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食いしん坊スライムはダンジョン最深部を目指す  作者: バナナ


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第13話 魔材クラフトの失敗

水門の裏の浅いくぼみは、守護者の階段から一段だけ低い。こちらが水を動かせば、石の継ぎ目を通って向こうへ響く。だから俺は、持ち帰った素材を水底へ広げる前に、流れ読みを一度だけ使った。中央へ続く細い筋はまだ青く脈打っている。骨鎧守護者は退いていない。

黒膜片、守護骨片、金属片、鉱殻板、圧縮器官、骨粉。水晶片は観測地点に残した。残りが少ないから、試すものを決めなければならない。それでも守護者の供給線を一拍だけ止め、水圧の戻りを横へ逃がす部品があれば、正面から押し返さずに済む。

前回、俺は水圧を強くすれば、足場ごと敵を崩せると思った。けれど骨鎧守護者は、水の中に立っているだけではない。足裏から階段の内部へ膜を伸ばし、重さも反動も別の場所へ分けている。あの鎧を止めるには、鎧そのものを押すより、膜が一度だけ選ぶ道を遅らせるほうがよい。そのための小さな弁を、俺は作ろうとしている。

ただし、弁は強ければよいわけではない。守護者が水圧の戻りを読めるなら、硬く固定した部品ほど、俺のいる場所を敵へ教える。水を抱え、形を残し、流れの向きを読む。その三つを同じ場所で働かせるのは危うい。そう分かっていたはずなのに、素材が並ぶと、俺は不足を一つの完成品で埋めたくなった。

黒膜片は水を抱える。金属片は形を保つ。守護骨片は青い膜が通った向きを残す。鉱殻板は重さを受ける。役目を並べるところまでは、間違っていなかった。

水門の継ぎ目で、以前に女が残した青い光が小さく揺れた。ここを開ければ均衡が崩れる、と言った時と同じ光だ。助けを求めるつもりはない。俺は光から視線を外し、金属片を芯に置いた。

「黒膜が水を持って、金属が形を作って、骨が向きを教える。役目の違う三つを合わせれば、今度こそ形になる。……素材に期待を背負わせすぎか?」

そう考えた直後、俺は黒膜片を巻き、守護骨片を外側へ添え、鉱殻板を押し当てた。固定工程を起こす。核の奥で、まだ技能になりきらない感覚が素材を結ぼうとした。

黒膜片が先にふくらんだ。溜めた水が金属片を押し、金属片は動かないまま膜へ食い込む。骨片に残る青い膜跡が金属の周りへ寄った。向きを示すだけのはずのものが、流れを引こうとしている。鉱殻板の重みが仮の形を沈めた。

鎧が軋んだ。

階段の向こうで、骨鎧守護者が片脚をずらしたらしい。乾いた骨の擦れる音のあと、石の内側を低い振動が走る。こちらの水が揺れたことで、敵の青い膜も供給線を確かめている。急がなければ、と俺は判断を誤った。

「膨らんだ。ここを外から押さえれば――いや、待て。黒膜の端が逃げたがってる。今締めたら、先にこいつが裂ける」

核の表面が熱くなり、黒膜片の端が小さく震えた。水は部品の外から押すはずだった。だが、膜の内側には逃げ道がない。そこへ圧が回れば、先に裂けるのは黒膜片だ。

「出口がない。押した水が逃げられない。分かってた、分かってたのに! 止まれ、今すぐほどけ!」

水圧制御を重ねた。出口のない黒膜片の内側へ圧が回り、裂け目が走った。水が抜け、骨片が金属片から魔力を奪う。鉱殻板は傾き、芯だった金属片がごり、と曲がった。仮の部品はひとかたまりのまま崩れ、水底へ沈んだ。

