ゆき 3
朝から教室は微妙な空気に包まれていた。
瞳さんと響子さんが助けに入ろうかとしていたのが目に入っていたが、俺が自分で反撃した事に驚いた様子だ。
人見知りで人と話すの苦手だと思われていたからなぁ。
あぁ…、でもこの空気を何とかするスキルは俺にはないぞ…。どうしようか……。
ガラッと扉が開く音がした。
「おっはよう!」
大貴だ。
「ん?何この空気…。なんか辛気臭いけど、どうしたんだ?」
「本当だ。あっ!奏多おはよう!」
悠が入って来た。
「奏多おはよう!朝から絡まれてたのか?」
翔太も入って来る。
最後に呆れた顔をした智輝が入って来た。
「おはよう、奏多。程々にしといてやれよ。」
「おはよう。なんか俺、虐められたみたいだ。」
絡んできた男子生徒を見上げて問う。
「な?これって虐めだったんだよな?」
「虐めじゃねえよ……。」
「じゃあデリカシーがないだけの行動?」
「………。」
「ストップ!!奏多、そこまでだ。あまり追いつめるな。」
智輝に止められたので俺は追求を止めることにした。
微妙な空気を残しつつホームルームが始まった。
昼休み、いつもの様に化学準備室へ。当たり前の様に瞳さんと響子さんもついて来た。
「いやね…、助けようかと思ったのに、奏多君呆れるほどコテンパンにしちゃうから…。」
「分かる!引っ込み思案だと思ってたからびっくりした!」
人見知りの引っ込み思案ですけど……。
「奏多はなぁ…。普段は人見知りで引っ込み思案だけど、やっぱりああいう仕事してるからな。いざって時は誰よりも的確に話せるよ。」
「あぁ、だけどごめんな。一人にして。昨日までに調べた事を皆で共有してたんだ。昼に奏多に話す為に。」
「あぁ。結構情報集まったぜ。」
「私達の方でも情報集めてみた。」
なんてこった!皆が俺のために動いてくれていたなんて…!
そんな時に、俺は昼にゆきを皆に紹介しようと思っていたなんて……。
言えない……。日野さんの事なんてすっかり忘れていたなんて…。
ゆきが姿を隠したままでテーブルに乗り俺を見上げる。
「ねぇご主人。ゆきを皆に紹介してくれるんじゃなかったの?ゆき、つまんないよ…。」
あぁ…、待ってくれゆき。今は…、今はまだその時じゃないんだ……。
しかしゆきはまだ産まれたての猫(の使い魔)。人間の機微なんかにはまだ疎いのだ。
そんな所も可愛い…。
紹介しろと暇だと懸命にアピールされる。
「……おい、奏多…。お前何か隠してるだろ…。」
なんで分かる…。
「顔がニヤけてるぞ…。おい、何を隠してる!」
皆から不審な目で見られた。
仕方ない…。隠せないか……。出来れば瞳さんと響子さんが出て行ってから紹介したかったが……。
「…実は…、今日は皆に紹介しようと思ってた子がいるんだ。」
「彼女かっ!?」
「いや…、可愛い子だ…。 おいで、ゆき。」
ポンッと目の前に白い猫が現れて皆心底びっくりしたようだ。
「やぁ!ご主人のお友達!僕はゆきだよ!!」
部屋の中はし…んとなり、ゆきの声だけが響く。
「やっと呼んでくれてゆきは待ちくたびれたよ。
ねぇ、皆ゆきの事視えてる?なんで無視するの?」
ゆきの声がしょんぼりしてくるのに気が付いた悠が
「ゆき?ごめんな?俺達びっくりしちゃったんだ。無視した訳じゃないよ?ゆきはゆきっていうんだね。真っ白でキレイだね。」
「えへへ〜、でしょう?ご主人が付けてくれたの。褒めてくれたから撫でてもいいよ!」
ゆっくりとゆきを撫でている悠の顔がどんどんデレていく。
分かる!分かるぞ!ゆきの毛皮は最高にふわふわでもふもふなんだ!
