子供には羽がある
家庭訪問でもないのに、児童とこんなに親しげにする先生はいない。
簡単にしてしまった口約束は、担任のボイスレコーダーに記録されていた。
それを知らずに、宮は楽しみにしている。
沓は頭が回らず、両親から教わった『約束は絶対に守ること』を果たすことにした。
他にも、『困った時は絶対に相談すること』や『知らない人についていかないこと』があったのだが、沓は宮がはしゃぎすぎて忘れてしまっていた。
今日何があったかと母親に聞かれたのに、沓はこのことを話せなかった。
「うるさいのに話しかけられた」
「うるさいクラスメイトに? それは災難だったわね。でも、これからは集団生活にも慣れないと。母さんたちと過ごす時間の方が、短くなっていくものよ。小学生の頃はね、私も……親のことは後回しで、友達とばっかり遊んでいたから。もっと手伝い、してあげれば良かったんだけど」
「おれは……母さんを」
母親はしゃがんで膝をつく。
勇気を振り絞って、何かを言おうとしている沓。
彼の頭を胸に抱き寄せる。
「ありがとう。母さんのことを思ってくれるのは嬉しい。でもね、今だからできることを、存分にやりなさい。青春は一度しかないのよ。学校生活、楽しまなきゃいけない。大学生までしか、面倒見られないんだから。いっぱい迷惑かけて、母さんたちを困らせて。楽しんできてちょうだい」
「そんなこと、できない」
「やらなきゃ後悔するわよ。もっと遊んでいれば良かったって。私は手伝いもしたかったけど、自由に遊ばせてもらえて良かったと思ってる。子供には羽があるから。自由に羽ばたく翼があるなら、飛んでみて欲しいのよ」
母親は目を閉じて、自身の願いを告げる。
「いつか親離れする時が来る。でも……それを見なきゃ始まらないから」
「……」
「あなたたちの青春を、私に見せてちょうだい」
「……でも」
「それが私の幸せ。母親となった私の、唯一の願い」
沓を包み込む温かさが、熱を帯びて更に温まる。
沓は流れに身を任せるように目を閉じて、頷いた。
優しい母親の願いならば、叶えたいと。
「ありがとう」
それから数週間ほど経ってから、担任への警戒心が解けて心を開いた時。
事件は起きた。
この間の何気ない約束を、担任は出してきた。
「先生の双子の姉に会いたいって言ってたよね。今日の帰りに、先生の家に寄っていかない? 帰りは、遅くならないように十七時までには帰れるようにするから」
「……でも、今日は……」




