舞え舞え。童達よ。 1
制服の衣替えが終わると徐々に風が冷たくなり、街路樹の葉が落ち始め、コートが必要な季節となった。
未だ奏多は浮上出来ないでいる。
昼寝をしている猫を見た時、遊んでいる犬を見た時、ふっくらスズメが地上に降りてきた時、テレビで健気な子ザルが頑張ってるのを見た時、心が動く度、必ず思い出してしまうのだ。
あの可愛くて甘え上手な子猫の事を。
普段は普通を心掛けているのだ。友達とバカ話をして、ふざけ合って、神社のお手伝いもして、秋祭りの流鏑馬もキチンとこなした。
でも…、駄目なのだ…。心を揺らすと、ふと忍び寄るように寂しさが心に居座るのだ。
多分悠達は気付いている。そして、気を使ってくれているのが分かるのだがどうしても心に影が差すのだ…。
あれは奏多にとって初めての喪失だった。世界は美しく優しく温かい。それと同時に脆く寂しく残酷だと、分かってしまったのだ。
大切な物は居なくなるのに世界は何も変わらない。
奏多はこの世界が怖くなったのだ。
「奏多、ちょっと出張しないかい?」
「出張?どこにですか?分社ですか?」
「分社じゃないよ。私の古くからの知り合いの所だよ。山形でちょっと遠いけれど、とても素晴らしい所なんだよ。」
「何故僕が?」
「奏多にぴったりなお役目なんだ。そこの神社では十二年に一度お祭りがあってね。お祭りと言っても夏祭りのようなものではなくて、地域の方達と神社の関係者でやる様な小さいものなんだ。観光客が来るような物じゃない。」
そんな所に無関係の僕…?
「そこで二対で弓を射るんだよ。右大臣と左大臣みたいに。それがね、凄い気持ち良いよ。」
「? 叔父さんもやった事あるんですか?」
「あぁ。私が高校生の時に声をかけていただいたんだ。今回は弓を射る人が見つからなかったみたいでね。高齢化だったり、そもそも弓道をやっている若い子がいないみたいなんだ。」
そういう理由ならば……。
「僕で良いなら…。」
「あぁ!ありがとう!先方も喜ぶよ!ちょっと遠くでね、声をかけた人達に断られてたみたいでね。」
「山形ならそんなに遠くはないじゃないですか?」
「……あぁ…、ちょっとね、駅からも遠いんだ。山だから歩かないといけないしね……。」
……何を……?そんな事聞いてないんですけど…?
「…叔父さん…、黙ってましたね?今の今まで…。皆さんが断る様な所なんですね…?」
叔父さんが目を反らし、
「いや…、でもね…?困っていらしたし……。」
目をうろうろ彷徨わせた後、覚悟を決めた様に俺を見る。
「今の奏多に必要だと思う。本当に素晴らしい所なんだ。断られても仕方ないと思う気持ちと同じ位、断るなんて勿体ないと思う気持ちもあるんだよ。でも、本当に奏多が嫌ならばお断りするよ。」
叔父さんも心配してくれているのかもな……。
「分かりました。行きます。これも何かのご縁ですから行って参ります。ご心配お掛けして申し訳ありません。」
俺は頭を下げた。
こうして俺は来月、休みを利用して山形へと出張に行く事になった。
叔父さん曰く、”弓の練習はしっかりしておきなさい“との事なので俺は時間を見つけて市の弓道場に足を運んでいた。学校にも弓道部があるのだが俺は在籍してないので練習で使わせてもらう事は出来ないのだ。頼めば出来るかも知れないが、何せ人見知りなもので…。そんな事する位なら小さい頃から通ってる市営の弓道場に通った方が楽なのだ。
叔父さんが弓道の師範代を持っている為、俺も小さい頃から弓を習っている。
俺は舞と同じ位、弓道も好きだったりする。
舞は集中してくると、俺という存在がぼやける様な、もしくは全てが俺になっている様な、不思議な感覚がする。
弓は逆に、全てが無となり、この世に俺しかいないような感覚になる。
「あれ?三浦君?三浦奏多君だよね?」
静かな弓道場に声が響く。後ろを振り返ると同じクラスの女子生徒がいた。
「三浦君も弓道やってたの?あれ?でも弓道部ではないよね?」