他の皆も正気に戻ったのか口々にゆきに声をかける。
「ゆき君?ゆきちゃん?」
「君だよ!僕は立派で勇敢なオス猫なんだ!」
「じゃあ可愛いっていうのは失礼かしら?」
「う〜ん…、ゆきはまだ産まれたてだから可愛いでもいいよ!」
「ゆき君はなんでここにいるの?」
「ご主人がお友達を紹介するって言ってくれたの!だからずっと待ってたんだよ!」
「ゆき君って姿を消せるの?急に現れたからびっくりしちゃった。」
「あぁ!びっくりさせちゃってごめんね!僕はご主人の使い魔だから色々出来るんだ!朝から姿を消してご主人と一緒にいたんだよ!」
「じゃあ朝びっくりしたでしょう?意地悪な人がいて…。ごめんね。」
「うん!びっくりした!ご主人があんなに意地悪言うなんて!」
「待って!ゆき!俺は意地悪なんて言ってないよ?意地悪されたのは俺だよ?」
「でも泣いてたよ?ご主人が泣かせたんじゃないの?」
「あれは俺に意地悪言ってきたから言い返しただけだよ。そしたら泣いちゃっただけだよ。」
「ふ〜ん…。まだゆきには分からない事がたくさんあるんだね。じゃああの意地悪してきた子はご主人の敵?敵ならゆきがコテンパンにやっつけてきてあげる?」
「大丈夫だよ。今からその作戦会議を皆でやるんだ。ゆきも参加してね。」
「まかせて!!」
ゆきは意気揚々と俺の前に来て胸を張った。
可愛いに天井は見当たらない。
皆がメロメロになっていたが、ゆきから早く作戦会議を!と急かされたので気持ちを切り替える。
弁当を食べながら皆が情報収集してくれた事をまとめようとする…が、ゆきが俺の弁当が気になる様で箸を動かすたびにゆきの顔が動く。
ご飯は必要ないけど欲しがったらあげてもいいって言われたしな…。
「ゆき、食べてみるか?」
ゆきのシッポがピンッと伸びた。
「で…でも、ゆきが食べたらご主人の食べるのがなくなっちゃうでしょう?」
「大丈夫だよ。ほら、何が食べたい?」
「……本当に良いの?ご主人お腹空いちゃわない?悲しくならない?」
「ならないよ。お腹空いたら何か買って食べればいいんだよ。その時はゆきが食べてみたいのも買おうな。」
「じゃ…じゃあ…、これ…。これ何かなぁってずっと思ってたの。」
ゆきが示したのは玉子焼きだった。弁当のフタに玉子焼きをのせてゆきの前に差し出す。
「はい、召し上がれ。」
ゆきはシッポとヒゲをピンッと張ってゆっくり食べ始めた。一口目は小さくゆっくりと。二口目は大きく口を開けて、三口目は一心不乱に。
皆が弁当の手を止めてゆきに釘付けだ。
「お…美味しい〜!!ゆき、こんなに美味しいの初めて食べたよ!」
玉子焼きを食べ終わると、ちらりと俺の弁当に目線が向いた。
「ゆき君。お姉ちゃんのも何か食べない?」
ゆきは少し迷ってから、
「ううん。ゆきはご主人の食べるものだけ食べるの。」
「なら、ゆきは次は何が食べてみたい?」
ダメだ。ゆきの可愛さに作戦会議なんて出来ない。
取りあえず、昼の作戦会議は諦めて放課後に会議をする事にした。
放課後、コンビニで色々買い込んで近くの公園へ。今度こそ作戦会議だ。
皆が情報収集してくれて分かった事は、
・日野さんの評判は一部からはかなり悪い。
・すぐに人の所為にするとか被害者ぶる。
・気に入らない人を執拗に追い詰めて、中学の時に相手を転校まで追いやった事がある。
・今は俺がターゲットになっている。
・俺の中学を調べて噂を聞き出そうとしている。
・ネットにも悪質コメントを載せて俺を炎上させようとしている。
特に日野さんの悪い評判がたくさん収集出来たらしい。
「ありがとう。皆俺の為に悪いな。」
俺は高校進学を機に三嶋神社の近くに引っ越したのでここでは俺の中学までを知ってる奴はほとんどいない。きっと、ネットで執拗に検索して探したのだろう。
