春を奏でる 3
「この家は今呪われています。」
青い顔をした圭吾達の顔を一人一人見ながら俺は説明する。
「正しくはお姉さん、清子さんを対象に今現在呪いがかけられてます。」
清子さんが呆然と、
「……私……?なんで…?」
「理由も相手も今はまだ分かりません。でも怨みも怒りも全て清子さんお一人に向かってます。」
圭吾のお母さんも信じられないという顔をして、
「この子は人に怨まれるような子じゃありません…。親の私が言うのもなんですが…、優しい良い子なんです…!何かの間違いではないですか?!」
「いえ。間違いなく対象は清子さんです。」
「そんなっ!」
おばさんが勢いよく席を立ち椅子が倒れ大きな音を立てる。
智輝達がいつでも動けるように警戒を強めた。
「おばさん、落ち着いて?ゆきもそこのお姉さんだと思うよ?だってこんなに真っ黒い靄に覆われてるし、声も聞こえるもの…。」
俺の膝にいるゆきが清子さんをじっと見つめて、
「靄はね…?お姉さんの首が一番濃いよ?まるで首を絞めてるみたい……。」
耳をペタンと寝かせて、
「声だって聞こえるよ?でも…ゆきはこんな事言っちゃいけないって知ってる…。だから言わないけど…ずっとひどい言葉を言ってる…。ゆき…この声嫌だ……。」
ゆきは俺よりも目も耳も良いようだ。俺でさえ視覚的にキツイのにゆきはもっと辛いだろう…。ましてやゆきは生まれたばかりで人の醜さに慣れていないのだから…。
俺はゆきの頭を撫でながら、耳を塞ぐように手で覆う。
「ゆき、キツイなら目と耳を一時封印出来るぞ?こんな物は見たり聞いたりしなくても良いんだ。」
一時的に靄が見えないように、声が聞こえないように、この酷い生臭さを感じないようにする術がある。ゆきが望むならそれをするつもりだった…が、
「ゆきはご主人を助けるの!ご主人はゆきを甘やかしちゃダメなの!!」
さっきとは違う痛くない猫パンチを貰った…。
ゆきの可愛い姿を前にしておばさんは少し落ち着いたのだろう。
「…ごめんなさい…。取り乱して…。もう大丈夫だから続けてちょうだい。」
「…疲れたり具合が悪くなったりしたら教えて下さい。休憩を挟みますので。」
圭吾、清子さん、おばさんを見渡して言う。
「人は酷い事をされたから人を怨むと思いますか?そういう時もあるでしょうが羨ましい、妬ましいと怨みも募らせることもあるんですよ。」
ゆきにも言い聞かせるように一撫でして、
「私の所に来る案件でも実際に酷い事をして怨まれて駆け込んでくる人はあまり多くはいません。何故かそういう人は怨みの念を多く抱えているのに気が付かない人が多いんです。そういう人は怨みの念に覆われても楽しそうに笑っています。何故か?私の師匠が言ってました。そういう人は人の気持ちや立場なんて気にしないからだと。気にしないからこそ、そこの感受性、センサーが育たない。大切な物は自分だけ。だから周りに目を向けない。自分が踏み躙った物に気が付かない。気が付かないから成長しない。常人なら気が狂いそうな程の怨みの念に巻かれても幸せそうに笑ってる。でもね、そういう人は自分が気が付いてないだけで確実に不幸になります。因果応報。やった事は返って来るんです。自分になのか、親か子供か…はたまた孫の代に下ってまで…。」
青い顔をした面々を見渡してゆきの頭を撫でる。
「そういう人はある日いきなり上手くいかなくなるんです。坂道を転がる様に…。今まで上手くいってた事がいかなくなる。自分の周りから人が居なくなる。足掻いても足掻いても這い上がれずに終わるんです。まさしく因果応報。」
おばさんが顔を強張らせて、
「……この子がそうだと……?」
「いえ…誤解させて済みません。
…そういう人が幸せそうな人を見たらどうすると思いますか?」
皆がハッとした様に俺を見る。
「なんであいつだけ…、俺が…、私がこんな辛いのになんで笑ってるんだ…。
……あいつも不幸になればいいんだ………。」
し…んと静まり返ったリビンクに風が窓を叩く音が響く。外を見ないようにとゆきの目を塞ぐ。
「誤解させる言い方をして済みません。呪いを受ける人には己の言動が原因となる人、または他人の怨みを八つ当たり的に身に受けてしまう人がいます。
恐らく清子さんは後者でしょう。誰が何故などの詳しい事はまだ分かりませんが、貴方へ呪いを送っているのは恐らく一人です。」
ガタガタと風に揺れる窓を見るとそこには一人の髪の長い女が髪を振り乱しながら窓を叩きながら何かを叫んでいる。窓に覆い被さるように乗り出しギラギラした目をした女は清子さんにだけ一心に念を送っている。
「…ねぇ…、ご主人…、そこに何がいるの?」
俺はゆきが外を見ないよう顔を手で覆いながら、
「ゆきは目を瞑っていなさい。こんな物は見なくても良いんだから。」
「で…でも……でもゆきは……。」
「ゆきはまだ生まれたばかりだ。今のゆきには人の優しい所や面白い所、人の良い所を見て欲しいな。人の醜い所はまだ見なくても良い。その内、嫌でも見る事になるんだから今はやめよう。俺はゆきに人を嫌って欲しくないよ…?」
「……………。」
ゆきの無言を是として、俺は立ち上がりゆきを悠に預けて窓に張り付いている女の元へと向かった。
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今日は風が強いみたい。
家が揺れる程風が吹き荒れていて、その中でもリビンクの窓、そこだけが異様にガタついている。
この家ってこんなに建て付け悪かったかしら……?
