紛れ込むモノ 1
街路樹の葉の緑は濃く深く、蝉が力の限り鳴いている。あと数週間もすればこの蝉たちも土に帰るだろう。いや…、残暑が続くからまだまだなのか…?
夏休みが明けても暑い日が続いている。学校が始まって1週間。未だ身体と頭が切り替わらない生徒が多い。そんな中、10月の頭に文化祭が行われる。
学校の方でも今の内に生徒達の浮かれる行事は済ませてしまおうと考えているのかも知れない。
今はその準備で生徒達は忙しい。正直勉強どころではない
俺はと言えば、去年までならば、ひとり寂しく小物作りでもやっていたけど、今年の俺には友達がいるのだ。俺も皆みたいに楽しく文化祭準備に参加出来るのだ!
中学の時と違って高校ともなると各クラスの出し物の自由度が上がって俺達のクラスはお化け屋敷に決定した。一応5月にクラスの女子にああいう事件があったばかりなのでどうなのか…、とも思ったが俺が思うより皆、本人達も含めて気にしてないようでノリノリでお化け屋敷に決定した。
ちなみにもう一つの候補は猫カフェだった。女子も男子も猫耳と尻尾をつけて給仕するってやつだ。女子、また一部男子が名残惜しそうにしていた。
俺的には知らない人と話すのが苦手なのでお化け屋敷で良かったと思う。
舞台は寂れた神社。教室を暗幕で覆い鳥居から始まり教室内に通路を作り、そこに様々な仕掛けを施す。クライマックスは無人のお社。そこに数人の人員を配置し幽霊に扮して驚かす方針だ。
衣装は女子が担当し、大道具照明等を男子が担当する事になった。今回を機に話した事のなかった人とも会話をする機会が増えて俺はかなり疲弊気味だ。嬉しい事は確かだが何か変な事をしなかったか、変な話をしなかったか等を鬱々と考えてしまい疲れるのだ。
…癒しが…、癒しが欲しい……。
昼休み、既に俺達の定番となった化学準備室で弁当を食べている時、悠の様子がおかしい事に気が付いた。元気がないのだ。
「悠、どうしたんだ?疲れてるのか?」
俺も疲れてるから分かるぞ…。
「いや…、それは大丈夫なんだけどな…。」
疲れるのはコミュ障の俺だけのようだ…。
皆も数日前からおかしいと思っていたようで、
「そうだぞ。なんかあったのか?」
「話聞くぞ。」
「いや…、皆も疲れてるだろうから…。しかも…、俺…話したら泣いちゃいそうだし………。」
悠がそんな事を言うなんて!皆びっくりして次の言葉を待っていた。
「実は少し前に捨て猫を保護してたんだ。ちいちゃくてさ…こんくらい…。」
悠は片手を出して教えてくれた。本当にまだ小さい子のようだ。
「俺…、ミルクも排泄の世話も全部やってたんだ。最初は警戒してたのに段々懐いてきてくれてさ…。本当に可愛いかったんだ…。」
悠の顔が段々下を向いていき、話の先が想像出来るようになってきた。
「この前さ…、俺が学校行ってる間に窓から外に出ちゃって…車に轢かれたって……。帰ったら親が泣いててさ…。俺だけじゃなく親も可愛がってたからさ…、なんで窓閉めなかったんだよとか、ちゃんと見とけよとか言えなくてさ……、でも……、本当に可愛かったんだ。俺の後ついてきてさ…。俺の顔見て泣くの……。」
あれ……?それって……。
「……なんで奏多笑ってんの?酷くねぇ!そりゃお前からしたらたかが猫一匹の死だよ!でも!人が悲しんでる時に笑うなよ!!」
えっ?!俺笑ってた?
悠が俺を睨んでいる。
俺はまたやったのか……?睨まれた事に頭が真っ白になり言葉が出てこない…。俺はまた失敗したのか…。折角出来た友達だったのに俺は……、悠を傷付けちまった……。
「ちょっと待て!落ち着け!悠、お前奏多がそんな事で笑う奴じゃないのは分かってるだろう?悲しいのは分かるが一旦落ち着け。
奏多、なんで笑ったか説明しろ。悠は怒ってんじゃない。悲しんでんだ。理由があるんだろ?」
智輝が間に入ってくれた。前を見ると悠が泣きそうな顔で睨んでいる。横を見ると大貴と翔太が不思議な顔で見ている。俺は、悠を傷付けるつもりも泣かせるつもりもなかったんだ……。
「……ごめん……。軽率だった……。悠の話を聞いて笑ったとかじゃなくて…、たかが猫とも思ってなくて……。」
言い淀む。これは言っても良い事何だろうか……。さらに悠を傷付けないか?