市営の弓道場は小さい子から年配の方まで利用している為、年配の方からちらりと視線を向けられる。
(五月蝿くしてすみません…。)
ペコリと頭を下げ、クラスメイトを端のほうへ連れて行く。
「ごめんね、他の方の集中乱しちゃうからこっちで小さい声で話そうか?」
「あ…、ごめんなさい。」
「え〜と…、日野さんだよね?クラスメイトの。」
「そうだよ。わぁ…、三浦君と話すのは初めてだよね?」
「そうだね。日野さんは何でここに?」
「私弓道部なんだけど部活だと見てる時間の方が多くてあまり射れないから…。市営とかの弓道場も利用してみようと思って。三浦君は?弓道長いの?」
「あぁ。知り合いにやってる方がいたから教えてもらった。ここの弓道場は部活と違って幅広い年齢の方がやっているから見ているだけでも勉強になると思うよ。俺はもう帰るけど頑張って。」
「えっ!もう帰るの?初めての場所だから色々教えてもらいたかったのに…。」
この人見知りになんて苦行を……。ムリだ……。
ニコリと微笑んで、
「ごめんね、この後約束があるから。」
さっさと帰ったのだった。
あそこの市営弓道場は誰も話しかけてくる人がいなく、皆淡々と射っている人見知りには絶好の場所だったのに、あの子が頻繁に来るようなら場所を変えないといけないかもな……。やだなぁ…。
しょんぼりと帰ると、母親から、
「随分早いじゃない。何かあったの?」
「クラスメイトがいたから帰ってきた。」
「あんた、まだ人見知りしてるの?!もう半年以上たってるのに!」
半年やそこらで人見知りが治るならそれは人見知りではないんだよ……。
「だって……、おじいちゃん達の目もあったしさ…。あそこの弓道場静かじゃない。でもあの子部活の感覚で話しかけてくるから声が大きくて響くんだよ。おじいちゃん達の目が怖くて……。」
「注意してあげれば良いじゃない。」
「親しくもないのに…?」
人見知りなのに…?そんな事をしたら明日学校であいつに五月蝿いって言われただの言われて嫌な思いをするんだ…。
「俺は悪くない。断固としてそんな事はしない。」
母親は呆れた様に、”だからぼっちなのよ“とのたまった…。
………真理だった。
翌朝学校へ行くと日野さんから声をかけられた。
「三浦君、おはよう。今日もあそこ行くの?」
「どうだろう…。まだ決めてないな。日野さんは?部活の方に行くの?」
「う〜ん…、やっぱり部員が多いから順番が回って来ないじゃない?待ってる時間が多くて早く射ちたい!ってイライラしちゃうの。」
「見てるのも勉強だよ。人の射ち方を見るのも面白いと思うけど…。昨日あれからどうだった?勉強になった?」
「ううん…。やっぱり待ってる時間がもったいなくて…、長めにやってたら順番だぞっておじいちゃんに怒られたから帰って来ちゃった。三浦君、今度一緒に行かない?色々ルールとは教えて頂戴。」
…嫌だ……。俺は1人で淡々とやりたいのだ。あの静かな世界で、1人だけになった感覚に浸りたいのだ。親しくもない、何となく空気の読めなさそうな人と一緒にあそこには行きたくないのだ…。
俺が返事に困った事を察してか大貴が、
「あれ?香織ちゃん、奏多と仲良かったっけ?」
と、間に入ってくれた。男前大貴に任せれば良い様にやってくれるだろう。
「ううん。昨日行った市営弓道場で偶然会ったの。初めての場所だったから色々教えてもらいたかったんだけど三浦君帰っちゃったから、私ルールを知らなくて他の人に怒られちゃったの。だから改めてあそこのルール教えてほしくて。」
……なんか怒られたの俺が教えなかったから…みたいになってねぇ…?モヤモヤするなぁ……。
「あはははっ!香織ちゃん、奏多にそれを期待しちゃダメだよ!俺が分かるんなら俺が教えてあげたかったけどなぁ!」
ジェントル大貴め…!
「でもたまたま奏多がいただけで元々自分1人で何とかするつもりだったんでしょう?なら、奏多に教えてもらわなくても自分で何とか出来るよ!」
おおぅ…?ジェントル大貴…?断ってくれた?
