春を奏でる 1
寒さが和らぎ、柔らかい陽射しが寒々しかった木々に振り注ぎ、枝に蕾が付き始めた。
気が付けば新しい生命を言祝ぐ季節になった。
春は神社にとって大切な祭事が重なる。農耕の始まりや新しい生活を始める人、それ以外にも全ての人にとって新しい1年が始まる季節。
その安寧や豊作を祈願する春祭りがあるのだ。
「奏多、お疲れ様。今回の神楽も素晴らしい出来だった。御柱様もお喜びとなられただろう。」
「ありがとうございます。」
「お友達が来ていたから社務所に通しておいたぞ」
纏っていた衣装を脱ぎ風通ししている間に、智輝達がいる社務所へと顔を出すと智輝、大貴、悠、翔太、瞳、響子がいた。
「あれ?瞳さんと響子さんも来てくてたの?ありがとう。智輝達もありがとな。」
「いや、奏多もお疲れさん。」
「ちょっと!奏多君!あれ、奏多君が踊ってたの?凄いじゃん!」
「うん。神楽ってよく分からないけど、見てると自然に敬虔な気持ちになるっていうか、感謝…?上手く言葉に出来ないけどすごく素敵だったよ!」
「あぁ、ありがとう。」
「あの…、それで…、今日はゆき君は…?」
「ゆきはここだよ!」
俺の足元にポンッと姿を現したゆきを見て瞳さんと響子さんが相好を崩した。
「あぁ…ゆき君、こんにちは。今日も可愛いね。」
ゆきは白い胸を張り、
「ありがとう。お姉さん達も今日も可愛いね。」
するとゆきを撫でながらと響子さんが、
「最近鳥とか猫ちゃんを狙った変質者が多いみたいだからそ奏多君、ゆき君の事気を付けて上げてね。」
「何だ?それ…。」
「う〜ん…。小動物を狙った残酷なニュースを見たの…。ちょっと心配でね…。」
するとゆきが胸を張って、
「ゆきは大丈夫だよ!怖いときには姿消しちゃうからね!」
「春は変なのが増えるからなぁ…。ありがとう。俺も気を付けておくな。」
「変なのと言えば奏多、あの後は日野さんからは何もされてないか?」
二月、バレンタインに端を発した事件から後、俺は日野さんからもその周りからも遠巻きにされてはいるが、特に実害は無い。
二年へと上がる時にクラス替えがあるのできっと縁は切れるだろうと思っている。
「……う〜ん…。日野さんと他校の奴等だと思うんだけど、見た事のない奴らがさっき居たんだ。」
「あぁ、奏多の神楽をじっと見てた。」
「俺達に気付いて逃げたけど、また何か企んでるかもしれないから、気を付けろよ。」
「念の為、一緒にいた奴の写真撮っておいた。知ってる奴か?」
翔太が見せてくれた写真には日野さんの他に見覚えのある男が二人、写っていた。
それは中学まで通っていた学校でよく見た顔だった。
「あぁ…、中学の時の同級生だ。」
「…あの女、まだ懲りてないのか…。」
「何が目的だ?」
春休みとはいえ昔の様に遊んでばかりはいられない。学年主任の加藤先生に言われた通り、二年生になるとすぐ選択授業が始まる。それによって大学の選択肢が決まるのだ。
先日、ライフワークとなっているフィールドワークで得た曰く付きのモノを神社に納めに来た畑山氏と会った際に、ちょっと相談すると、大学という場所について色々教えてもらった。俺の漠然としたイメージの大学と現役大学講師の畑山氏から教えてもらった実際とはかなり差があり、色々話を聞いている内に俺の気持ちは大学への進学を視野に入れるようになってきたのだ。
そうなるとこれまでのようにのんびり遊んでなどいられない。早速学校の課外授業に参加し、今後を見据えねばならないのだ。
「おい!三浦!」
課外が終わり学校を出ると校門脇に立っていた人物に声をかけられた。声の方へと顔を向けるとそこには中学の時の同級生がいた。もちろん仲は良くない…、というか昔化け物だと石を投げて笑った奴、その一人だった。
「……」
知らない人のフリして良いよな…?
