囁く声。
季節はすっかり真冬へと移行し、毎日寒い日が続いている。
クリスマスを男同士で過ごし(智輝は途中で抜けたが…)、冬休みに入り友達と遊ぶ約束をして、年末年始は慌ただしい神社でのお勤めをこなした。
毎日を忙しく過ごしていた俺だったが、気が付いたら体調を崩していた。
治るかなぁ…、治るよな…とのらりくらりと病院への受診を先延ばしにした結果、俺は重い肺炎になり、総合病院に何日か入院するはめになってしまった。
両親や叔父さんにも心配をかけてしまい、体調管理の大切さを身に沁みて感じた一件だった…。
入院2日目にして俺は暇を持て余していた。入院した直後はつらくて点滴をしてもらいずっと寝ていたが、体が楽になった現在、何もせず寝ているのが苦痛になってきた。
先生には回復の早さに”若さだねぇ“と驚かれたが念の為、後1日は入院が必要だと診断された。
残念……。
忙しい中、今日も母親が病院に顔を出してくれて、色々な物を持ってきてくれた。その中にはちゃっかり冬休みの課題が入っていたのだが、あれは元気にならないとやってはいけない代物だ。また熱が上がってしまっては大変だからな。俺はきちんと鞄の奥底に課題をしまい込んだ。
普段からあまりスマホを見る事のない俺だがやる事の無い今、俺はスマホで暇を潰していた。
数年前に流行った感染症の影響で病院への見舞いが制限されている為、本当に暇なのだ。具合が悪く辛い思いをしている方に申し訳なく思いながらSNSを見ていると、
(あれ…?これって……?)
見覚えのある映像が流れてきた。
それは少し前、山形の尾黒神社でやった十二年祭事の映像だった。
あの後榊木宮司からもあの時の映像を頂いたが、やはりあの時の双竜は映ってはいなかった。しかし、地域の方々の楽しそうな表情や祭の熱気などが伝わってくる、とても良い映像だった。
それと同じような映像が今俺のスマホから流れている。俺と白石氏のお弓神事から神楽舞までが流れ、
(へぇ…、こんなふうに見えてるんだなぁ…。)
客観的に見る機会がないので改めて見ると自分が別人のように見えてびっくりした。
(まぁ、これが俺だと気付く人はいないだろう…)
許可した覚えもないまま自分の顔が全世界に広がる事に恐怖を覚えたが、俺だと分からなければ大丈夫だろうと次の映像へと飛んだ。
友達達からお見舞いのラインが来たり、先生から近況報告がきたり、不本意ながら連絡先を交換していたリーダーからも白石氏の人使いが荒いと愚痴めいたラインが来たりしながら時間が過ぎた。
ちなみに先生は冬休みを利用して、北陸の方へフィールドワークへ出掛けているらしい。
…アクティブ〜……。
リーダーは毎日、腹黒ノンデリ白石氏に扱き使われ悪態をつく暇もなく気絶するように眠っているそうだ。
良い傾向…なんだよな……?