「奏多、きちんと話せ。悠のためにも。」
俺はコクンと頷いて、
「最近俺…、知らない人と話すのに疲れててさ…、癒しが欲しいな…って思ってたんだけど…、いつの間にか悠の周りをちょこちょこ歩く子猫がいて…、俺…、それ見てすげぇ癒されていたんだ…。」
ハッと息を飲む音がした。
「ごめん、悠。傷付けて…。悠が悲しんでたのに俺…。しかも今も悲しんでる悠にこんな話して。」
沈黙が落ちる。誰も何も言わずに時間が経つ。
化学準備室の時計のカチカチと鳴る音だけが響いていて、俺はそれが断罪の結果を聴く時限装置のように思えて、体に力が入り下を向いてギュッと目を瞑った。
「……何それ…。どういう事が詳しく教えろよ。」
涙声の悠が俺に言う。
「…茶トラの子猫…、すげぇちっちゃいのが必死に悠の足を登ろうとしてる。」
それを言うと、悠は今度こそ我慢できないように下を向いて、
「……どんな様子?」
「今は悠の左足元にいて、制服のズボンを登ろうとしてる。悠が下に座ってる時は膝の上に登って丸まって寝てる時もある。」
悠が鼻をすする音がする。
「痛いとか、辛いとか、悲しいとか…ある…?」
「いや…ない。すげぇ幸せそう。」
「……そっか……。そうなんだよ……。あの子、俺が座ってるといつも俺の膝に登ってきて…、俺が椅子とかソファに座ってるとパンツを引っ掻いて登ろうとするんだ。子猫だから爪が鋭くてさ…、パンツの裾がボロボロになるんだよ…。歩いてると蹴っ飛ばさないかヒヤヒヤする位いつも俺の行く所に付いてくるんだ…。」
下を向きながら悠が、
「ここにいるの?」
と、屈んで自分の左足元、ぴったり子猫がいる所に手を差し出した。
「うん、そこ。」
「やっぱり…、あいついつもそこにいて抱っこしろってせがむんだよ……。」
悠は見えていないはずなのに、猫を抱き上げて、自分の膝に乗せると撫でる仕草をする。
猫は悠の手にすりすり頭を押し付けると、悠の膝の上で丸くなり悠に撫でられるままにウトウトしだした。
「…あってるよ。今は悠の膝にいてウトウトしてる。可愛いな…。」
悠は見えてなくても子猫の行動が分かる位、一緒にいたんだろう。可愛がったんだろう。
下を向いて子猫を撫でながらポタポタと涙を落とす。
涙と鼻が止まる頃、優が顔をあげて、
「奏多、サンキュ…。怒って悪かった。奏多が笑う訳ないって分かってたのに…、俺…八つ当たりした…。ごめん…。」
「いや…、俺も笑ってるつもりなかったんだけど不謹慎だった…。ごめんな…。でもホント笑ってるつもりなかったんだ…。ただ…、必死に登ろうとしてる子猫が可愛かったんだ…。」
「他にどんな事してた?」
「悠が人と話してるとこっち向けってちょっかい出したり、鳴き声出さずに悠の事呼んでたり…、たまに上手く登れたのか悠の肩にしがみついてた時もあった。」
悠の目がまた潤んできたから皆見ないふりをする。
「はははっ…、それよくやってた…。知ってるか?猫が声を出さずに鳴く時って母親とかに甘える時なんだって。俺の事親だと思ってるんだ。俺が別の事やってると怒るし…。自分の事を構えって…。」
悠は何度か深呼吸をすると、
「奏多、ホントありがとな。車に轢かれたって聞いたから苦しんでないか痛がってないか…、すげぇ心配してたんだ。良かった…。」
ほんのり悠が笑う。笑う悠を見て皆安心したのか、
「なぁ…子猫はこの後どうなるんだ?ずっと悠の側にいるのか?」
「う〜ん…、分からない…。神道の考えでは人でも動物でも、亡くなったら俺達を見守る存在になるって教えられる。考え方としては死んで消えるんじゃなくて違う次元に行くって感じ。そこで俺達を見守ってくれるって…。でも悠達は多分仏教だろ?仏教の教えでは輪廻の輪に戻るって教えられるだろ?」
「輪廻…?」
「あぁ。輪廻転生。魂はそこに戻って休んだらまた現世に戻って来る。今度は猫じゃなくて人間かも知れないし犬か、鳥か、この世の生の何かで…。それを繰り返して魂が磨かれたら極楽浄土へと行けるって話。」