「でも…、せっかく知り合いがいるんだからさ、楽しくやれたらいいなぁって……。」
「奏多と?あははは!ダメだよ、香織ちゃん。奏多は遊びに行ってる訳じゃないんだから。多分、そこに通ってる人達も遊びに行ってるんじゃないと思うよ。そんな感覚で行ったんじゃ怒られちゃうかもよ。」
日野さんはムッとした顔をして、
「私だって遊んでる訳じゃない…。」
「だろ?だからそんな所で人に甘えちゃダメだよ。遊ぶなら違う所で遊ぼうよ!今度カラオケ行かない?」
ジェントル大貴の話術は凄かった。そして…、俺が言わなきゃいけない事を大貴に言わせてしまった事を反省した…。
その後、市営弓道場ではたまに日野さんを見かける事はあっても距離を置いている。話しかけたそうな素振りはあるが目を合わせない様にしている為、話しかけられる事はないまま、平穏に射の練習をこなし、あっという間に日が過ぎていった。
「さっぶっ!!!」
俺は一言叫んだ後、呆然としてしまった。
何ここ…。何でこんなに寒いの…?何でこんなに雪が積もってるの…?
俺の人生で雪がこんなに積もっているのを見るのは初めてだ…。叔父さんが頻りに防寒防寒言ってた理由がわかった…。俺の都会の装備じゃ即死だ…。とてもじゃないが太刀打ち出来ない……。
このままここに居ても…、と思い、一歩雪道を踏み出すも、
「いってぇっ!!」
すぐに転んだ…。何これ…。俺、歩く事も出来ないの…?
「奏多君?」
誰かが俺の名前を呼んでいる。振り向くと、
「畑山先生?!」
「やっぱり奏多君でしたか。どうしてここに?!」
「ちょっと出張で…。先生は?」
「私はフィールドワークの一環ですかね…。しかし…、大丈夫ですか?」
先生は転んだ俺に手を差し出してくれた。
「ありがとうございます。俺、こんなに雪見るの初めてで…。凄い雪ですね……。」
「あぁ、冬の日本海側は豪雪地帯だよ。」
「はぁ…、俺、死ぬかも知れないと思いました。」
「あははは!確かに冬の山形に来るにはちょっと軽装だね。ブーツに滑り止めは付いてるかい?」
ブーツの底を見るとツルッとしてる。
「あぁ…、都会のお洒落ブーツは雪道では踏ん張れないから転んじゃうんだよね。上着も…、ここでは薄着の部類に入るかな?」
そうなのか…。俺的にはしっかり防寒してきたつもりだったんだけどな…。
「奏多君は何処まで行くの?」
「ここから電車を乗り継いで、尾黒神社って所です。」
行き先を話すと畑山氏はスッと真顔になり、
「……奏多君、死ぬよ…。」
………おぅ……。断言された……。
「先生、すみません。お手数お掛けして…。」
俺はしょんぼり、畑山氏に頭を下げる。
「いえいえ…、奏多君に死なれたら困りますからね。」
俺は今、畑山氏に付き合ってもらい、尾黒神社への道にも耐えられるようにと、冬装備を整えてもらっていた。俺のブーツもコートも服も靴下も、全てダメ出しを喰らった。
冬の東北、侮れねぇ…。
「こうして教えてあげた事がなかったんです…。」
俺の装備を色々選びながら、畑山氏は暗い顔をして小さい声で話し始める。
「私は元々民俗学が好きで、色々研究してたんです。休みの日には近場を、長期休みには足を伸ばして遠方に行って話を聞いたり調べたり。そんな事をしてる内に准教授に推薦してもらって…。毎日楽しかったんです。学生達に教えるのも楽しいし、研究も楽しい…。今考えると自分の事ばかりでした。」
先生は分厚い靴下をカートに入れて、分厚い長袖のシャツを吟味しながら、懺悔のように話し続ける。
「あの子達がフィールドワークに行くって聞いても”気をつけてね“位しか言わなかったんです。フィールドワークには何が必要でどう振る舞うべきかなんて教えてあげなかった。」
毛糸の帽子と分厚い手袋を選びカートへ入れる。
「だからあの子達がああいう振る舞いをしたのは私の所為なんです。自分の事ばかりでなく、あの子達と一緒に行って見本を見せるべきだったんです。」
温かそうなネックウォーマーを手に取り、それもカートへ。ついでにホッカイロもポイッと入れる。
「私は駄目な先生でした……。」
顔を伏せて小さい声で言った。
「リーダーと呼ばれていた子、あの子がね…、休学届を出したんです。私からしたら試験の点数は良かったし、ちょっと強引な所もあったけどリーダーシップがあった。優秀な子だと思っていたんだよ。」
あれが……?優秀…?
