海の底で見ている 1
真夏の太陽が容赦なくコンクリートも鉄をも溶かす勢いで照りつけ、あまりの暑さにセミも沈黙を続けている。街路樹の葉も心なしかぐったりしているように見える今日この頃。
「見てみろ、あの車。あの車で目玉焼き焼けるんじゃないか?」
エアコンのついた校舎、化学準備室から外を見ながら大貴がだらけながら話す。
「あの車、数学の鈴木先生のだっけ?」
悠が同じ様にだらけながら答える。
「うん、あの先生車大切にしてるからめちゃくちゃ怒られるだろうね。」
翔太がだらけながら教えてくれた。
「汚ねぇ車に暑い日に常温保管された卵で作った目玉焼きなんて誰が食べるんだよ。」
智輝がだらけながら正論を言う。
7月に入り、毎日暑い日が続いている。皆の声にも覇気がない。日中はエアコンのついた校舎にいても登下校に体力を使うのだ。
「まぁ、もう少しすれば夏休みだから、それまで頑張ろう。」
俺が皆を励ますと、
「奏多は涼し気だよな…。何で?」
「何か術みたいなの使ってんの?」
「何それ!そんなのあったら俺にもかけて!」
「いや…、そんなのないよ。俺神社にいる時はいつも袴はいてるだろ?袴じゃないだけで十分涼しいんだ。」
あぁ…、皆に同情の眼差しをもらった…。
そう、袴が暑すぎて制服が天国に感じる位だ。
「そう言えばもうすぐ夏休みだな。皆何かするのか?」
「何もしない。ダラダラする予定。智輝は綾ちゃんと遊ぶのか?」
「まぁ…たまにはな。」
「うらやま…。俺は夏期講習受ける位。」
「俺も、まだ1年なのに親がうるさいからな。」
「奏多は?」
「特に何もない。叔父さんの神社に手伝いに行く位か?」
「なら皆で海に行かないか?」
だらけていた皆がパッと起き上がり、
「「「いいねぇ~!!」」」
「従兄弟が夏にバイトしている民宿があるんだ。そこであれば多少安く泊まれるかも。」
「賛成!行こうぜ!皆で!」
「あぁ、夏期講習が終わったらいつでもいいぜ!」
「あぁ、俺も前半講習入ってるから後半ならいつでもいい。」
…お…俺も行ってもいいのか…?友達と遊ぶだけじゃなく海?!しかも泊まり?!
「奏多も行けるだろ?!」
「も、もちろん!!」
俺達の夏休み、海への旅行が決定した。
忘れ物のチェックはした。着替えよし、携帯よし、充電よし、財布よし、水着よし、後は…?後は何が必要だ?そわそわウロウロしていると母親が呆れながら、
「もう何回も確認したんだから大丈夫じゃない?確認の度に出してしまって…。しまい忘れても知らないわよ…?」
「だって……。何回確かめても心配なんだよ…。何か忘れ物する様な気がして……。あっ!!お菓子忘れた!!」
「お菓子の他にも日焼け止め忘れてるわよ。」
母親は俺がぼっちだったのを気にしてたので今回の海への泊まりを殊の外喜んでくれたが、その母親ですら呆れるほどに俺は浮かれていた。
(だって、友達とだよ?!この俺が!長年ぼっちやってた俺が…!)
幼稚園、小学校と俺は自分が見ているものは皆も見えていると思っていて、よくその場をフリーズさせていた。
”あそこに行く時はおじいちゃんにご挨拶しないと怒られるからね“とか、”○○君のお父さんの後ろに怒ってる女の人がいるよ“とか、”○○君足に黒いのついてるよ“とか…。
案の定、○○君は次の日足をケガするし、○○君のお父さんは浮気がバレて修羅場になったらしいし、ご霊体のおじいちゃんにご挨拶しなかった子供達は皆がっつり怖い思いをしたらしい。そんな事が続いて俺は不吉な事を言う子供だと噂され、大人には薄気味悪い子だと敬遠され、先生には扱いに困る子認定され、それを感じとった子供達には呪われた子供認定され遠巻きにされた。遊びには誘ってもらえないし、逃げられる。なんなら来るなと石を投げられる事も何度もあった。そんな噂があったから中学に上がっても皆近づいてこなかった。そんなこんなで俺は筋金入りのぼっちを歩んできたのだ。
そんな俺が…、怖がられないだけじゃなく海に誘ってもらえたのだ!
これを浮かれずしていつ浮かれようか?!