俺のいる部屋には定期的に看護師さんが検温に来てはちょっとした雑談をして行く。看護師さんはいつ見ても忙しそうに動いている。
(本当大変な職業だよなぁ…。)
頭が下がる思いでいるが、隣の男は違うようだ。
大部屋の俺のベッドの隣には五十代位の男がいるのだがこの男が頻繁にナースコールを押しては他愛もない用事を言いつけている。
背中が痒いだの、喉が渇いたから買って来いだの、挙句、セクハラめいた発言を連発だ。
(本当大変な仕事だなぁ…。)
男の母親だろうか…、男の後ろでは年配の女性が男が何かする度に申し訳なさそうに頭を下げている。その女性の気持ちも知らないで今も男は好き放題、
「なぁ、姉ちゃん。彼氏はいるのか?毎日楽しんでんだろうなぁ。俺の事も楽しませてくれよ。」
聞いている方が気分が悪くなる話をしている。
(最悪な男だな…。)
こんな男にはならないようにしよう、と決意する。
助けないのか…って?人見知りの俺があんな常識のない男に話し掛けられる訳ないじゃないか。
けちょんけちょんにやられて残りの入院生活が地獄になるに決まってる。
この男の隣にいたくなくて俺は部屋を出て、病院の中をあちこち探検がてら歩いている。もちろん、病院の食事では足りないので食べ物を調達する為だ。
食堂を見つけて山菜そばを食べたり、コンビニを見つけておにぎりとパンとお菓子や飲み物を買って景色の良い談話室で食べたり。
歩いていると思いもよらない出会いがあった。
例えば、食堂に向かう通路の壁にめり込むようにおじいちゃんがぼんやりと立ってたので、仕方ないから一緒に食堂に連れて行って山菜そばをちょこっと分けてあげて身の上話を聞いた。
おじいちゃんは心筋梗塞で運ばれてきて、いつの間にかあそこにいたそうだ。何となく動く気にならずぼんやりしていた時に俺に声をかけられて付いてきたそうだ。
いつまでもここに居てもなぁ…と思い簡単な祝詞をあげると”温かい蕎麦も食べたし行くかなぁ…“と消えた。
家へ帰ったのか、行くべき所へ行ったのか。
また、腹を満たした後コンビニへ行く途中の階段で、首の曲がった血みどろの女性がぼんやり立っているのを見かけた。あまりにも血まみれなので、心配して声をかけてしまった。
「大丈夫ですか?」
暫くぼんやりしていたが首をギ…ギ…と回転させてこちらを焦点の合わない目で見る。
「だいぶ血まみれですがお手伝いしましょうか?」
女性は黙ったまま。俺も黙ったまま女性の返事を待ったが、
「取りあえず、ここは暗くて寒いからあちらへ行きませんか?」
血まみれの女性を日の当たる通路へと誘導して、
「ここなら暖かいし景色も良いからこっちの方が良いですよ。」
俺は隣のあの男とは違って女性には紳士なのだ。
女性を置いてコンビニへ行こうとしたが、女性がゆっくり付いてくるので、俺もゆっくり歩いて一緒にコンビニへ行く事にした。
病院のコンビニは小さくて細々としている。
俺はそこで焼きそばパンとおにぎりを買った。俺はおにぎりはやっぱり鮭か明太子だと思っている。俺が選んでいる中、女性は甘い菓子パンの前にいた。
「何か欲しい物があるなら一緒に買いますよ。」
女性は菓子パンをじぃ…と見ているのできっと欲しいのだろうな、と判断して一緒に買った。他にシュークリームと飴とコーヒーとお茶だ。
戻る途中で小学生位の男の子が立っていたので一緒に食べようと誘う。
俺と血まみれの女性とパジャマ姿の男の子。ゆっくり歩いて病棟の談話室に行きテーブルにコンビニで買った物を広げる。
俺の前にはおにぎりとお茶を。
女性の前には菓子パンとコーヒー。
男の子の前にはシュークリーム。
「さぁ、召し上がれ」
暫くは動かなかった女性だがゆっくりと動き出す。菓子パンを口にすると、
”あぁ…、これ良く仕事の合間に食べてたわ…。“
ゆっくりゆっくり食べ始める。
食べ終わる頃には女性の曲がった首は真っ直ぐになり、血にまみれた服が綺麗になっていた。
”思い出した…。私、仕事で何日も睡眠不足が続いて疲れてて…、ぼんやりしてたのね…。気付いたら車がすぐに前にいたわ……。私…、死んだの?“
