生に執着していた自分とさよならする小痲
「いいえ。ここが潮時よ。あたしはようやく本当に一人になれる……」
「潮時?」
「そう、チャンス」
小痲は初めて笑顔を見せた。
もう二度と見られない、笑顔になった。
矛屡は小痲と別れて、講義を受けに行った。
講義の最中、矛屡はふと窓を見た。
「……」
誰かが物凄い速さで落ちていくのが見えた。
「……?」
矛屡は気になって、講義に集中できなかった。
なので、手を挙げて教授に言う。
「ちょっとお腹痛いので、早退させてください」
「はい、早退……△ね」
教授はパソコンで矛屡の出席をつけて、講義に戻った。
矛屡は教室を出て、ゆっくりと歩いてから走っていった。
胸騒ぎがする。
何か良からぬことが起きてしまったのではないかと、矛屡は無我夢中に走った。
「ハァハァ……確か……」
窓に映ったのは、反対側の校舎だった。
あの高さなら、屋上から落ちたに違いない。
下まで降りていって、落ちた人を確かめに行った。
野次馬根性ではない。
命があれば助けたい。
矛屡は善意で確かめに行ったのだ。
見るも無残な肉の塊を目の当たりにして、矛屡は込み上げてくる胃液に混じった食べ物を吐き出した。
初めて見た、人間の内臓や脳が飛び散る様を。
気持ちが悪くて、見ていられなかった。
確実にお陀仏だった。
「……ハァ、ハァ、ハァ……うぇ」
矛屡は何度もえづき、今日食べたものを全部吐瀉した。
それと一緒に苦しさで涙も溢れてくる。
悲しさで死にたくなってきた。
だって、この残骸は……
矛屡が好きな、亜那伎小痲だったから。
醜い死体となって、矛屡の心を締めつけた。
矛屡のおかげで変わったのだと小痲は言っていた。
それは恐らく、生に執着する自分とさよならすることができるようになったという意味だ。
死体となった小痲を好きでいられるほど、矛屡は異常ではない。
亜那伎小痲という人間は、最初から異常な人間だった。
誰にも理解できない人間。
だから誰にも愛されず、愛されたとしても自分を殺す人間。
愛情に関しての異常な執着。
死んでしまったら意味がないとは考えない人間だった。




