矛屡が名前で呼ばれなかった理由
アキヤは背伸びをして、生欠伸をした。
強烈な眠気に襲われて、このまま寝てしまいそうだ。
「ふわあ……」
万年筆を置き、一仕事を終える。
「矛屡さんの人生は確かにまともではなかったですね。それ以上にまともじゃないのは、小痲さんの方です。あのような魅力的な方、捜しても見つかりっこないですよ。好きになって良かったのではないでしょうか。私は好きですね、小痲さんのこと。私は彼女に恋しているわけではないですが」
アキヤは苦い笑みを浮かべて、恋心を否定する。
「それにしても、小痲さんは矛屡さんのことを一切名前で呼ばなかったですね。矛屡さんも呼ばれたことはないと言っていました。何故なんでしょう?」
人差し指を唇の下に当てて、んーとアキヤは考え込む。
埒が明かないので、アキヤは神に聴くことにした。
その方が手っ取り早い。
「神はおわかりですか?」
神の御声を聴いて、アキヤはふんふんと頷く。
「なるほど……。彼女のことを一人の人間として認めていなかったと。有象無象の人間と同じだったと言いたいのですね。流石神です」
神を慕い、神を褒め称えると、神は大喜びした。
「すぐ聖職者になれると? そんな……私はまだまだ半人前ですよ。この世のミステリーを解いていかなければ。愛とミステリーは私の好物ですから。これからも食べていくつもりです。だから仮聖職者のままで、いさせてください」
アキヤはペロリと舌なめずりをして、椅子を引いた。
アキヤは胸に手を当てて、口上を言う。
「愛こそ必要悪で正義なのです。愛することは、人には必要なこと。それが悪であれ、正義であれ、愛は私の糧となりましょう。これからも、私に禁断の愛という甘い果実を……くださいね。美味しく食べて差し上げます」
天使であるとは到底思えない、禍々しい笑顔を等しき人間たちに捧げる。
アキヤの禁断の秘め事には、まだ触れない。




