離婚届
憎まれ口を叩いていても、駄菓子屋の婆さんにはいつも世話になっていると、準は心の底では感謝していた。
妻がしたことと同じことをしても、婆さんは変わらずにいてくれたのだ。
準が妻を責めても、妻は豪遊しまくっていた。
必死に稼いだ金を、めちゃくちゃに使われて、色々なところにばら撒かれて、男に貢いで本当に馬鹿な女だと思った。
「狂ってる……俺がどんなに……」
「そういうところが嫌い。苦しんでたのは自分だけだったみたいな言い方して。あたしがどれだけ育児に追われてたか、あんた知ってる? ママ友と仲良くしなきゃいけないのも、どれだけ神経使うか知ってる? 近所付き合いだって、楽じゃない。しんどいのよ。ずっとつきっきりで子供の面倒見なきゃいけない。しんどい、疲れた。何か褒美でもなきゃ、やってらんない。家事だって、あんたはやってくれないじゃない。毎日毎日家にこもってばかりで、いい加減嫌になってくるのよ」
妻が不満を吐き出した。
やつれた顔をして、妻は準を責め立てる。
「……」
「自分に都合が悪かったら、そうやって、すぐ黙るし。もううんざり。金さえあれば、もうあんたなんかと一緒にいなくていい。金輪際、顔も見せなくていいから。さっさと離婚届にサインして。してくれないなら、裁判を起こす」
妻は頑なに離婚をしようと言ってきた。
準はまだやり直したい気持ちがあったのだが、妻がそう言うのなら仕方ないと思って、サインして判を押した。
それを机に置きっ放しにしていると、子供がビリビリに引き裂いてゴミ箱に捨てたのだと、後になってわかった。
「だって、ぱんぱとまんまいなくなるの、いやだから」
まだ四歳の、甘えん坊な一人息子が、そう言って二人の仲を取り持った。
「でもこれ、離婚届……こんなの、わかるの?」
「ぱんぱ、こおんなかおしてた」
しょんぼりした顔で、準の表情を再現した。
「あんた……まだあたしと」
「正史のためだ。不倫なんかしていたお前には、とっくに愛想が尽きている」
準は嘘を言って、妻に謝ろうとしなかった。
「あんた、変わらないね。この子が大きくなったら、やっぱりあんたとはやっていけそうにないよ」
「ああ……そうだな」
たった一言、すまないと言えばすむ話なのに、準は妻に頭を下げられなかった。
家庭を支える大黒柱として、父親として、息子に威厳のある姿を見せていたかった。
それが間違いなのだと、気づいていながら、対処しようとしなかった。