きっと俺ではない三浦という知り合いでもいたんだろう…。きっとそうだ。そうに決まっている。
足元でゆきが、
「ご主人、呼んでるよ〜!」
と言っているが、
”いや…人違いじゃないか?“
「でも、こっち見てるよ〜?」
”俺の後ろに知り合いでもいるんじゃないか?“
「でもこっちに来たよ?」
”知らない人と目を合わせちゃいけません。“
「なんか…でも…、困ってる?怖い顔してるよ?」
”…怖いやつなら逃げるか!“
「っ!ゆきが!ゆきがやっつけてあげる!ゆきがご主人守ってあげる!」
毛を逆立てたゆきが胸を張り俺の前に出る。
……反省……。ゆきの純粋さに胸が痛い…。
”大丈夫。俺がやってみるよ。“
「おい!三浦!聞こえてんだろ?無視すんなよ!」
大声に課外終わりの生徒がケンカかとざわつく。
「…何か…?」
「話があるんだ。来てくれ。」
「俺にはないんで…。」
「俺にはあるんだ!来ないならお前の秘密をバラすぞ。」
やっぱりそう来るか……。足元ではゆきがキョトンとした目で見上げてくる。
「やっぱりゆきがやっつけてあげる?」
近くの公園のベンチに座り、空を見上げるとほんのりと膨らんだ蕾を付けた桜が目に入り、下を見るとゆきが俺の膝に乗り俺を見上げていた。
…さて…、頑張るかな…。
子供達の遊ぶ声がする中、元同級生、島田 圭吾はなかなか口を開かない。
「それで何の用?」
「………。」
何かを話そうとするが言葉にならないようだ。
「用がないなら俺、行くけど…。」
「……待ってくれ…。」
男二人、無言でただ座っている。ゆきは既に飽きたのか俺の膝で丸まりくぅくうと寝息を立て始めた。
「…脅すような真似して悪かった。どうしてもお前と話がしたかったんだ…。」
やっと決意したのか圭吾が口を開いた。
「昔…三浦が小さい頃…、噂があったじゃん。お前に霊感があるって…。あれって本当か…?」
「……さぁ…、どうだろうね…。」
「もし…本当なら…、助けてくれないか…。」
「…………。」
「俺…お前に酷い事をした覚えがある…。お前と一緒にいると呪われるって噂があって…、半分はそんな訳ないって…、あと半分は本当かも知れないって…怖くて…。それでお前が近くに来ると石投げたり逃げたりした…。」
「………。」
「あの時のお前の顔が忘れられない…。傷付いた顔してた…。少し冷静になって、あれはイジメと同じだ…って…気が付いた。何度か話しかけようとしたし、謝ろうかとも思ったけど…、あの時のお前の顔を思い出したら…俺なんかが声をかけたらお前に嫌がられるんじゃないか…とか…、責められるんじゃないかとか…色々考えて…。」
圭吾は俺を見てひとつ深呼吸して、
「悪かった。」
頭を下げた。
「…別にお前だけじゃなかったし…、もう…忘れてた…。」
嘘だ…。忘れてなんていない。
あの時の悔しさ、寂しさ、悲しさ、怒り。全て覚えていて、今の俺がある。引っ込み思案で人見知りで人と話すのが怖くて、話した後に変な事話していないか考えすぎて疲れるから人と話したくなくて、笑っていても次会った時には嫌われているんじゃないかって疑心暗鬼な俺がいる…。
でも…、そんな怒りや不満をぶつけるには相手はまだ子供だったし、虐めてやろうって悪意よりも、根っこに未知なものに対する恐怖や不安が見て取れたから俺は怒りも悲しみも飲み込むしかなかった。
怒りのぶつけ先がなかったから…。
「さっきも強引な事して悪かった。どうしてもお前と話がしたかったんだ。」
「……。」
「俺がした事を考えるとこんな事言えた義理じゃないのは分かってるけど…助けて欲しいんだ…。」
「なんで俺…?」
「分からない…。けど、真っ先にお前の顔が浮かんだ。」
「俺に辿り着いたのは日野さん?」
「日野?あのカオリンって女の事か?」
…カオリンって……。
笑いそうになるのを堪えながら頷くと、
「あぁ…。この人知りませんかって、お前の動画をあげてた。弓道してるやつ…。」
あの子、そんな事してたのか…。勝手に人の事晒したのか…?
