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春に奏でる  作者: よっち
12/18

舞え舞え。童達よ。 3(終)


 翌、早朝。

榊木宮司の言う通り、昨夜の荒れた天気は嘘のように収まり快晴だった。俺が起きた時には既に神官達と地域の有志達が雪かきを終わらせていた。


今5時ですが…、何時に始めたの…?そして、皆さんちゃんと寝たの…?これが雪国なの……?


そして俺はというと、昨日先生に雪国装備一式揃えてもらって良かった…。夜中寒くて仕方なかったので、先生に揃えてもらった装備を着て寝たのだ。

ありがたい。先生にはお礼のしようがないほど助けられた。


起きてきた白石氏はよく寝れたのだろう。スッキリした顔をしている。反対にリーダーは眠れなかったのだろう…。目の下が黒く疲れた顔をしている。

ここでも俺はリーダーと目を合わせて頷いた。


なんかここに来てリーダーに親近感が湧いてきた。



 朝、潔斎を済ませお弓神事の為の準備を始める。叔父さんが右大臣左大臣と例えたその通り、俺と白石氏には対の狩衣が用意されていた。

身を整えるに従い徐々に気持ちが引き締まっていく。

周りを見ると、白石氏が昨日とは打って変わって真剣な顔をしていた。先生は穏やかに微笑み見守っていてくれた。リーダーは寝不足のせいか顔が白かったけど邪魔をしない様、脇に控えてくれていた。

お弓神事の準備が出来たようで、声が掛かる。

白石氏と目を合わせて頷き、弓を手に境内へと向かった。



境内は昨日の大雪が嘘のように綺麗に除雪され、既に地元の氏子さん方が集まっていた。空は雲一つなく快晴。大気は冷たく引き締まっているが風もなく穏やかで榊木宮司が言った通り、御柱様のお力なのだろう。


境内へと一歩足を踏み出すと太鼓が鳴らされ大気が震えた。

「あら〜…今回の大臣さん達は偉いべっぴんさんだなぁ。」

「んだなぁ…。イケメンだぁ…。」

「孫たちも来れば良かったのになぁ…。こったらべっぴんさん達見ないと損だらに…。」

「しっかし、今回のお祭りも御柱様のお陰で良い天気になったなぁ…。ありがてぇ事だ。」

何処か遠くから氏子さん達の声が聞こえる。

どこか張りつめた空気が緩んで、温かくなった気がした。


…さぁ…、行こうか…。


深く深呼吸して足を進めた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



お弓神事の準備をしている最中から俺の相方となる少年の空気が変わってきた。

昨日初めて会った時は年の割に落ち着いた子だなぁ…と思った。視える子だと分かった後も嫌な思いをした事がある為、大人しい子なのだなと…。

あまり前に出る事のない大人しい子供、奏多君の第一印象はこれだった。



その第一印象はある意味正しいのだろう。前に出ず大人しく…、己の全てを内に向けていた。この子に内包された凄まじいエネルギーが周りを圧倒する。

あまり動かない表情が変化していく様を見るのは一種のカタルシスを生んだ。しかし、この子と対になるのだと理解した瞬間、興奮と共に背中に冷たい汗が流れた。気圧されては駄目だと己に喝を入れて足を踏ん張り気合を入れると、準備が出来たと呼ばれた。奏多君と顔を合わせ、頷いた。

ゾクリと毛穴が開く思いがした。


これは誰だ……。奏多君ではない…。目も表情も纏う空気も全くの別人だ。誰かに憑依されているのかと探るが何も視えない。

年上としてのせめてもの矜持だと、胸を張り前を歩き境内へと出た。



太鼓の音が響き空気を震わせる。歓声が収まり、隣からキリキリと弦を緊張させる音が聞こえる。

静まり返った境内に”ヒュンッ“と空気を切り裂き矢が走る音がする。本殿の屋根の上、目の前の山々に向かって矢を放つ。


本来ならば気持ち良い筈の神事だ。的も無く、ただ気持ちのままに矢を飛ばす。開放感に溢れ、笑顔となれる筈だった。

しかし、実際は冷や汗の連続だった。

俺の隣に立っている人物からは神気が立ち昇り、放たれる矢がただの矢ではなく、文字通り破邪の矢となり、矢が空気を切り裂き飛ぶ時、青色の神気を纏い邪を祓っていくのだ。まるで彗星の様に尾を引き遠くまで飛んでいく。