俺は何も言わず、女性が記憶と気持ちを整理するのを待った。
パジャマ姿の男の子は不思議そうに女性を見ていたが、目の前のシュークリームに目をやり、
”これ、食べていいの?“
俺がコクンと頷くと、
”お母さんに知らない人から貰った物は食べちゃ駄目って言われた…。“
「至極真っ当な意見だ。良いお母さんだな。」
男の子は嬉しそうに頷くと、
”でも…、食べたいから食べちゃう。お兄ちゃん、お母さんに内緒にしてね。“
シュークリームを美味しそうに食べ始めた。
美味しそうに食べているのを見て、俺の分も買えば良かったと後悔したが、まぁ、良いだろう。後で食べれば良いか…。
シュークリームを食べながら、
「僕ね、心臓が悪いんだって。移植っていう誰かの心臓もらわないと死んじゃうんだって。僕、いつまで待てば良いのかなぁ……。」
もぐもぐとシュークリームを食べる。俺はそっと少年の前に先程買った飴玉を一つ差し出す。
いいの?と見上げるので俺は頷いた。
飴玉の包みを剥いて口に入れる。
コロコロと口の中で飴玉を遊ばせながら、
「この前、すごい苦しい発作があったんだ。お母さんが泣いてた……。苦しくて苦しくて……。
ねぇ……、僕って死んじゃったの?」
思い出したのかポロポロと涙を流し始めた。
「お母さんに会いたい…。」
俺は少年の涙が落ち着くまで何も言わなかった。
日の当たる場所にいて景色も良くて、腹も満ちた。いつの間にか二人とも落ち着いたようで涙は止まっていた。
「お母さんに会いたい…。ねぇ、どうすれば会える?」
「明日まで待ってくれれば俺が連れて行ってあげるよ。待てる?」
「待てない!今すぐ会いたい!!」
落ち着いたはずの涙がまた落ちそうになった時、
「私が連れて行ってあげるわ。」
女性が言ってくれた。
「行こう。その後は…、私も行かなきゃ……。」
二人の姿がすぅっと消えて、テーブルの上にはシュークリームと飴玉一つ、菓子パンが残った。
これは夕食の後に食べよう。
俺はいそいそと買い物袋にしまい込んだ。
夕飯を済ませると病院の消灯は早い。あっという間に電気が消され就寝を促されるが眠れない。病院の中を歩いたとはいえ、絶対的な運動量が足りないのだ。つまり、体力が有り余っているのだ。
眠れない……。
眠れない理由は体が疲れていないから…と、もう一つ。お隣さんだ。隣であの男がうんうん魘されているからだ。
はっきり言って煩い……。
今も隣で”助けてくれ!“だの”誰か!“だの喚いている。ちなみに今は”母さん“だ。
夢の中で後悔して謝るくらいなら現実世界でもっと謙虚に生きれば良いのに、看護師さん達にセクハラしたりやりたい放題してるから良い年して母親から怒られるんだよ。
男の後ろにいた年配の女性がこの男の母親だ。男の振る舞いに憤っていたのでこの度、ちょこっと手を貸したのだ。
これで少しは大人しくなれば良いけどなぁ……。
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ここはどこだ…?俺は寝たはずだったが…?
ここは病院の廊下か…?何故俺はこんな所に…?
確かに寝たはずだ。夕食後に散々看護師をからかって就寝時間まで散々振り回してやった記憶があるのだから…。ベテランの看護師はお高くとまりやがって俺が声をかけても冗談を言っても顔色も変えずに淡々と反論する。しかし若い看護師は可愛い。ちょっと体を触ったり際どい話をするだけであたふたと慌てる。やっぱり女はこうでなくちゃな。
…なんて考えてた寝た筈だ…。
ここは…廊下か…?なんでこんなに暗いんだ?
心なしか空気も重い…。息がしづらい……。
病気のせいか?確か間質性肺炎って言われたな…。
クソ!藪医者が!さっさと治せよ!俺は暇じゃないんだ!きっと今頃会社は大変な事になっているだろうな。ざまぁみろ…だ!セクハラだのパワハラだのいちいち煩かったからな!精々俺が戻るまで大変な思いをすれば良いんだ!
取りあえず俺は自分のベッドに戻ろうと歩き出す。しかし歩いても歩いても辿り着かない。延々と廊下が続いている。夜勤の看護師にも行き当たらない。
何故だ…?何故人が居ない!
