舞え舞え。童達よ。 2
リーダー、もとい大石譲さんは白石氏の付き人として尾黒神社へ来たそうだ。
……何故………?
リーダーは驚いた後、悲しそうな顔をした先生にあたふたと動揺し、白石氏はそれを面白そうに見ていた。
この人、腹黒そうだな……。
白石氏への俺の第一印象が決まった瞬間だった。
話を纏めるとリーダーは現在、大学を休学してボランティアをしているそうだ。白石氏へは呉神社の橘氏からの紹介だそうだ。
「いやぁ、よく分からないけど性根を正したい子がいるから、年も近いし面倒見てやってくれないかって言われてね。俺、橘宮司に頭上がらないから引き受けたんだよ。そしたら、まぁ、なかなかひん曲がった子でね…。難儀してるよ、ははは!」
本人を目の前になかなか辛辣だった…。
本人は顔を引きつらせながらも黙って聞いている。
へぇ…、うるせぇもふざけんなも言わないなんて、リーダーに一体何があったんだろう……?
「白石さん、この子は頭も良く真面目な良い子ですので、どうかよろしくお願いします。」
先生が頭を下げるのを、白石氏はケラケラ笑いながら、
「あははは!先生、あなた良い人だけど人を見る目ないなぁ!こいつは真面目でも良い子でもないですよ!だから俺の所に来たんだもん。こいつが先生の言う真面目で良い子になれるかはこいつ次第。今の所まだまだだけどね!」
「えぇ、それでも良いです。私から見た大石君は真面目な子ですから。大石君、君が休学してまでやろうとしている事を尊重します。私は大学で君の復学を待っているよ。だから頑張るんだよ。」
リーダーは先生の言葉に頷きならが目を潤ませた。
なんかリーダーって先生には素直なんだよなぁ…。
何となく場が和んだことで明日の段取りを確認する。明日は早朝から神社の境内でお弓神事をする。
お弓神事とは四方に弓を射る事で場を清めたり厄を祓ったりする目的で行われる神事の事だ。
その後、榊木宮司による祝詞の奏上、俺と白石氏による2人での神楽舞。双竜の舞を献上する予定だ。双竜の舞とは二対の竜が戯れる愉しげな舞で俺は密かに楽しみにしている。舞が終われば俺の役目は終わるので帰る予定だ。
俺は矢はつがえずに弦を張った弓を持ちお弓神事が行われる場所へと案内してもらう。雰囲気を見ておきたいからだ。境内へ出ると、キンと冷たい空気に身が引き締まる。雪道を歩き案内された場所は神社本殿の真正面。後ろを振り向くと出羽三山を筆頭に白く化粧された山々が続く圧巻の光景だった。三方を山に囲まれ、後方には荘厳な本殿。あまりにも圧倒的な景色に声にならず身の内が震える。
”あぁ…、なんて世界は美しいのか……。“
身の内に凝り固まっていた色々な感情が流れ出していくようだった。子猫を喪った悲しみも、心の奥底へしまい込んだ怒りや恐れ、喪失感すら包み込まれ、そんな感情を持った自分すら受け入れられた。そんな不思議な感覚になり、知らず涙が流れていた。
”いつの間にか何かを美しいと思う事を忘れていたな……。“
叔父さんの言った通りだ。
”断るなんて勿体ない。“
こんな気持ちになれるなんてここに来るまでは思ってもみなかった。
後ろで先生が、
「本当にここは素晴らしい。今は冬だから白一色の圧巻の光景だけど、春には優しい新緑が、夏には力強い命の息吹が感じられる躍動が、秋にはまるで山が燃えているような紅葉に山々が染められる。いつ来ても自分の矮小さを自覚して、新たな自分に生まれ変われる様な気分になれるんだ。もちろん、1日の内でも朝、昼、夕方、夜で違う景色になるし、天気によっても匂いまで変わってくる。ここはいつ来ても何時間いても飽きることがない、不思議な所だよ。」