歓声が上がり拍手が沸き起こる。一体この中のどれだけの人がこの少年のやっている事を理解出来ているのだろうか…。


この後、俺はこの少年と神楽を奉納しなければならないのかと思うと、気が重く足から崩れ落ちそうになってしまう……。


まぁ…、年上の意地とプライドで何とかしてみせますけど……。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「いやぁ~!気持ち良かったですね!!」

俺は浮かれていた。的のない弓を射るのがこんなにも楽しいとは!!ましてや三方を見渡せる開放感の中で射るのだ。もう…!言葉では言い表せない程の爽快感だった!

叔父さんに感謝だ!!


 この出羽三山は修験者の聖地とされていて、山々に神が宿り修行の地とされているのだと先生から教えられた。

俺は何となく肌でそれを感じていた。尾黒神社に着き車から降り立った瞬間、ピリッと肌に電気が流れたように感じたのだ。それは厳かな神々の神気なのか、修行の場となる霊山の空気ゆえなのか。


この場にいると、生への感謝、死という物の受け入れ方、人の矮小さ、神々の偉大さ、全てを感じる事が出来た。

ここに来てやっと俺はあの子猫の死をきちんと受け入れる事が出来たと思う。仕方のない事であり、生あるものの行く末なのだと。


そういう意味でも叔父さんに感謝だ。



楽しかった俺とは対象的に、白石氏にはややキレ顔で「良かったね!」と言われた……。


何故だ…?白石氏も気持ち良さそうだったのに…?

緊張してたのか…?いや、そんな感じではないだろう。 


白石氏の射姿は美しかった。無駄がなく迷いのない弓だった。


そんな白石氏と神楽を奉納出来るのが楽しみで、

「楽しみですね!」

と言ったら、再びキレ顔で

「そうですね!」

と言われた…。


…解せぬ……。




 理不尽にキレられた俺だったが、”まぁ、人間そんな時もあるしな“と気にせず、次の神楽に集中する事にした。今回の神楽は境内の一角で舞う予定になっている為、昨夜の雪で滑る所は無いか、足が取られる所は無いか、自分の目で確かめておこうと境内へと向かう。あんなにキレていた白石氏も気になるのか一緒に向かう。


境内へ出ると朝よりも人の姿が多く見られた。朝方おばあちゃん達が言っていた孫やらひ孫やらが来たのだろう。保存会と書かれたテントの中では温かい食べ物や飲み物が売られどこかほのぼのとした空気が漂っていた。地元民だけでなく、先生の様に他県から来た人もいるようだ。中には大きな本格的なカメラを持った人もいて知る人ぞ知る祭事なのだな、と知った。

俺と白石氏とで検分していると、俺達に気が付いたおばあちゃん達が声をかけてくれた。

「あんや、お兄ちゃん達、朝方お弓やってくれた人達でないか?」 

「あんや、ホントだ。ほんにべっぴんさんだこと。」

「あんや、本当に。」

「あんや、こんたら所までわざわざ来てくれてありがとうねぇ。」

おばあちゃん達に囲まれるも、人見知りの俺と違って、白石氏は、

「おばあちゃん達見てくれたの?」

「この後俺達神楽舞奉納するから是非見てって。」

おばあちゃん達に囲まれてにこやかに対応していた。俺はというと…、目立たないように先生とリーダーの陰に隠れてコソコソしていた。

コソコソとしていた俺に気づいた白石氏はニヤリと笑ったかと思うと、おばあちゃん達に、

「こっちがもう一人のべっぴんさんだよ。この子も神楽舞するからよろしくね。」

と俺を紹介やがった。


この腹黒ノンデリ男が…!


おばあちゃん達と話しているのを見て、若い人や子供達も来てわいわいと交流する…白石氏を置いて俺は逃げた。


…もう無理!!俺は頑張った!