「そっちから裂けるのか! ああっ、金属まで曲がった! 試作品って言えば許されると思ったけど、材料は許してくれないよな、これ!」

金属片が水底へ沈み、拾い集めた時間まで一緒に沈んだ気がした。悔しい。腹の底が冷たくなるほど悔しい。

階段では、鎧の足裏が一度だけ石を踏んだ。どん、と遅れて届いた震えが水皿へ入り、裂けた黒膜片を二つに分けた。曲がった金属片が跳ね、守護骨片の青い跡へ噛みつく。すると階段側の膜がこちらへ伸び、壊れた部品ごと水を引き始めた。

「持っていく気かよ。悪いけど、失敗までお前の材料にはしない!」

俺は固定工程を切り、鉱殻板を横へ倒した。重みが外れると金属片は水底へ落ち、青い膜だけが空振りして石の継ぎ目を叩いた。守護者の胸から短い軋みが返る。だが切るのが遅かった。黒膜片は半分が裂損、金属片は半分が変形、守護骨片は半分に青い膜跡だけが残った。鉱殻板も角を欠いていた。

水門の青い光は、今度は動かなかった。助けないと言った女の目的は、水脈の均衡を守ることだ。俺のクラフトが失敗しても、彼女が止める理由はない。だからこそ、失敗の始末も俺のものになる。守護者の圧力に急かされたからといって、素材へ判断を預けてはいけない。

食料区画の保存肉へ意識が向く。食べれば魔力を戻せる。だが、同じ材料はもうない。回復を理由にもう一度押し込めば、失敗の数だけ残りが減る。

「ごめん。ほんとにごめん。でも今、悲しんで混ぜたら二回目をやる。裂けた順に並べるぞ。お前たちの死を無駄にしない……半分はまだ使えるけど」

俺は肉に触れず、崩れた素材を四つに離した。失敗は素材相性だけではない。一つの形に役目を押し込んだ。固定できる時間を見ず、完成後の強度だけを見た。水圧制御に固定までさせた。この三つが重なって、出口を失わせた。

裂けた黒膜片を鑑定すると、防水膜の補修と短時間の封水には使えると分かった。価値は残る。ただし、弁の外側に置く素材であって、金属を締め上げる素材ではない。守護骨片も流れを作るのではない。膜が通った跡を、最後に読めるように添える目印だ。

俺は半分になった素材を、壊れた順番のまま並べ直した。最初に黒膜片が裂けた。次に骨片の膜跡が寄り、最後に金属片が曲がった。鉱殻板の欠けは、そのあとだった。もし鉱殻板を先に外していれば、重さを減らしたぶんだけ長く保てたかもしれない。だが、それでは骨片が流れを引こうとする問題は残る。原因を一つだけ直したつもりで、別の失敗を見落とすところだった。

階段から、ぎし、と長い軋みが聞こえた。守護者は追ってこない。けれど、胸甲の奥の低い唸りは止まらず、青い膜の脈だけが水路の壁を伝う。敵は俺を待つことも、流れを替えることもできる。こちらにある時間が無限ではないからこそ、急いで完成品を作るのではなく、短い試行で次の判断を増やすべきだった。

俺は欠けた鉱殻板と圧縮器官を脇へ戻した。次は二つだけにする。黒膜片と金属片。水を一拍だけ抱え、金属片を動かさない。それができて初めて、骨片を外側へ足せる。

水皿へ半単位の水を入れ、裂け目の少ない黒膜片を縁に置いた。金属片は膜を突かない角度で差す。水が膜をふくらませ、金属片は底へ沈む。固定工程を使うと、二つは水に逆らわず、かろうじて同じ位置に留まった。

三秒。四秒。

膜の内側に溜まった水が、金属片の片側だけを押している。前の失敗では、その偏りを水圧で押しつぶそうとした。今は押さない。黒膜片の端をわずかにたわませ、余った水が皿の外へ落ちる隙間を残す。金属片を完全に包まなければ、部品としては弱い。それでも、どこから壊れ始めるかは見える。

階段の奥で、骨鎧の胸甲が低く鳴った。守護者は動かず、こちらが流れを変えた場所だけを待っている。その威圧に、俺は五秒を越えたくなった。長く保てれば、敵の供給線をもっと遅らせられる。