俺は徐ろに弓を担ぎ弦をぎりぎりまで引く。矢の無い弦を離すと、”ポンッ“と澄み切った空気にまろい音が周囲に響いた。空気が震え、振動が何処までも続くようだった。
ここはまさに霊山と呼ぶに相応しい所だった。
次に白石氏と神楽を奉納する時にお互いの呼吸や癖を合わせる為何度か簡単に舞ってみる。白石氏とは相性が良いのだろう。驚くほど違和感なく合わせる事が出来た。白石氏もびっくりしたようで、
「いやぁ~…、奏多君、君凄いねぇ…。俺と会わせられる人あまりいないんだけど、君とは相性が良いんだろうねぇ。遠慮なく踊れそうだ。」
「俺も驚いてます。明日が楽しみになってきました。明日はよろしくお願いします。」
ちなみに俺と白石氏が打ち合わせをしている間、先生とリーダーは神事のお手伝いをしていた。先生は流石、民俗学大好き先生。嬉々として動いていた。リーダーもその先生の手伝いをしていた。
「奏多君って大石君とは知り合いだよね?」
「いや…知り合いっていうか…?ちょっと顔を合わせた事がある程度というか…?」
あれを知り合いとは思われたくないっていうか…。
俺が躊躇っていると、
「あはは!正直な子だねぇ!でも分かるよ!あれと知り合いとは思われたくないよねぇ…!」
なんて正直な男だ…。
「大石君には誰かの加護があるみたいでね…。加護と呼ぶには厳しいんだけど…。」
「加護ですか?」
誰だろう…。あの時は感じなかったけどなぁ…?
「うん。大石君が人としてどうかな…って事をすると発動するみたいなんだ。常に見られてる…?加護の様な加護ではないような…?」
「例えば何が発動するんですか?」
「口にする物が全て塩辛くなるらしい。」
グハッとむせてしまう。ケホケホと咳込んでいると
「あれ?何か知ってる感じ?」
「た…多分……。」
「教えて。あの子教えてくれないんだよね…。」
俺は暫し悩むが、
「本人の了承なしに話すのは…ちょっと… 。白石さんにも言ってないって事は知られたくない事でしょうから……。」
白石氏はキョトンとした顔をしてから、
「はぁ〜、奏多君は良い子なんだな…。」
しみじみ言われた。
そう…?普通だと思うけど……。
「なら、大石君に聞いても良いか聞いてみるよ。了解貰ったら教えて。」
「本人が良いなら…。」
「助かった。何かあった時に知らないと対処出来ないからさ…。」
あぁ…、そういう事か…。
俺が納得する前に白石氏は何処かへと行ってしまった。多分、良い人なんだろうな。しみじみとしていると、凄い勢いで白石氏が戻って来た。
片手にリーダーを捕まえて…。その後ろからオロオロと先生も付いてきた。
「さぁ奏多君、教えてもらおうか!」
良い人なんだけど、きっとデリカシーが無いのかも知れないな…。
観念したリーダーが話し始めた。
例の案件が片付いた後の事を。
あの時は圧倒されて反省したが、普段の生活に戻ると、今まで仲間だと思ってた人達が離れていき、親からも大学からも厳重注意されて周りから人が居なくなった事。ある日俺の事を悪く言った途端、食べてた物が塩辛くなり、あの事件での関係者であった呉神社に助けを求めると暫く神社で無償奉仕を言われ、実際にやったら味が元に戻った事。しかしその後もそれが繰り返され橘宮司から白石氏を紹介された事。キチンと治すために大学を休学した事。
先生が顔を青くして、
「奏多君、何があったのでしょうか…?」
と聞いてくるが、もう分かりきった事だろう。
「大石君、君が物を塩辛く感じる時はいつも何かを、誰かを悪く言った時じゃないか?」
本人も分かっていたのだろう。下を向いて小さくと頷いた。
「なんだ…。なら簡単だ。人を悪く言わなければよい。それだけだよ。」
リーダーはピクリと反応するが白石氏は続ける。