大声を出すも反応がない。仕方なく適当な部屋へと入るがそこにも誰もいない。
ちくしょう!誰もいないのかよ!!
病院の中を走り回り、人を探すが誰もいない。
……生き物の気配がしない……。
ゾクリと肌が粟立った。
人の気配どころか電気の音、機械の音、風の音、外の車の音もしない…。キ…ンと耳が痛くなる……。
…俺は今…、どこにいるんだ……?
冷や汗が出て来て呼吸が浅くなる。目の前がグルグル回る。
落ち着け落ち着け…と俺は深呼吸を繰り返す。
ザワリ…、空気が揺れ、一層空気が重くなった。
何かが動いている…。
頭の中で警鐘が鳴り響き、冷や汗が流れる。
視線の先、暗闇の廊下の先から、何かがこちらへやって来る……。良くない何かが…。
俺は回れ右をして駆け出した。しかし走っても走っても上手く進まない。泥の中を走っているのかと思う位、体が重く思うように動けない。
じわじわと後ろから何かが近づいている……。
恐ろしくて後ろは振り返れない。
はぁはぁ…と音のない世界に自分の呼吸だけが聞こえる。
突然、右足がヒヤリと冷たくなった。破れそうなほど大きく心臓が跳ねる。
俺は恐る恐る下を向き、自分の右足を見る。
黒い闇がジリジリと俺の足を飲み込んでいく。
「ひっ!!!」
何かに掴まれているかのように足が動かない。
次に左足も飲み込まれていく。
体がガタガタ震えてくる。
「だっ、誰かっ!!誰か助けてくれ!!」
ずっと続く廊下に俺の声だけが反響する。当然誰の返事もない。
俺は足だけじゃなく、既に首まで黒い闇に取り込まれていた。
「誰か!助けてくれ!死にたくない!!誰か…」
視界が闇におおわれた。
目の前に別れた妻が、妻に付いていった子供が、会社の連中が、看護師が、近所のババアが、病院で同室になっている奴らが、隣のベッドの冷めた目をして俺を見るガキがいる。
皆ゴミでも見るような目で俺を見て、口々に責めたてる。
「あんたなんて死ねば良いのよ!」
「あんたが父親だなんて最悪だ!お前なんて死ねば良いのに…!」
「またあの人言ってるよ…。いい加減にして欲しいよね。時代遅れ。セクハラでパワハラなんて生きてる意味ないんじゃない?そのまま戻ってこなきゃ良いのにね……。」
「あの患者ホント最悪。面白くもない事言って何にも笑えない。こっちは仕事だから相手してんだからこれ以上迷惑かけないでもらいたいよね。ホント最悪なヤツに当たっちゃった…。早く退院してもう二度と戻って来るなって感じ…。」
「見て、あの人…。奥さんと子供に逃げられて惨めねぇ…。酷かったものね。暴言と暴力。あんなの逃げられて当然よ。ゴミ出しもルール守らないしホント最悪よね。ここから出て行ってくれたら良いのに。」
「あいつ、ホント煩い…。面白くもない話得意気に話してバカじゃねえの。なんでこんなのと同室なんだよ。さっさと退院する死ぬかしろよ…。」
「いい大人がみっともない…。恥を知らないって幸せだな…。」
……煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い
好き勝手な事言いやがって!
俺は!精一杯やってる!周りの奴らが無能なんだ!冗談も通じないし馬鹿揃いだ…!いちいち煩えんだよ!俺は悪くない!悪くない!