「おっと、五秒まで欲張る顔になってる。違うぞ俺。今日は英雄じゃない、壊れる時刻を数える地味な係だ」

四秒目、黒膜片の内側が白く泡立った。五秒へ入れば、金属片の片側に水が寄りすぎる。膜が破れる前に外すべきだと、指先の震えが先に教えてくる。

「四秒で外す。弱くていい。壊さず帰ってきた部品が、今日の一等賞だ」

五秒目に力を抜いた。黒膜片は金属片から外れたが、破れなかった。部品にはならない。だが、失敗のように素材を壊しもしなかった。

六秒を狙うためではなく、壊れた水を片づけるために水圧制御を使う。今度は素材へ当てず、皿の外側から排水の溝へ逃がした。水は金属片の隙間を通り、守護骨片の膜跡のそばで細く分かれた。固定と水圧は同じ仕事をしない。先に留め、次に逃がす。その順番なら、出口を残せる。

前の俺は、水を「押す」か「止める」しかできなかった。今は皿の縁に沿って細く逃がし、二素材の位置を崩さずに余分だけを排出できた。水圧制御Lv1がLv2へ上がる。

「できた! 強く押さなくても、水に帰る場所を教えられる! ……さっきの破裂は、声の大きい授業料だったな」

骨鎧守護者が、再び骨を擦らせた。青い膜の脈が右足から胸へ移り、階段の水がわずかに逆向きになる。逆流が水皿の出口へ触れ、外した黒膜片を金属へ押し戻した。四秒で離したはずの二素材が、敵の圧でまた組み合わされようとしている。

俺は金属片だけを水底へ寝かせ、黒膜片を上へ浮かせた。戻る圧は金属の上を滑り、膜の下を抜けて排水の溝へ落ちる。守護者の胸がもう一度鳴ったが、今度は部品も俺の身体も引かれなかった。敵が押し返したからこそ、出口を残した形が壊れないと分かった。

俺は素材を作業台から遠ざけ、残った水を一単位だけにした。今日は守護者の階段へ行かない。勝ったのは敵ではなく、次に何を試さないかを決めた自分だ。

黒膜片と金属片だけで五秒より前に外す。守護骨片は最後に添える。壊れた順番も、流れの出口も、胃袋の素材区画へ別々に記録した。魔材クラフトは便利な技能ではない。材料を食べず、壊さず、役目を残して置くための判断が先に要る。

暗がりで骨鎧の低い唸りが途切れない。俺は肉を食べず、自然に戻る魔力を待った。次に作るのは強い部品ではない。壊れ方を予測できる、短い弁だ。

守護者を倒す答えは、まだ一つも増えていない。それでも、素材を一つにせず、流れにも出口を残すという制約は増えた。明日、同じ階段へ戻るなら、その制約を破らない手順から始める。

短い杭ができた瞬間、核の奥で、これまでより大きな熱が弾けた。

前なら、防水膜を張ったまま水刃を形にしようとすると、どちらかが先にほどけた。膜を守れば刃が鈍り、刃を急げば身体の縁が薄くなった。だが今は、膜の内側へ細い水刃を一枚だけ残せる。守るための水と、切るための水を、同じ呼吸の中で分けて持てる。

「え、待って。膜が残ってる。刃も消えてない。前は両方ほどけて俺まで半泣きだったのに……レベル五の俺、急に仕事が丁寧になった?」

すぐに二枚目を作ろうとして、膜が危うくたわんだ。できることが増えたからといって、使っていい回数まで増えたわけではない。俺は一枚を引っ込め、残った水量を数え直した。

喜びに任せて二枚目の刃を作ると、防水膜が大きくたわんだ。俺は慌てて刃を消す。

「はい、調子に乗りました。できるようになったのは同時に一枚。そこ、大事。未来の俺、勝手に二枚へ増やすなよ」


挿絵(By みてみん)


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