海の底で見ている 2
俺達は無事泊まる予定の民宿へと辿り着いた。ここまで来るのに長かった…。橘氏の言った通り、町は海の恵みで溢れており、あちらへ引き寄せられては食べて、こちらへ引き寄せられては食べてを繰り返していたら時間が遅くなってしまった。
…腹が苦しい…。
智輝の従兄弟の実さんが出迎えてくれて部屋へ案内してもらいやっと一息ついた。
「…腹苦しい…。腹ごしらえに海に行こうぜ…。」
「…いや…待ってくれ…。もう少し休ませてくれ」
「少しでも動かないと夕飯食べれないぞ。夕飯も海の幸たっぷりなんだろ?」
「だな!!食うぞ!海行くぞ!さぁ、皆立て!」
大貴に追い立てられて皆のそのそと準備をする。
民宿を出て少し歩けば目の前には青い海と白浜が広がっていた。腹が苦しいのも忘れて皆いっせいに駆け出す。
「「「「「海だ〜!!」」」」」
海は冷たかったが火照った体にはちょうど良かった。夢中で皆で遊び、気が付けば海水浴客が帰ったのか人が少なくなっていた。
「そろそろ俺達も帰ろうぜ。腹もこなれてきたから飯が美味しく食べれそうだ。」
民宿に戻ると実さんが迎えてくれた。
「おう!お帰り。海は楽しかったか?夕飯も楽しみにしておけよ。ここの民宿は飯が美味いって評判だからな。」
そして実さんはキョロっと辺りを見渡した後、声のトーンを落として、
「実はちょっと厄介な客が来ててな、皆気を付けてくれ。」
もしかして…、と皆で目を合わせると、
「もしかしてどこからか聞いたか?大学のサークルでフィールドワークに来た奴等がいるんだけどそいつ等のマナーが悪いんだ。俺達も困ってるんだが客だから強く言えなくてな…。俺が誘っておいて申し訳ないがあまり近づかないでくれ。」
「分かった。チラッと聞いてたんだ。そうか…、同じ民宿だったか…。」
実さんはバツが悪そうな顔をして、
「悪かったな。そのお詫びと言ってはなんだけど夕飯は豪勢にしてもらったぞ!」
「……やったぁ〜!!」
「噂で聞いてたんですよ!飯が美味いって!!」
「一気にどうでも良くなってきた!」
「ありがとうございます。極力近づかない様にします。夕飯までさらに腹空かせておこうぜ!」
民宿の玄関でやりとりをしていると、後ろから、
「ッチッ!邪魔なんだよ!さっさと入るかどけるかしろよ!こっちは疲れてるんだよ!」
舌打ちと共に怒鳴り声が聞こえた。
「なんだよ…、ガキがいるのかよ…。おい!お前ら俺の邪魔するんじゃねえぞ!」
後ろを振り返ると10人位の男女が立っていた。これが例の大学生か…?威勢が良いのは手前にいる数人で後ろにいる人達は居心地悪そうにしている。手前の人がリーダーなのか?
「さっさと案内しろよ!客が帰ってきたんだぞ!
ホント使えねえな!!」
実さんがムッとした顔をすると、後ろの人が、
「リーダー…、止めましょうよ…。順番でいいじゃないですか…。」
「はぁ?!お前誰に物言ってんの?お前ごときが俺に物言える立場だと思ってんの?嫌なら帰れば?」
後ろの人達は疲れたように口を噤む。
リーダーと呼ばれた人が鼻で笑って周りに、
「こいつバカじゃねえの!」
それに賛同するのはリーダーの周りの3人。それ以外は皆目を反らしていた。
ふ〜ん…、4対7か…。あの4人さえなんとかすればまともそうなんだけとな…。余程リーダーに権力があるのか…?