控室へと帰る途中、榊木宮司にお会いした。

「あぁ、奏多君、お疲れ様でした。朝のお弓神事、すごく良かったよ。奏多君も気持ち良かったでしょう?」

「はい。素晴らしい経験をさせて頂きましてありがとうございます。」

心からお礼をいうと、榊木宮司がニコニコと、

「実は24年前、あれをやったのは私と君の叔父さんの神木氏だったんだよ。あの時の神木氏も凄かったけど、今日の奏多君も凄かったよ。流石神木氏の秘蔵っ子だ。」


……何…?秘蔵っ子……?俺が……?叔父さんの?


「ちなみに白石君は橘氏の秘蔵っ子だよ。彼も凄かったねぇ。君達2人の射ち合いは見応えあったよ。神楽も楽しみにしてるからね。」


俺…叔父さんの秘蔵っ子なんだって……。なんか…そわそわしてしまう……。嬉しそうな俺を見て、先生がニコニコしている。


本当この先生良い人だな…。


俺は叔父さんに恥をかかせないよう、神楽舞へとさらに集中しようと誓った。




 お神楽の衣装は豪華絢爛だ。今回は双竜の舞を奉納するので、衣装には金銀朱色の糸で竜の刺繍が施されている。2人お揃いの衣装を着て、同じ面を付けての舞だ。

控室となっている一室ではピリピリとした空気が漂い誰も口を開かない。

俺も白石氏も集中しているのだ。


コンコンコン、とノックされ襖が開く。

「お願い致します。」


矮小な人間の身ではありますが、精一杯舞わせて頂きます。

…では、参りましょう……。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 俺は大きなカメラを落とさない様にと細心の注意を払っていた。


ここまで来るのは大変だった。


尾黒神社の十二年に一度の祭事。有名ではないが俺達のような一部界隈では噂の祭りだ。

見た人は皆声を揃えて”神秘的で日本古来の祭事だ“と絶賛する。


俺は日本的な事をSNSにあげているインフルエンサーだ。神社仏閣、祭りに神事、日本の景色や日本独自の風習等を数多く上げている。それは日本人だけではなく海外の人からも人気だ。

今回を逃せばまた十二年後、次が撮れるか分からないので何としても今回撮りたかったのだが、昨夜の吹雪で祭りの開催が危ぶまれたり(何故か泊まっていた民宿のおばあちゃんは大丈夫だと楽観視していた)、神社までの道が通れなくなったり(別ルートを探していたら民宿のおばちゃんの車に一緒に乗せてもらった)色々あったが、無事早朝からの神事に間に合ったのだ。


お弓神事は比較的若い神職2人がやるようだ。

昨日の吹雪が嘘のように止み、晴天で雲一つない青空が広がっていた。この季節にしては暖かく、何となく人知を超えた存在を感じた。


神事を若い神職がやるというので正直期待していなかった。アングル等を工夫して神秘的に、映えるようにしようと準備を始めた。そんな俺の浅はかさを笑う様に現れたのは圧倒的な存在感を放つ2人だった。

正直、俺には詳しい事は分からないが、そこにいるだけで気圧されるような、2人から放たれる威圧のような、普通の人とは違う存在感があった。

俺は夢中でシャッターを切った。少しでもこの空気が伝わるように。



お弓神事が終わった後、観客の熱に浮かされたような雰囲気が暫く続いたが、宮司の祝詞で場の空気が締まった。

暫くするとお弓神事をやった子達が境内へ出て来た。こう見るとちょっとイケメンの普通の子達に見える。あの時の圧倒的な存在感が今は感じられない。ざっくり言うと今は少し軽薄なイケメンだ。イケメンは周りをおばあちゃん達に囲まれ笑顔を振りまいていた。


イケメンすげぇ…。


神楽が始まる時間になるとあのおばあちゃん達は前列へと席を取り始めだ。


何故だ…。何故かおばあちゃん達が乙女に見えてきた……。


「生き返るねぇ。」や「長生きするもんだねぇ」等が聞こえてくる。やっぱりイケメンすげぇな……。


俺はというと、実はあの後宮司さんから「撮った映像をもらえるならば特別席をご用意しますよ。」と言う破格の声をかけて頂いて、特等席でカメラを構えている。念の為映像にも残す為何台かセッティングさせてもらっている。

さぁ、どこからでもかかってこい!