「でも今回の事で大学からも注意をもらって…。荒れた生活を送っていると思ったら休学するって…。私はあの子の将来を潰してしまったのかも知れない……。」
カートの中は選んでもらった物でいっぱいだった。
「なら、こうして先生に直接教えてもらった俺が教え子1号ですね。」
俺がカートを見せると、
「あぁ!すみません!選び過ぎてしまった!」
畑山氏は、ハッとした顔をしてカートの中の物を返そうとしたが、
「駄目です。これは買います。せっかく先生が選んで下さったのですから。俺は先生から学びました。冬の東北はこれ位の装備が必須だと。」
カートを俺の後ろに隠して、
「これから教えればいいんですよ。駄目だったな、と反省したら次は気を付ける。気を付けても駄目だったらまた反省して気を付ける。それを繰り返していけば良いんですよ。死ぬまで繰り返すんです。
先生は良い先生ですよ。あんなに生徒さん達に慕われていたじゃないですか。
それに…、教えた教えてない以前に人間性の問題ですよ。成人した男が反抗期の子供みたいに、口から出る言葉が”うるせぇ“か”ふざけんな“でしたからね。余程可愛がられて育ったんでしょうね。」
「いや…、そんな…。」
「成人しているんですよね?ならば自分のした事は自分が責任取るべきです。知らない、教えてもらってないで逃げるべきではないんです。失敗しない人生は順調に見えますけど、失敗は学びのチャンスです。彼は今休学した先でそれを学んでるかも知れませんよ?」
「………。」
「先生は待っていれば良いんじゃないですか?縁があればまた繋がります。縁が切れるならばそういう縁だったんです。」
「………。」
「だからこそ、今ある縁を大事にするんです。俺は先生との縁を大事にしたいと思いますよ。だからこれは俺が買って大事にします。」
ニカッと笑うと、先生もやっと微笑んでくれた。
「そう言えば先生はどちらに行く予定だったんですか?すみません。俺すっかり甘えてしまっていたけど、時間は大丈夫ですか?」
先生の時間をかなり取ってしまった事に気付いて謝ると、先生も尾黒神社に行く予定だった事が判明した。
「私達民俗学をやってる人間にとって尾黒神社は有名でね。私は前回の祭事を見たんだけど素晴らしかった。大いに感銘を受けてね!今回も見たいと思ってやって来たんだよ!」
先生の声が興奮した様に段々大きくなった。
「あぁっ!すみません!こうやって私は自分の好きな事になると周りに目がいかなくなってしまうんです…。」
「それが先生だから良いんじゃないですか?なら先生さえ良ければ一緒に尾黒神社に行きませんか?」
俺は先生に提案した。
先生はいきなり行っては失礼だからと断ったが俺が電話で先方へ聞いてみるとOKが出た為、一緒に行く事になった。
駅で乗り換え、尾黒神社の近郊の駅に着くと、駅には神社の方が迎えに来てくれていた。車に乗り込み2時間。どんどん山へ入っていく車から俺は恐ろしい思いで外を見ていた。
”すっげぇ雪……。“
いつの間にか車の窓から見える景色は雪一面となった。コンクリートのビルも電線も無い、木と雪だけの世界。どこか異世界に誘われるような不安と孤独感を抱き、車は目的地まで進んだ。
山の頂付近に神社はあった。祭事がある為今は綺麗に除雪されているが、一晩雪が振り積もれば簡単に埋もれてしまうのではないかと心配になる程雪深い。
恐ろしいと思う気持ちもある一方で、こんなにも美しい佇まいがあるのかと身震いする程の感動を覚えた。
「美しいですね。」
「ありがとうございます。山形は山岳信仰が盛んで、この尾黒山も昔は山伏達の信仰の拠り所だったんですよ。さあ、中へご案内致します。今回三浦さんの相棒となる方はもういらしてましたよ。」
俺と先生が作務所へ案内されると、尾黒神社の宮司の榊木さんが出迎えてくれた。
「遠い所ありがとうございます。雪の多さにびっくりしませんでしたか?明日はお弓神事と奉納舞をよろしくお願いします。三浦さんの相方となる白石さんを紹介しますね。」
「やぁ、始めまして。白石光司と申します。明日は相方としてよろしくね。」
白石さんは笑顔の爽やかな20代半ばのガタイの良いイケメンお兄さんだった。
ただ、その横にいる人物に驚いて俺も先生もポカンと口が開いてしまった…。
そこにいたのは休学中のリーダーだったから…。
お読み下さりありがとうございます。
明日も続きます。