リーダーに憑いてる女の子、日野さんにも憑いて性格矯正くれないかなぁ…。
翌朝、教室へ行くと日野さんは休んでいるそうだ。
良かった。今日は絡まれないぞ。
と、思ったが、ホームルームが始まると俺は学年主任に呼び出された。
「君のクラスの生徒が君に虐められたと訴えているんだが、話を聞かせてもらって良いかい?」
昨日の話を色々聞かれて素直に話した。皆聞いてる事だしな。
彼女の母親が別室で待っているそうでそこで話をするように言われてそこへ案内された。
部屋に入ると怒り心頭な女性が座っていた。これが日野さんの母親か…。
足元でゆきが、
「呪う?呪っちゃう?ゆき、出来るよ?」
キラキラした目で俺を見上げてくる。
くぅ…、可愛い…。いいよって言ってしまいそうな程可愛い。
でも、”ダメだよ。でもありがとうね。“と返事だけしておいた。
「うちの娘が今朝学校に行きたくないと泣くんですけど、あなたは何故か知ってるのよね?」
「えぇ、昨日私が貴方の娘さんと娘さんのお友達に虐められた件ですよね?」
「っ!何言ってるのっ!あなたが!私の!娘を!虐めたのよ!」
「いいえ。ちゃんと話を聞きましたか?何故そうなったのか、貴方の娘さんが何をしたのか、聞きましたか?された事だけじゃなくて。」
「何を!娘を傷付けておいて何を言ってるの?」
「落ち着いて下さい。貴方はここに怒りに来たのですか?それとも話を聞きに来たのですか?
怒りに来たのであれば私は必要ないでしょうから、そこの学年主任に気の済むまで怒りをぶつけて下さい。話を聞きに来たのならそれなりの態度でお願いします。子供だからといって頭ごなしに話を遮らないで下さい。」
「なっ!なっ!何なの!あなた!子供のくせに大人を馬鹿にした態度で!」
この親にしてあの娘ありだな。俺は溜息をついて、
「話を聞く気はないようなので後はお願いします。俺は授業に戻りますので。」
席を立ち、ドアへ向かって歩き出す。
「待ちなさい!話は終わってないわよ!待ちなさいよ!」
席を立ったのだろうか?ガタガタと音がする。俺は後ろを振り向かずドアに手をかける。
「待ちなさい!お願い!」
後ろは振り向かないでドアは開けずに待ってみる。
「お願い…。」
振り返って母親の顔をじっと見てみる。
疲れた顔をしていた。怒りなのか?緊張なのか?唇を震わせて俺を見ている。
一つ、深呼吸をしてから俺を真っ直ぐに見つめた。
「ごめんなさい。話を聞かせて欲しいの。」
俺は頷いて、ゆっくりと席に戻る。
「まずは座って下さい。疲れた顔をしてます。
先生、まずはこちらのお母様に温かいお茶をお願いします。」
学年主任の先生は呆気に取られたように俺の顔を見たが、すぐに席を立ち、お茶の用意を始めた。
部屋の中にお茶を淹れる音だけが響いている。用意が出来たようで母親の前にお茶が出された。
それだけ?
「先生、お茶だけ?お茶請けは?こういう時は甘い物も必要だよ?」
先生は苦い顔をして、
「学校にはそんな物はない…。」
「えぇ〜…、絶対用意しておいた方が良いよ。」
「何でだよ!話をするだけだからなくても良いだろうが!」
「違うよ。話をするからあった方が良いんだよ。」
仕方なく俺はポケットに入ってた飴を2つ取り出し一つは自分の前に、もう一つは母親の前に出した。
「何で?」
不思議そうな顔をした母親に、
「疲れてますよね?疲れた時には温かいお茶と甘い物です。それを食べたら話をしましょう。」
一瞬ポカンとした顔をしたが、少しだけ柔らかい顔でバッグを取り出し、
「なら、これも一緒に食べましょう。」
キャラメルを一つ、俺の前に置いて、もう一つは自分の口に入れた。
やっと話が出来る準備が出来たようだ。
お読み下さりありがとうございます。
明日も続きを投稿します。