圭吾が連れてきた神社で見習いをしているという奏多君が風で激しく揺れているその窓へと向かった。
奏多君は不思議な雰囲気を持つ子だ。弟と同級生とは思えない位落ち着きがあって、まるで波立たない水面の様な引き込まれそうな静けさを持つ子だった。でも藁にもすがる気持ちっていうか…、ダメで元々みたいな気持ちであまり期待していなかった事も事実だった。
それがもしかして…、もしかしたらって気持ちになったのはゆき君が現れた時だ…。
何もない空間に突如猫が現れたのだ!
しかも喋ってる!!
……なにこれ……夢……?夢じゃなければメンタル病みすぎて幻覚見始めた…?
なにこれ……ラノベ……?現実……?
混乱している間に奏多君が席を立って窓辺へ向かった。窓を見る奏多君がパァンと手を打った途端、耳がキーンと塞がった気がした。頭がぐわんぐわんと回るような気持ち悪さが続いてテーブルの上に突っ伏した。回る頭を押さえて奏多君を見ると…。
そこに居たのは奏多君のはずだけど全くの別人。
人とは思えない程の圧倒的な威圧感を放ち、窓の外を薄っすらと微笑みながら見据えている。
……誰……?
神々しいと言うのか、人を超越しているというか。あれだ!お寺の仏像のお顔に似てるかも…?造形がって言うんじゃなくて、怒りも赦しも微笑みも哀しみも全て内包された不思議な表情。
それに似てるかも?
そんな事を考えている間に奏多君が何かしたのだろうか?
窓に張り付いている女が一瞬見えた!
“りか先輩?!”
「ひっ!!」
皆にも見えたのか悲鳴を上げ窓を凝視する。
一瞬桜の香りが強くなり室内に風が吹いた。目を開けると窓には誰も居ない。あんなに強い風が吹いていたのに風すら止んでしまった…。
………あれ?この子…ガチで凄いんじゃない……?
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「あそこに居たのはりか先輩でした。律君の同級生で高校からの友達だそうです。私と律君ともサークルが同じでしょっちゅう顔を合わせていました。」
「彼女から何か言われたりされたりとかは?」
「いえ…、何も…。律君と付き合う事になった時もおめでとうって言ってくれました…。
………でも…、今思うと…たまに…たまに、あれって?思う事があったかも……?」
「例えば?」
「サークルの飲み会で律君と隣あった時に“律はこのお酒好きだもんね”とか…、“昨日電話しちゃったけどただの相談だから気にしないでね”とか?」
「………姉ちゃん……それ、完全にマウント取られてるじゃん……。」
「……やっぱり……?そういう人なのかなぁって思ってたけどやっぱり?今思うとそうだよね?!」
「敵認定されちゃってるじゃん!何なの?姉ちゃん鈍いの?」
「でもさ…、そんな……ねぇ…?」
困ったように、助けを求める様に清子さんがこちらを向く。
「きっと清子さんは根が善良なのでしょう。人を恨む憎む妬む、そういった気持ちをあまり持たないのではないですか?人は自分の中にある物差しで考えますから。
例えば家の前をウロウロする人が居たとします。ある人は泥棒に入る気じゃないか…と考える。またある人は道に迷ったのかな?…と考える。人は自分の中にあるモノから正解を導き出そうとする。
清子さん、貴方は人を陥れたりマウントを取って人を下に見る…なんて事考えもしない人なのでしょう。それは人としてとても素晴らしい事です。」
「さて、話は変わりますが今後のお話をさせて下さい。」
「今後って…、もう追い払ってくれたんだよな?」
圭吾にそう言われたがそう簡単な話ではないのだ。
「いや…、今回は追い払っただけだからまだ呪いは継続中だ。」
清子さんとおばさんが青い顔をする。
「…なら…、また……。」
「ですから話を進めましょう。
清子さん、そのりか先輩をどうしたいですか?」
本当に簡単な話ではないのだ……。
人を呪わば穴二つ。
昔からある言葉だ。言葉通り人を呪えば、一つは相手の墓を、もう一つは自分の墓も掘る事になるって事だ。
呪った相手だけ不幸になって自分は無傷だなんて事は絶対ない。
人を怨み呪い、不幸を願う。
因果応報。やった事は自分に返ってくるのだ。
それこそ魂が穢れ腐敗し悪臭を垂れ流し、その穢れを好む奴らに取り込まれる。
俺が何もしなくても彼女には幸せな未来は訪れないだろう。
だが、今回俺が清子さんに送られた呪いを返せば彼女には清子さんに送った呪いが何倍にもなって返る。
呪詛返しだ。
場合によっては死ぬほどの苦しみを長く味わい、のたうち回り息絶える事もある。
だからこそ俺はこの呪いが彼女の意思でやっているのか妬みから無意識に出来てしまったものなのかを見極めなければいけない。
「その先輩の事を知りたいです。清子さん、貴方にはまた悪夢を見て頂きます。」
おばさんがハッと信じられないものを見るようにこちらを見る。
「もちろう一人では行かせません。私もその夢に入りましょう。」
お読み頂きありがとうございます。
明日も更新しますのでよろしくお願いします。