皆ちんぷんかんぷんな顔をしてる。
「皆まだ若いからこういう話は聞いたりしてないか…。死への考え方は自分が納得する形で捉えれば良いんだよ。この子猫もその内悠と遊んで満足すれば違う世界へ行くかも知れないし、ずっと悠の側にいるかも知れない。」
「ずっとこのままいてこの子に害はないのか?」
「多分ない。こんなに無邪気な子だ。悪い方に堕ちるとは思えない。でも…、有るべき形になった方が良いと思う。」
「そっか……。」
悠は子猫。昼休み時間ずっと撫で続けていた。
帰宅後、俺は物凄い自己嫌悪に陥っていた。
(あの時、悠を傷付けたのを悪いと思ったけど、また俺は1人になるって怖かったんだ。友達の事より自分の事を先に考えてしまった…。)
そんな自分が情けなくて仕方がなかった…。
自分が情けなくても嫌いでも朝は来る。朝が来たら学校へ行かなくてはいけない。自分がどれだけ醜くかろうとそれが自分だ。まだ十数年しか生きていない子供だ。何十年か先、死ぬ時には少しはマシな人間になれていれば良いな…と思い家を出た。
「おはよう。」
文化祭の準備で今までよりも人と話す機会があった為今までよりも挨拶をする人が増えた。ちょこちょこと挨拶を交わして席に着く。
「おう、奏多!おはよう!」
昨日より元気になった悠と挨拶する。
「今日はどうだ?いるか?」
周りを見渡しても居ない。
「?今日はいないぞ?何かあったのか?」
「やっぱりな〜…!」
悠曰く、子猫は今の時間まだ寝てる事が多かったから居ないのかも知れない…と。案の定、2時限目になると足元をうろちょろしている。俺の目元が緩んだのが分かったのか、悠が左足元に手をやり猫をすくい上げる動作をした。猫は悠の机に乗り、シャーペンに勝負を挑んでみたり、悠の手に絡み付いてみたり、腕から肩に乗り上げ悠の顔にすりすりしたりとやりたい放題だ。俺はもう…顔が崩壊するのではないかと思う程デロデロの顔をしているだろう。
可愛くて可愛くて…、目が離せない。
そして俺は遂に誘惑に負けてやってしまったのだ。
昼休み、何かあった時の為に持参していた神社の水で作った墨を入れた筆で子猫の額にある模様を描く。式遊びの一種で実態を持たない物に実態を与える事が出来る、お兄さんに教えてもらった印だ。
悠は泣いた。俺も智輝と大貴も翔太も、皆泣いた。
昼休みは皆で子猫を構い、子猫は大喜びで俺たちと遊んでくれた。昼休みが終わる頃には疲れたのか悠の膝に乗りスースーと寝息を立て寝てしまった。
「奏多ありがとうな。もう会えないと思ってたのに会えた上遊べたんだもんな。あの子もみんなに構ってもらえて嬉しそうだった…。本当に感謝する。ありがとう。」
「いや…、俺が遊びたかったんだよ。言っただろう?ずっと癒されてたって。」
いや、本当に…。昨夜の自己嫌悪が吹っ切れて振り切れたら考えついてしまったんだ…。自分が恐ろしい…。自重しないとな……。
その後しばらくは昼休みには化学準備室で子猫と遊び、放課後は文化祭の準備。買い出しに行ったり大道具を組み立てたりと忙しい。それでも今までと比べれば充実した日を過ごしていた。
文化祭の日があと数日と近づいて来た頃、クラスメイトからただのお化け屋敷ではつまらないのではないかと話が出た。実はお化け屋敷は人気の出し物で俺達のクラスの他に2クラスがやるのだ。どうせやるなら他のクラスよりも面白く怖く、ひと味違くしたいと意見が出たのだ。ただもう数日で本番の為セットを大きく変えることは出来ない。苦肉の策でミステリー仕立てにする事になったのだ。
”心霊スポットとされる寂れた神社で殺人が行われた。その凶器を探し出せ!“とお化け屋敷に探偵要素を盛り込んだ出し物になった。
楽しそうな俺達の空気に呼び寄せられたのか、1人、ひっそりと紛れ込んできたモノがいた。
お読み下さりありがとうございます。
明日も続きを投稿しますのでよろしくお願いします。