「全く、馬鹿らしい。もっと深刻な何かを心配したじゃないか…。大体君のひん曲がった性根ならそうなっても仕方ないけどね!」
おおぅ…、流石デレカシー無し男だ…。すると、
「あんたに何が分かる!お前も人の事馬鹿にしやがって!」
リーダーがいきり立つと、リーダーの後ろにぼんやりあの子が見えた。呆れた様な怒った様な顔でリーダーを見下ろしていた。
「ははぁ〜…、分かったぞ。これが原因か…。大石君、君を真人間にしたいと思う何者かが、君が負の感情を持つ度に知らせを送るんだろう。塩辛く感じるっていう方法でね。今、何か食べてみて!絶対塩辛く感じるはずだから!」
白石氏は興味津々でリーダーにお菓子を差し出し無理やり食べさせる。一口食べて顔を顰めるリーダーに白石氏はやっぱり!と嬉しそうに手を叩いて笑っていた。
リーダーもなかなかだけど、白石氏もなかなかに癖のある人物だぞ……。
「あの…、大石君どうなるのでしょうか?」
「真っ当な人間になれば良いんですよ。
人を悪く言わない。
人として恥ずかしい行動をしない。
ただそれだけですよ。」
「それが出来たら苦労はしねぇんだよ!何が真っ当な人間だ!無償奉仕しても駄目じゃねえか!ふざけんな!」
また後ろに女の子が浮かび上がる。
「…なるほど……。」
白石氏はリーダーの後ろを見て頷く。
あれ…?この人見えてる…?
白石氏は俺を見てニコリと笑って、
「奏多君にもあれが視えてるでしょう?」
ヒヤリと冷たい何かで撫でつけられた気がした。
俺は子供の時、散々嘘つき呼ばわりされた。もしくは化け物呼ばわりだ。嫌な思い出が頭を巡る。
この人も見えるのか…?言ったらここにいる先生にも化け物呼ばわりされるのか……?
白石氏はあっけらかんと、
「俺、視えるんですよ。子供の時から。
大石君、君が何かマイナスの事を口にする度、君の後ろに女の子が現れるんだよ。呆れた様に怒った様に君を見ているよ。」
ハッとしてリーダーは後ろを振り向くが見えていない。
「ねっ!奏多君!」
この人は俺の事を逃がしてくれないようだ。こんなセンシティブな話題を人前でするなんて、なんてデリカシーの無い男だ……。俺は愕然とする。
「ね!君にも見えてるんでしょう?!」
…この…!デリカシー無し男が!!
ちょっとキレ気味の俺が頷くと、
「奏多君、あの子の事知ってるでしょう?」
「……あの子以前俺がリーダーと関わった時にリーダーに怒りを向けていた子です。」
リーダーはハッとして、
「あれはもう解決したんだろ?!なんで今更!」
「俺は言いましたよね?心からの反省を、と…。心の奥底に反発や陰りがあれば許されないとも…。」
「そんな…!なら俺はこれからもこうして呪われて生きていくのか?!」
「違うよ、大石君。後ろの子は呪っていない。むしろ君を見守る存在になってるよ。君を真っ当な人間にする為に君に憑いてると言うべきか…。」
「そうですね。あの子の怒りは解けています。むしろ今は親ごころって言ったところですかね…?」
「あはははっ!奏多君面白い事言ったね!大石君、君…、あんな子供に親ごころ持たれてるんだよ!全く最高じゃないか!」
リーダーはわなわなと体を震わせて、
「何か最高だっ!!こっちがこんなに辛い思いをしているのに笑ってるなんて頭おかしいんじゃねえの?!」
「でも大石君、君視えてないからそう言えるんだよ!その子は小学生位の子だよ。その子が君を子供のように見守っているんだよ!想像してご覧よ!」
「うるせぇ!ふざけんな!」
リーダーの言葉に俺は初めて同感した。
「ふざけてなんかいないよ。ねぇ?」
こちらを向くのは止めて欲しい。俺に同意を求めないでもらいたい…。すると先生が、
「落ち着きなさい、大石君。君が辛い状況にいるのはよく分かったよ。1人で抱え込んで辛かったね。民俗学の先生なんて物をやっているのにこんな時役に立たなくて済まなかったね。」