出発の日の前日、叔父さんが家に来た。
「奏多が友達と海に行くって聞いてね。すまないが頼まれ事をしてくれないか?」
「いいですよ、どうしたんですか?」
「実は古くからの知りあいが奏汰達が行く予定の町に居てね、そこの町に呉神社っていう古くからある神社があるんだけど、そこにこれを届けて欲しいんだよ。」
そう言って叔父さんは丁寧に包まれた小さな包みを取り出した。
「この前会った時に忘れていった物なんだけど大事に使われてたみたいだからね。」
と扇子を見せてくれた。
「今度会った時で良いと言うんだけど折角奏多が行くならお願いしたくてね。」
「良いですよ。」
すると叔父さんはちょっと言いにくそうに、
「…実は…これも良いかい…?」
出された物は1升瓶のお酒だった。
「ちょっと兄さん!高校生の子に何持たせるつもりなのよ!しかも友達と遊びに行くのに!」
すかさず母親がたしなめるも、
「いや…、良い酒があったから…。つい……。」
「大丈夫ですよ。そちらも預かってお渡ししてきますね。」
「おぉ!そうか!ありがとう!先方には奏多の事を伝えておくからよろしくな!」
叔父さんは嬉しそうに帰っていった。
俺はこういう流れには逆らわない様にしている。きっとあちらの神社の神様にご挨拶をして縁を繋げと言う事なのだろうと思い、受け入れる事にした。
「おぅ!奏多、おはよう!」
「おはよう、皆早いね。」
「おぅ!楽しみで早く着いちまった!」
「それにしても奏多、すごい荷物だな…。」
「あぁ、叔父さんに頼まれた物があってな。だから悪い、ちょっと抜けるな。」
「なんで抜けるんだ?俺達がいたらダメなやつか?」
「いや…、そういうんじゃないけど私用だし、皆に悪いし…。」
「なら皆で行こうぜ!」
「あぁ、ありがとう。なら、町に着いたら呉神社に行きたいんだ。」
「了解。」
「場所調べたぞ。おぉ、呉神社ってなんか凄そうだぞ!」
翔太が携帯で調べていると横から悠が覗きこんで、 「本当だ。海のすぐ側に神社がある。え〜と…、呉神社って梅の木が有名らしい。毎年その梅で作った梅干しとか梅ジュースが人気だって書いてるぞ。行ったらジュース飲んでみようぜ!
他は…海の安全や航海にご利益があるって書いてある。海に行く前にお参りしておこうぜ。」
呉神社のサイトには一面の梅の木に囲まれた本殿が載っていた。
「あぁ、かなり歴史のある神社みたいだな。しかしすげぇキレイだな。」
「ジュース飲んだらおみくじひいてみようぜ!海で出会いは有るか否か!」
あぁ、嬉しいな。今日から2泊3日、楽しもう。
じわじわとこみ上げる喜びを噛み締めた。
目的地に着き電車を降りるとむわっとした空気の中に潮風を感じる。空は青く広い。日頃コンクリートのビルに囲まれているからか、広い空を見て開放感がじわじわと湧き上がってくる。
「なんか空気が違うな。」
「あぁ、磯の香りがする。」
「海に来たって感じだな!!うぅ〜!楽しみだ!」
「時間的に先に呉神社に行こう。その後飯食いに行こうぜ。何食べる?」
「海鮮丼か磯ラーメン?それか民宿に荷物置いたら海に行って海の家で食べるか?」
「おぉ!!いいねぇ~!!」
「いや、待て!海の家はこれからいつでも食べれるぞ。海の家で食べれない物を食おうぜ!」
駅を出る前に町が無料で配布している観光マップを取り、見てみると呉神社が載っていた。観光地としても有名らしい。神社の参道には食べ物を扱ってる店が多く、焼き牡蠣や、イカ焼き、海鮮丼の店やかき氷もある。
「もう此処で良いんじゃないか?歩きながらそれぞれ食べたい物買っていこうぜ。でも先に神社で挨拶が先だな。」
呉神社参道前でバスを降りると参道はとても賑わっていた。何かを焼いている香ばしいニオイが漂い腹をすかせた男子高校生達はフラフラと引き寄せられては我に返り、挨拶が終わってからだと反省しても、またフラフラと引き寄せられて我に返り…、皆で励まし合いながら誘惑の通りをなんとか抜けた。
やっと神社の境内へ入ると皆一様に疲れた顔をしていた。
分かる…。あれは凄い誘惑だった…。帰り何食べよう……。サザエのつぼ焼きもあったなぁ。
社務所の前まで行くと中の方が気づいてくれて出迎えてくれる。