「…悪い…。俺、どうしてもお前と連絡取りたくてそれ利用してあの子と繋がった。」
バツが悪そうに謝られたが悪いのは日野さんであって圭吾じゃない…。
「いや…。」
「でも人の事勝手に載せるなって批判がすごくてすぐに取り下げてた…。けどごめん…。」
「この前の春祭りの時、日野さんと一緒に居たろ?友達が教えてくれた。」
「あぁ…、本当に三浦か見に来てた…。
あれ見て俺…本当に反省した。お前すげぇのな。」
「…ありがとう…。」
「いや…、でも…俺が言うのも何だけど…、あの子、日野さん?カオリンの事な。気を付けろよ。あの子お前に怨みでもあるのか?お前にすげぇ執着してた。一緒に行った健も引いてたくらい。ああ…、小野 健って覚えてる?」
「あぁ…、近寄るなっていつも怒ってたやつ…。」
「……悪かった…。健も反省してて…。あいつもお前に謝りたくて俺と一緒に探してたんだ…。
今日は俺一人で来たけどいつかあいつにも会ってやってくれないか…。俺抜け駆けの様に一人で来ちゃったからあいつに怒られる…。お前が会いたくないなら諦めさせるけど…。」
「いや…、会いたくない訳じゃないけど…、会ってもどうしたらいいか…。」
謝るって自己満足だからな……。
「それで、お前の用件は何だ?」
「…実は俺の姉貴が…。」
話を聞くと、圭吾のお姉さんに最近怪奇現象が続いているらしい。
お姉さん、清子さんは大学生で同じ大学に通う先輩と付き合っているらしい。しかし、その先輩と付き合うようになってから悪い事が立て続けに起きている。物を無くしたり怪我をしたり体調を崩したり。
日に日に怪我が増えていく姉を見て不安になっていた所に、最近になって毎日悪夢を見ると…。
毎日同じ様な夢を見て憔悴して行く姉を見て、いよいよヤバイのではないかと…。
病院に連れて行っても安定剤や睡眠薬を処方されるだけで、薬で眠れば悪夢を見る。薬でぼうっとする姉が今度は幻覚を見始めた。
そんな時、日野さんがあげた俺の動画を見つけた…と…。
「これがそうなのか違うのか分からないが、神社に連れて行こうとすると車が壊れたり、熱が出たり、連れて行けない何かが毎回起きるんだ。
なぁ…、これって何だと思う…?」
「今の段階で話だけ聞いていても分からない。」
その時、俺の携帯が鳴った。
「悪い、ちょっと待ってくれ。」
携帯を見ると大貴からだった。
圭吾を見ると頷いてくれたので、
「もしもし…?」
「奏多か!大丈夫か?!」
スマホから大貴の焦った声が聞こえる。
「大貴?大丈夫か?」
「俺じゃねえ!お前が大丈夫か、聞いてんだよ!」
「??俺は大丈夫だよ?」
「今何処にいる?」
学校近くの公園にいると告げると、そこを動くなと言われて電話が切れた。
暫くすると大貴と翔太が走って公園へと来ると、俺達を見つけて圭吾へと詰め寄った。
「お前何しに来たんだよ!」
「お…俺は別に……。」
けんか腰の大貴に驚いていると、俺が他校の生徒に連れ去られたって噂になって大貴達の耳に入ったらしく、慌てて俺を探しに来てくれたらしい。
騒ぎで目を覚ましたゆきが、
「仲良しだねぇ〜。」
俺がじんわり喜びをかみしめていると、誤解が解けたらしく、
「で?奏多はどうするんだ?」
「どうするも…、話だけじゃ分からないからな…」
「なら、こいつの家に行くのか?」
期待を覗かせて圭吾がこちらを見る。
「う〜ん…。行かなきゃ何も出来ないからなぁ…。でも明日は課外もあるからな…。」
「なら、明日の午後はどうだ?明日の午後なら俺達大丈夫だぞ?」
俺がびっくりして、
「大貴達も行くの?!」
「当たり前だろ?」
至極当然の顔をして言われた。
明日、俺達が行くまでの間のお守りを作ろうかと考えていると俺の膝にいたゆきが、
「この桜が力を貸してくれるって〜!」
座っていたベンチのすぐ脇の桜を見上げて教えてくれた。
「そうなのか?」
急に話し出した俺に圭吾はびっくりしていたが、大貴達はゆきと話をしてるなんだろうと見守ってくれていた。
「うん!ご主人達の話を聞いてたみたい!」
俺はゆきを膝から降ろし、桜の前に行く。
桜の幹に手を当てて、心の中で語りかけた。
”桜の木に宿る神よ、感謝いたします。“
すると、桜の木から伸びていた枝が”バサリ“と落ちた。
俺は落ちた枝を拾い、深くお辞儀をして感謝を伝え振り返ると、口をあんぐりと開けた圭吾と目が合った。
「な…な…なんで……?」
「喜べ。こちらの桜の木が力を貸して下さったぞ。」
「?桜が……?」
「あぁ、良かったな。」
「あ…あぁ………。いや…なんで……?」
「なんでって…?俺達の話を聞かれていたからだろ?」
「いや…、桜が……?」
