみん)


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