暗闇から声が聞こえる。
”お前なんか生きてる価値はないんだ。“
どの位時間が経ったのか…。上も下も、右も左も立っているのか座っているのかすら分からない暗闇の中、延々と俺への罵倒が続き、もう…、反論も怒りも沸かなくなった…。
暗闇から再度声が聞こえる。
耳元で囁くように、誘うように。
”死んじゃえ“
死ぬ……。そうだよな…。俺なんか生きてる価値もないよな…。
俺が諦めたのを察してか、嬉々として闇が俺を取り込もうとするのを感じた。
あぁ…、死ねるんだ…。
「情けない!」
聞き覚えのある声がして、諦めていた目を開けると二十年前に亡くなった母がいた。
「か…母さん…?」
「あんたは本当に情けない!夫としても父親としても上司としても同じ町内会の人間としても患者としても本当に駄目な人間だ!本当に情けない!!」
「母さん…、違うんだ……。これは……。」
「何が違うんだい?私は死んでからずっとお前の事を見てたよ。お前が浮気する所も自分の家族に手を上げる所も嫌がってる女性にセクハラする所も部下に嫌がらせする所も、他にも全部見てたよ!本当に情けなかった…。これが私が大事に育てた我が子かと思うと…、本当に情けない……。」
「母さん…、」
「お前は皆にこんだけの事をしたんだから嫌われて当然だ。だからこそ自分の尻はきっちり自分で拭け!それが終わるまで私やお父さんの前に顔を出すんじゃないよ!!」
「でも…俺…こんなに嫌われてたら……。」
「何被害者面してんだよ!あんたは被害者じゃなくて加害者だ!今まであんたがやってきた事の結果だよ!あんたは最低な人間だった。」
「…………。」
「下らない事考えてないで腹据えて生きろ!」
言う事を言うと母親が消えた。
周りを見渡すと病室のベッドの上にいた。
(夢だったのか……?)
ホッと息を付き、トイレへと立ち上がる。
ギクリ…と心臓が跳ねた。
無数の手形が付いていた。
足にも腕にも…首にも……。
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あぁぁ…、もう朝か……。昨日は遅くまで煩い男のせいで寝不足だ…。カーテンを開けると同室の人達も皆寝不足のようだ。
だよね…、あんな中で寝れないよね……。
看護師さんの朝の検温が始まった。
「ひっ!」
隣から看護師さんの声が聞こえるとすぐにカーテンが引かれ、バタバタと忙しなく人が行き交う。
声のトーンを落とした先生が何かを話している。
大丈夫だよ。死ななかったんだから…。
男の後ろでは母親が笑っていた。
病院は昼と夜では全く違う顔を見せる。昼は悪意のない者や無自覚な者が漂っている事が多いが、夜になると理不尽な運命に翻弄された人による怨みや怒り、生者に対する妬み等悪意の念が集まり増幅し、あちらへ引きずり込もうと虎視眈々と狙っている。
恨まれている者、弱ってる者、諦めた者を取り込こみ、さらに増幅増長して行く。
取り込まれた人間の人格はなくなり恨みや怒りを振りまき、取り込める人間を探し永遠に彷徨い歩く異形のモノには成り果てる。
あの男もそうなる筈だった。母親がいなければ…。
あんな化け物がいる所で働くなんて医者や看護師って本当に大変な職業だ。
お礼としてあの異形の化け物は散らしておいた。
既に人格がなくなってしまっているので人として弔う事は出来ないのだ。散り散りに散らして、時間をかけて吸収されるのを待つしかない。
それでも病院という場所柄、また時間をかけてああいう異形のモノは形成されるだろう。
それまでの間、暫し、患者や看護師さん達に平和が訪れますように…。
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「昨日退院した子、ちょっと変わった子だったね。」
「あぁ~、分かる!一見大人しそうな子ね!」
「そうそう。我儘を言わないからやりやすくて助かったわ〜。」
「我儘と言えば、あの子のお隣さん。あの男!もうっ!どうしてやろうかと!!看護師はあいつの小間使いじゃねえんだよ!もう何度ここまで出たか!」