俺達が玄関を塞いていた事も事実だ。俺達は一旦避けて先を譲るとリーダーは俺達を馬鹿にしたように見て、残りの人達は申し訳なさそうに通る。
最後の1人が通り過ぎる時、ザワッと肌が粟立つ。
(あぁ…、1人紛れ込んだか…。強い怒りを感じる…。恨みをかったな…。)
とは言え、特定の人物への怒りのようで他の人に悪意が向きそうにないな…。まぁ…様子見かな。
その日の夕飯は豪勢だった。食べきれない程の刺し身や煮物、焼き物…。テーブルは海の幸で溢れていた。
「す…すげぇ!!」
遠くで実さんがサムズアップしてくれていた。
俺達が美味い美味いと夢中で食べていると食堂にあの大学生達が入って来た。その瞬間部屋に沈黙が落ちた。その事から彼等の素行の悪さはこの民宿に居る全員が知っている事が分かる。居心地悪そうにする者、気付かない者、気付いていながら敢えて無視する者、反応は様々だが食堂の空気が悪くなった事に変わりはない。食べ終わった客が早々に食堂を出ていくが皆一様に大学生達の方を見ない。微妙な雰囲気が食堂に流れるがその原因の一角からは笑い声が聞こえる。
「あの時のじじいの顔を見たか?みっともねぇ!あんなガラクタ大事にしてバカじゃねえの!」
「はははっ!マジで!あれが壊れたのなんて俺達のせいじゃねえし!さっさとと見せていれば良かったのに勿体ぶりやがって!ざまあ!」
その瞬間ジジ…と音がして食堂の電気が消えた。
「あ?!なんだ?おい!さっさと電気つけろよ!」
ガシャン…と音がして悲鳴が聞こる。
「…?なんだ?停電か?」
「いや…、外の電気はついてるからこの民宿、もしくはこの部屋だけ電気が消えたんじゃないか?」
「あ…本当だ。廊下はついてるね。」
「まあ、そのうちつくだろうからのんびり飯食おうぜ。」
皆は気にせず食べているが、俺には怨嗟の声が聞こえている。
”死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね……“
電気が消えた暗い室内が更に深い闇に呑み込まれていき、夏なのに肌が粟立つほどの冷気を感じる。
奥から悲鳴があがる。
「おいっ!さっさと電気つけろよ!聞こえてんのか?!」
電気がつくわけかない。これは霊障なのだから。実さんの困った顔を見て仕方がないかと、手を打ち鳴らす。
部屋を呑み込んでいた闇が消え、空気が湿気を孕んだ夏の空気へと変わる。蛍光灯がチカチカと点滅した後、灯りがついた。
「キャ〜ッ!!」
ガタガタと騒々しい音を立てて大学生達が騒ぎ出す。
「なんだよ、これ!!おい!誰がやりやがった!」
「おい!ふざけんなよ!」
煩いなぁ……。どうせ、コップが割れてるとか、テーブルの上が水浸しだとかじゃないのかな…?
「お…おい…、お前の首に巻き付いてるの髪じゃないか?」
「う…うわぁ!!な、なんだよ、これ!止めろよ!誰だよ!ふざけんのもいい加減にしろよ!」
「………祟りじゃねえか……?」
「や、止めろよ!祟りなんてあるわけねぇだろ!」
「いや…、今日お前が壊した人形、髪が長かったじゃねえか!」
「それに、俺達の中にこんなに髪の長い奴なんか居ねえぞ!」
「うるせえぞ。」
リーダーと呼ばれた男が口を開くと、しん…と静かになる。
「うるさい、騒ぐな。祟りなんてあるわけないだろ。」
そして実さんの方を見て、
「夕飯がダメになったのは民宿側の落ち度だよな。早く新しい飯持って来いよ。こっちは腹が減ってんだよ!」
実さんが顔を引き攣らせて、
「いえ、うちの不手際ではありません。私はここから動いていないし電気が消えた位で夕食がダメになるはずがありません。他のテーブルの方は問題ありませんし、そもそも夕食の食材はもうありませんので食べたければ外で食べて下さい。」
「あぁ?!お前客に何言ってんだ!」
「いい加減にして下さい。電気が消えた瞬間にそんなイタズラまでして。営業妨害で警察に言っても良いんですよ。もしくはそちらの大学か。」
おぉ!!遂に言った!俺が思わず拍手すると、それにつられて智輝達も、他のお客さんからも拍手があがる。
「ふざけんなよ!客に対して!こんな民宿晒してやる!最低の接客だってSNSに載せてやる!」
リーダー以下3人は顔を真っ赤にして食堂を出ると、他の人達も気まず気に後を追った。
嫌なら従うのを止めればいいのに…。縁を切るのも縁を繋ぐのも自分の選択だ。あれの怒りはまだ収まらない。一緒にいれば一蓮托生、呪いを受けるぞ。
その夜は問題児達が居なかった為平和に過ごす事が出来た。