「三嶋神社さんのお方ですか?お話は伺っておりますのでどうぞこちらへ。ご友人の方々もどうぞお入り下さい。」
「ご丁寧にありがとうございます。三嶋神社の三浦と申します。」
奥に通されるとすぐに宮司さんが来て、
「済まなかったね。私が忘れ物なんかするからわざわざ足を運ばせてしまったね。
あぁ、自己紹介もしないで失礼した。私はこの呉神社の宮司をしております橘と申します。奏多君だね?君の叔父さんとは古くのからの付き合いでね。今もたまに会って呑んだりするんだよ。」
「初めてお目にかかります、三浦奏多と申します。こちらとこちらを叔父より預かってまいりました。」
と扇子と叔父イチオシの酒を出すと嬉しそうに笑った。
「いやぁ…、ありがたいね。これはまた美味しそうだ。しかし高校生に運ばせて悪かったね。
おや、お茶も出さずに失礼したね。お友達もこちらへどうぞ。暑かっただろう?」
涼しい部屋に案内され、
「お茶と梅ジュースどっちが良いかい?梅ジュースはこの神社で採れた梅の実を使って作ったこの神社で人気なんだよ。」
「「「「梅ジュースで!!」」」」
梅ジュースとアイスご馳走になっていると、
「君達は何処に泊まるのかい?」
「海水浴場近くの民宿です。俺の従兄弟がそこで夏の間バイトをしているのでその縁で泊まらせてもらう事になりました。」
「あぁ、あの辺りの宿はご飯が美味いとよく聞くよ。この町は海の幸がふんだんに味わえるから楽しみにしておくと良いよ。美味しいものが多いんだ。」
皆がそわっとする。しかし橘宮司が真剣な顔をして
「しかし今年は少し厄介な客が来ているらしい。どこかの大学の民俗学サークルと名乗ってあちこち騒がしているらしい。」
どういうことだと皆で顔を見合わせる。
「フィールドワークだと言って古くからのお寺や神社、個人宅にまで行ってあれを見せてくれだの、これはどういう事だ、だの不躾に言ってくるんだ。こういうのは相手や物に敬意を持ってやるべきなのに、遊びの延長なのかやたらと騒がしいんだ。もちろん、この呉神社にも来たよ。いきなり来て御神体を見せて下さいと…。」
俺はあんぐりと口を開けてしまう。
「…ご…、御神体をですか?」
「そう、御神体をだよ…。ありえないだろ?丁重にお断りさせてもらったよ。しかし断ったら騒ぐ騒ぐ…。SNSに載せてやるとか、評価下げてやるとか、もう煩くて大変だったんだ。その子達はどこでもそんな感じで騒ぎを起こしているらしい。」
うぇぇ…、勘弁してほしい…。
「うちの神様は海の神様でね、賑やかなのはお好きなんだ。だから神様に喜んで貰おうと参道も賑やかで活気が良かっただろう?でもあの子達の騒がしさはもううんざりしたね。まぁ、この夏だけだと思って耐えるしかないね…。」
ほとほと呆れた様に話す。
しかしすげぇな…。いきなり来て御神体を見せろとは…。見せるわけねぇだろ…。
その後はこの町のおすすめグルメなどを教えてもらって、またいつか参拝に来る約束をして別れた。
さぁ!食うぞ!!
神社を辞して参道へ行くと皆それぞれ目を付けていた店へフラフラと引き寄せられて行く。俺はサザエのつぼ焼きと焼き牡蠣、焼き鳥を前菜に海鮮丼をメインディッシュにした。皆も思い思いに食べ、大貴などは海鮮丼の他にラーメンまで汗だくで食べていた。すげぇ…。
小腹が満たされると、会話をする余裕も出てくる。
かき氷を食べながら、
「さっきの宮司さんの話、やばかったな。」
「あぁ…、民宿が同じでない事を祈るばかりだな。奏多、それいちごミルクか?うまそうだな…。」
「あぁ、うまいぞ。俺はかき氷はいちごミルク一択だ。ホント、かち合わなきゃいいな。」
「あぁ…、俺もかき氷買ってくる。」
「俺も…。」
「俺も。」
「俺も。」
「俺はかき氷はブルーハワイ一択だね。」
「俺は何でも良いけど今はレモンの気分だった。」
「俺はいちご。」
「俺は梅シロップがあった。結構うまいな。」
「……まぁ…、そいつらとかち合ったら仕方がない。出来るだけ視界に入れない方向で行こうぜ!」
皆が食べ終わり、民宿へと向かった。
縁とは得てして望むと望まないに関係なしに結ばれてしまうもの。
これがフラグとなる事を俺達はまだ知らない…。
お読み下さりありがとうございます。
明日も続きますのでよろしくお願いします。