一人の看護師が喉元に手を当てて怒りを露わにすると、もう一人の看護師が笑いながら同意する。
「本当分かる〜!いるのよね、ああいうやつ。先生とかには大人しいクセに看護師には偉そうにするやつ。」
看護師同士の歯に衣着せぬやりとりが続く中、”コホン“と咳払いがされた。音の方を見ると、
「師長?!」
「声が大きいですよ。患者さんが聞いていたらどうするんですか?看護師として自覚を持ちなさい。」
「「はい…。すみませんでした。」」
看護師長がいなくなると、今度は声を潜めて、
「怒られちゃったね…。でもさ…、やっぱりああいう患者を受け持つと本当この仕事が嫌になっちゃうよね。」
「うん…。普段の疲れが倍増…。正直勘弁して欲しいよね…。こっちも人間であって、完璧じゃないからさ…。」
「ね…。そうそう、さっき言いかけたあの子の話。あの大人しいそうな子、入院二日目にしてもう元気になって病院あちこち歩き回ってたらしいよ。」
「へぇ〜…、やっぱり若さかしらね。」
「その時に誰もいない所に話しかけてたり、誰もいないのにテーブルにお菓子広げたり、不思議行動が多かったらしいの。」
「へぇ〜、視えてる人っぽいね。」
「そう!でね、その後!あの子が歩いた後、空気がキレイになったって言ってた!」
「何それ?!」
「友達が空気清浄機って言ってた!」
「空気清浄機!」
「そう!例えば、3階の階段あるじゃない?あそこ薄暗くて嫌な感じするじゃない?あの子が歩いた後、明るくなった気がするって言ってたよ。」
「それが本当なら嬉しいね。この病院ってさ…、ちょっと変じゃない……。」
「分かる…。ここの病院って突然死が多いよね。」
「うん…。予兆もなく皆、夜に亡くなってる。亡くなる様な病気じゃない人も…。」
「うん…。夜勤の時…凄い怖い時ない?」
「ある。見回りの時空気が重い時あるよね。懐中電灯が突然消えたり、視線を感じたり…。でね…、そういう時に…人が亡くなっている気がする……。」
「…実は私ね…、あの日私が夜勤だったの…。あの日がそうだった…。あの煩い男の部屋…。懐中電灯が突然消えて、どうしても怖くてあの患者の所だけは行けなかったの……。」
「え…それって……。」
「分かってる…。やっちゃダメな事だって……。
でもね…、本当にヤバかったの…。
だって…、問題なく使えてた懐中電灯がだよ…、巡回の度毎回消えるんだよ…。で、あの部屋を出るとまた点くの……。」
「………。」
「でね……、朝の検温、違う看護師が行ってくれたんだけど…、青い顔して先生を呼びに行ったの…。私…、死んだんじゃないかって……。」
「……死亡報告なかったよね……。」
「うん…。後で聞いたらね…。身体中手形だからだったって。青痣…、大きな大人の手から小さな手まであって…、首が絞められた痕もあったって…。」
「……それって…。」
「多分そう……。その後あの人、青い顔してガタガタ震えて、何聞いても何も話さないらしい…。酷く怯えてて、先生と相談して早めに退院になる事になったみたい。」
「……そっか……。」
「…………。」
「ヤバイね………。」
「うん…、ヤバイよね……。この病院……。
今まで亡くなった人達も身体中に痣があったって。
……私ここの病院辞めようか真剣に考えてる。」
「だからここの看護師の離職率高いんだろうね。」
「こんな所で長く勤務出来る人、あり得ない…。師長とか…。あの人何十年もあんなモノ見てきたんだよ…。」
「すごいよね……」
「ね…。私には無理……。」
「今思い出したんだけどね、空気清浄機君、あの子が退院する時、師長がわざわざ挨拶に行ってたの。短期入院で関わりもなかったはずだから、あれ…?って思ったんだけど……。」
「空気清浄機君が何かしてくれたのかな……。」
「してくれてたなら良いね…。」
「あれがいなくなったなら私…、ここに居ても良いかも…。給料良いし待遇良いし…。」
「確かに…。離職率高いから待遇面で優遇されてるんだよね。」
「……まぁ…、ちょっと様子見かな……。」
「だね……。まぁ…、様子見しながら働いて行こう!患者さんが待ってるぞ!!」
「あっ!ヤバイ!休憩終わる!行かなきゃ!!」