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…許さない……許さない…許さない許さない許さない許さない許さない…
あいつが壊したように、お前も壊してやろうか…。
…同じ思いをさせてやる………。
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きゃ……、…ざけ……!ど……だよ……、
う〜ん…、煩い……。
部屋の外の騒がしさに徐々に意識が浮上していく。
智輝や翔太も気が付いたようで、欠伸をしながら起き上がり、
「……なんだ……?」
「うるさいねぇ……。」
「…廊下だな…、ちょっと見てくる…。」
大貴と悠が寝ている為、俺は音を立てないように部屋から出ると、昨日の大学生達が泊まっている部屋で騒いでおり、廊下は濡れた何かが這ったかのように水浸しになっていた。
「何だよこれ?!」
「救急車呼べ!!」
実さんが青い顔で叫んでいた。ひょっこり廊下から部屋の中を見ると、布団の上で1人の男がずぶ濡れで横たわっていた。顔色が白く、意識がないようだ。
サークルメンバーは遠巻きにしてオロオロとして救急車を呼ぶ気配はない。
「実さん、携帯持ってるなら救急車呼んで下さい。それと応急処置はしましたか?」
「い…いや……、まだ…俺もいま来たばかりだから……。」
俺は部屋へ入り、男の様子を見る。呼吸をしていない。サークルメンバーを見渡し、
「誰か彼に救急蘇生をした人は?」
「…そ…そんなの知らねぇし…!」
「な…なんでこんな事になってんだよ!!」
騒いでいるが結局は何もしていないという事か…。
救急車を呼んでもらい、その間心肺蘇生を試みる。
首に長い髪の毛が巻きついている。髪の毛を取り払い心肺蘇生している間、首の後ろがチリチリする。
…見られている……。余計な事をするな、という事か?
視線を無視して心臓マッサージししているとゴポッと口から水を吐き出した瞬間、海の匂いが強くなった。
慌てて体を横にして水を吐き出させている内に、救急車が到着したようだ。
救急隊員がその後の処置を手早くやってくれて、病院へと搬送された。付き添いには誰も行きたがらなかったが、1人の男が渋々行く事になった。
リーダー寄りの人物のはずなのにリーダーは行かねえのか…。碌な奴じゃねえな…。
いつの間には先程まで感じていた視線はなくなったが、まだ此処にいるのだろう。怒りを感じる…。怒りの矛先は次のターゲットに向かっていた。
「いやぁ、奏多君、朝は助かったよ!」
朝の騒ぎが落ち着き、朝食の席で実さんにお礼を言われた。
「いえ…、俺に出来る事があって良かったです。」
「いや…、ホント助かった。何かあったらこの民宿にも打撃あるからさ…。でも咄嗟に的確に動けるって凄い事だよ。ホントありがとう。お礼に今日の朝食も豪華にしたぜ!」
「やった!!ありがとうございます!」
ありがたい。男子高校生の胃袋は朝から容赦なく食べ物を求めているのだ。
歓声をあげて席に着き、皆で容赦なく食べまくった。テーブルの上にあんなにあった食べ物が瞬く間になくなっていくのを実さんが顔を引き攣らせながら見ている。
「……お前ら…すげぇな……。ぜってぇ食べきれないと思ったのに……。今時の高校生ってこんなに食うのか?!」
そこに例の一団があらわれた。食堂はしん…となり青い顔をした大学生達が入って来る。誰かが、
「こういう時は迷惑かけたって一言言うものだぞ。
皆朝の騒ぎで起こされたんだからな。」
「うるせぇ!こっちだってあいつのせいで散々だ!」
「散々って…、仲間だろ?」
「うるせぇ!こっちは気が立ってんだ!これ以上話しかけてくんな!!」
……何故こんなにもケンカ腰になれるのか…。ある意味すげぇな……。でもその威勢の良さがいつまで続くかな…。
大学生達が席に着き食事を始めると、
「なんだコレ!!」
「おい!ふざけんなよ!嫌がらせか?」
実さんがうんざりした顔で対応すると、
「全部塩辛いじゃねえか!馬鹿にしてんのか?!」
「うちはそんな事やりません。そもそも食べ物に細工するなんて罰当たりな事しませんよ。ここらへんの人間は海の神様の恵みに感謝して食べるのが当然ですから。」
「ならなんでこんなに塩辛いんだよ!舌おかしいんじゃねえのか?!食ってみろよ!!」
実さんがうんざりしながら、失礼、と言って何品か食べてみるも、