素直な先生に毒気を抜かれたのか、白石氏がポカンとする。
なんでリーダーが先生に懐くのか分かった気がする。先生には毒がないんだ。現にリーダーも白石氏も毒気を抜かれている。
こういうのを度量の大きい人間と言うのかも知れない。
「でも原因が分かったなら改善も出来るだろう?君に憑いてる子は君にとって守り神となるかも知れないよ?だってその子がいるから君は注意出来る。その子がいなかったら人として堕ちる所まで堕ちたかも知れない。日頃の自分から抜け出すのは大変だけど、今、これは君に与えられたチャンスなんだよ。これを乗り越えて一回り大きくなって大学へ帰っておいで。」
白石氏が我に返って、
「いやいや、先生、人ってそんなに簡単には変われないんですよ。大石君だって何年もかかるかも知れない。何年かかっても変われないかも知れないですよ?」
「いえ。大石君は大丈夫です。この子は真面目で頭の良い子ですから。」
先生、すげぇ…。こんなに信頼されたら出来ないなんて言えない…。リーダーをちらりと見ると嬉しい様な絶望の様な複雑な顔をしていた。
「さぁ!そうと分かったら今まで以上に頑張りましょう!君に憑いてる子はもう怒っていないんです。君が心配だから一緒にいるだけです。その子に認めてもらえるように誠心誠意頑張りましょう!」
ポカンとする俺と白石氏を置いて、先生はポカンとしたリーダーを引きずり神事のお手伝いへと意気揚々と向かった。
「なんか凄い人だね。あんな人が側に居てくれたのが大石君の最後の希望だね。」
「えぇ…、凄い人です…。」
「さて…、奏多君、さっきの続きだよ。奏多君も視える人でしょう。」
「……えぇ…。」
おれは初めて俺以外の視える人と会った。
「やっぱりね!君の見ている位置がほんの少しズレているからあれ?って思ったんだ。俺もよく言われてたからね!」
「あまり視える事は大っぴらにしてないので白石さんもどうか内密でお願いします。」
「あぁ…、嫌な思いしてきたの…?」
「………。」
「そっかぁ…。俺は実家が神社だったから周りもまぁ…、って感じで受け入れてくれたけど周りの理解がないとちょっとキツイよね…。」
「……そうですね…。」
「分かったよ!内密にね!内密!あはは!内密!出来るかなぁ…!俺…、苦手なんだよね、そういうの!!」
ですよね…、デリカシーないですもんね……。
俺は今、恐怖に慄いている。
夜になり、辺り一帯が猛吹雪となっているのだ。風が強く、由緒ある神社がガタガタと揺れている。大雪警報が出ているようで歴史ある神社が雪の重みでミシミシと音を点てている。何処からか隙間風が入り込み暖房器具があっても部屋が温まらない。
榊木宮司曰く、祭事の前の日は今までも荒れた天気になっていたのだとか。しかし不思議な物で翌日になると晴天となるから心配しなくて良いよ、と…。
違うのです…。俺が心配なのは明日の天気ではなく、今日、今現在この歴史ある由緒正しい神社が潰れないかなのです……。
しかし、榊木宮司は自慢気に、
「いやぁ~、幸先良いねぇ。祭事の前日の荒れた天気は御柱様による露払いと言われて縁起が良いと言われてるんだよ。」
先生はほのぼのと、
「わぁ、そんなんですか!明日が楽しみですね。」
白石氏は退屈そうに、
「何もすることないからもう寝るしかないか〜。」
他の神官達も、
「明日は朝から雪かきですね。」
等と、のほほんとしている…。
リーダーだけは、ガクブルしている。俺と目が合うと2秒…、お互い頷いた。
リーダーと分かち合える日が来るとは思いもしなかった…。
お読み下さりありがとうございます。明日も続きます。