ド派手な衣装を身に纏った2人が出てくると、おばあちゃん達の乙女度が上がった。

何故だ…。アイドルのコンサート会場に見えてきたぞ……。

おばあちゃん達、おばちゃん達、若い子達、子供達まで声援を送っている。おじいちゃん達は既に酒が進み顔を赤くしている。



神楽の音楽が鳴り響く。太鼓が鳴らされ笛の音が響きわたる。

2人が揃って舞始めると再び空気が一変した。

圧倒的な存在感でもって、2人から目が離せない。

2人は二体の竜になり追いかけ、絡まり、遊んでいる。楽しく遊んでいる様が分かり、見ている方も楽しくなってくる。気が付くと、酒を飲み顔を赤くしたおじちゃん、おじいちゃん達が音楽に合わせて踊り出し、子供達も見様見真似で踊り出していた。

おばあちゃん達やおばちゃん達は手拍子を始め、辺り一帯が愉しげな雰囲気となる。


噂で聞いたような日本古来の厳粛な祭事とは思えない陽気さで皆が笑顔になっていた。




ふと、影が出来た。雲一つない晴天の筈だったが山の天気は変わりやすい。この祭りをいつまでも楽しみたかったのだがそろそろお開きになるのか…?と思い、頭上を見上げると……、大きな竜が2体、雅楽の音楽に合わせ絡まり、解け、再び絡まる。

子供達が頭上の竜に気付き歓声が上がる。おじいちゃん達おばあちゃん達は呆気にとられ一瞬固まるが、再び雅楽の音楽に合わせて手拍子をし、踊り出す。

俺は固まってはいられないとカメラを上に向け、映像と写真に残るように願いながら撮影する。

頭上の竜だけでなく、神楽舞をしている2人、子供達の笑顔、おじいちゃん、おじちゃん達楽しそうな踊り、おばあちゃん、おばちゃん達の愛ある手拍子、全てが映り、記録されてますように…。


二頭の竜はひと時を楽しんだ後、山々へと消えて行った。




竜がいなくなると俺は立っていられずへなへなと地べたへと座り立ち上がれない。尻から伝わる冷たさが夢ではないと教えてくれる。


す…すげぇ……。物凄い体験をしてしまった……。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「白石さん!見ましたか?」

控室へと帰るとすぐに俺は白石氏に確認する。

「あぁ!!見た!夢じゃないよな?!」

「ゆ…夢じゃないです!俺も見ました!竜が!竜が俺達の頭上に!!」

「いたな!!確かにいた!!すげぇ体験しちまった!!」

そこへ先生達が控室へと入って来て興奮気味に、

「凄い物を見させて頂きました。お二人には感謝の言葉もありません!」

「お、俺も…、すげぇ感動した…。」


おぉぅ…、リーダーが素直だ…。

でも分かる。それ程の衝撃だったもんなぁ…。






 俺は明日学校があるのであればもう帰らねばならない。興奮冷めやらぬ中、帰るのは後ろ髪引かれるが仕方がない。

榊木宮司にご挨拶して、白石氏と先生にお礼を言い、リーダーには……。何かあった時にと連絡先を渡した……。……仕方がない……。リーダーに親近感を持ってしまったのだから……。仕方ない…。


榊木宮司には今回の祭事を広報や神社のホームページに載せるかもと言われたが了承しておいた。今回の映像を後で送ってくれる約束をしてお暇した。



遠いし寒いし滑るし痛いし怖いし眠れないし、大変だったけど貴重な経験が出来て本当に来て良かったと叔父さんに感謝した。





 大満足で帰った俺だったがこの数ヶ月後、祭事に来ていた人がインスタにあげた映像がバズる事になる事を俺はまだ知らない。





お読み下さりありがとうございます。

来週月曜日に投稿しますのでよろしくお願いします。

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