話が噛み合わない俺達を見かねて翔太が、
「待て待て…。奏多、神官モードになって説明してやれ。」
「神官モードで…?」
「あぁ…、神官モードで。」
俺は言われた通り居住まいを正して深呼吸をする。
「圭吾、八百万の神と言う言葉を聞いたことがあるか?」
「八百万の神…。」
「あぁ。俺達神道の考えでは全てのものに神が宿ると考えられている。」
「全てのものに……?」
「あぁ。俺達を取り巻く全てに神が坐す。山や田畑、空や月、太陽や星、全てだ。もちろん、石や木々にも。」
圭吾がハッとした様に桜を見上げた。
「桜の木…。」
「そうだ。俺達の話を聞かれて有り難くもお力をお貸し下さった。」
両手で桜の木の枝を捧げ持ち、目の前に掲げる。
「俺が行くまでのお守りとしてこの桜の木を花瓶に入れてリビンクに飾りなさい。」
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俺が小さい頃、同級生の一人にある噂があった。
人には見えないものが見えるというものだ。
実際、よく誰もいない所で一人で話していたり、怪我や病気を言い当てたり隠し事を言い当てたりしていた。
その子は大人しそうに見えるけど実際そんな事はなく俺達とサッカーやったり鬼ごっこやったりよく笑う普通の子だった。ただ、大人びているというか纏う空気が違うというか、不思議な雰囲気を持った子供だった。
でも俺達は親や先生達等、大人の言葉を聞いてあの子が怖くなった。呪いの子だとか関わると悪い事が起きるとか不吉な子供だとか…。徐々にあの子と遊ぶのが怖くなり近づくと逃げたり、こっちに来ないように物を投げたりした…。一人二人がそうなるとその恐怖が伝染して誰もあの子と遊ぶ子はいなくなった。
それに気が付いて声をかけようとした時にはあの子は笑わなくなり周りを拒絶するようになった。
俺達はあの子が嫌いだったわけじゃない。不幸な何かがおきた訳でもない。
ただ怖かったのだ。
何かあるかも知れない。不幸になるかも知れない。あの子と一緒いると変な目で見られるかも知れない。親が嫌がるかも知れない。先生に怒られるかも知れない。
全部かも知れない…、仮定の不幸で逃げたのだ。あの子が笑わなくなって俺達の顔を見なくなって、初めて気づいたのだ。
イジメと一緒だ……と……。
それからは何とか話しかけようとしたが怖くなった。
不幸になるとか怒られるとかじゃない。
あの子に拒絶されるのが、だ。
その後も一人でいるあの子を見かける度に声をかけようか迷い、勇気が出なかった。
中学に上がったら…、高校に上がったら…。
声をかけるのを先延ばしにし続けている内にあの子はいなくなってしまった。
小さい頃、一緒に遊んでいた奴らも同じだった。
傷付けて謝る事も出来ずに姿を消したあの子を見つけたのはある投稿映像だった。
すぐさま投稿主に連絡を取りあの子の所在が分かった。
春休みになったらきちんと謝りに行こう。
そんな中、姉の様子がおかしくなった。
大学から毎日のように怪我をして帰ってくるのだ。
本人は転んだとか、ぶつかって痣が出来ただの言って笑っていたが徐々に怪我の規模が深刻な事になってきた。突き飛ばされて車に跳ねられそうになったり、階段から落ちたり…。
その内悪夢を見るようになって見に見えて窶れてきた。
最初はイジメかストレスか…、と言っていた親だったが病院に連れて行っても改善せずに憔悴して行く様子にこれはおかしいと神社へとお祓いに連れて行くことになった。だが当日車が動かなくなったり高熱が出て病院に連れて行ったり、人知を超えた何かを感じた。
あの子の凛とした横顔が浮かんだ。
困った時だけ助けて欲しいだなんてそんな都合の良い話、あの子を馬鹿にしているようですぐに打ち消したが、魘され憔悴しきった姉、姉の悲鳴を聞くたびに泣きながら駆けつける母、何も出来ずオロオロとし、ただただ疲れきった顔をする父。
俺にはもうあの子の顔しかしか浮かばなかった。
俺の選択は正しかったのだろう。
久し振りに話をしたあの子は俺を責めなかった。
ただ悲しそうな辛そうな顔をした。
それでも何とかしようとしてくれた。
桜の木の枝がいきなり落ちてきた時には心底びびった。
木の枝ってこんなに簡単に落ちないだろう……?
あの時の噂は本当だったのかも知れない。
不幸になるとかじゃなく、本当に普通の人には見えないモノが見えているのかも知れない。
あんなに真っ直ぐな凛とした眼差しを持つ男が人を不幸にする訳がない。
罪悪感、感謝、安堵、様々な想いを抱えて俺は帰路についた。
お久しぶりです。
最終章となります。明日も更新しますのでよろしくお願いします。