「美味しいです。全然塩辛くありません。そもそも皆さんにお出ししている物は此処にいる皆さんにお出ししている物と同じ物です。言いがかりは止めて下さい。本当に大学へ報告しますよ?」
「……なら…なんで……。」
大学生達は不思議そうに、少し怯えた様に黙った。
「…ねぇ…、これって祟りとかあるんじゃない?」
「はぁ?そんなのある訳ねぇだろ…。」
「だっておかしいよ…。圭君あの時人形引っ張って壊したじゃない…。その圭君があんな事になって、なんかおかしいよ……。」
「分かる…。昨日も今朝も首に長い髪の毛が巻きついてたし、ずぶ濡れの何かがあの部屋へ向かってたから廊下が濡れてたんだろ……。これ…、ヤバいんじゃねぇか…。」
リーダー寄りではない人達がコソコソと声を抑えて話している。
その時、病院に付き添っていた男が食堂に入って来て青い顔で呆然としている。フラフラと仲間の所へ行くと、
「医者に海で溺れたのか聞かれた…。胃の中が海水でいっぱいだったって…。」
「…………。」
「なぁ、これ…どういう事だよ?!俺達呪われたんじゃないか?…なぁ…、リーダー…、俺止めようって言ったよな?!強引に民家に押し入って曰くのありそうな物探して、勝手に壊して……。だから…、圭も、俺達も呪われたんじゃないか?!」
「うるせぇ!!圭が勝手にやったんだ!俺は壊せとは言ってない!」
「あんたも笑ってたじゃないか…。あんたのせいで…。次はこの中の誰かかも知れない。もちろんリーダー、あんたかも知れない。」
し…ん…、と食事が静まり返る。他の客も言葉を発しない。
「ごめんなさいしてくれば?」
緊張した室内にあっけらかんとした大貴の声が響いた。
「お前口の中に物入れたまま喋るなよ。しかも他人の会話に突然入るなよ…。」
智輝が呆れた様に口を出す。
「悪い悪い。でもそれしかねぇんじゃないか?悪い事したと思うなら謝る。基本だろ?まぁ、許す許さないは相手の気持ち次第だけどな。」
「うるせぇ!てめぇには関係ねえだろ!口出すな!」
「でも朝とか迷惑かけられたよ。今も飯時に騒がれて迷惑だし。俺、美味しい飯を楽しみに来たのに」
「うるせぇ!ガキが生意気な口きいてんじゃねぇぞ!」
リーダーが立ち上がりこちらへ来る。
もう…、面倒臭い人だなぁ……。
「ガキって言ったら此処にいる人達の中ではあなたもガキの分類に入りますけどね。」
あぁ…、口出してしまった…。
「あぁ?」
「ほら、周りを見てみて下さい。あなたより年上の方もたくさんいますよ。いつまでも反抗期の子供のような態度をとってないで年相応に振る舞って下さい。今のあなたは此処にいる誰よりもガキですよ。」
リーダーは顔を真っ赤にして、
「うるせぇ!このガキ!」
語彙が少ないのかなぁ…?この人さっきから”うるせぇ“と”ガキ“しか言ってなくねぇ…?
「聞いてましたか?悪い事をしたら謝る。許してくれるまで誠心誠意謝る。反省する。それをしないと、次は誰になるのかな?あの人かも知れないし、あなたかも知れない。後ろにいる人達かも知れない。」
大学生達が青い顔をして、
「そんな…!!私達は何もしてない!」
「そうですね。原因を作った者、行動した者、唆した者、笑った者、何もせず傍観した者。被害者にとっては何も変わりません。何もしてない人が無関係とは限らないのですよ。次は誰に怒りが向くでしょうね?」
しん…と食堂が静まり返る。
「忠告です。誠心誠意謝りなさい。でなければ怒りは収まらない。」
「………。」
誰も何も言わない静かな空間にコポッと小さな音が響く。椅子が倒れる音がして悲鳴があがる。
見ると1人の男子大学生が跪いて口から水を吐いている。途端に海の匂いが強くなり、部屋の温度が下がる。まるで深い海の中にいるようだ。吐いている彼はどれだけ吐いても止まない。息が出来ず、苦しそうに涙を流しながら隣の人の服を掴むが、掴まれた人はその手を振り払い距離をとる。よく見ると首に長い髪の毛が巻きついている。
仕方がない…。俺は立ち上がりその男の元へ向かおうとするとピリピリとした怒りを向けられる。
足を止めてかしわ手を打つ。
途端に海の匂い薄くなり夏に戻ると、吐いていた男が倒れる。首の髪の毛を取り払い、顔を見ると吐くのは収まったようだ。顔を横に向けて横たわらせ、救急車を呼んでもらう。
誰もが動けないでいる中俺の友達達が色々と動いてくれた。
「あなた達の選択を尊重します。」
どうぞお好きに。
お読み下さりありがとうございます。
明日も続きを投稿しますのでよろしくお願いします。




