卑しい人間と素晴らしい人間
「あなたの方が要らない。贅の限りを尽くすあなたなんか……他者のことを踏み台としか思ってないんでしょう? 私のことだって、『可哀想な人間、私が手を伸ばしてやらなければいけない』としか思ってないんでしょう。私のこと、惨めな人間だって、思ってるんでしょう。そんな顔してる」
无子は人間そのものへの不信感を露わにした。
「この……言わせておけば……!」
社長は无子を殴り飛ばした。
それを見ていた社員が顔面蒼白になる。
「あなたこそ、傷害罪で逮捕される」
「そんなもの……! 君が私を侮辱したからだ! 裁判では絶対に私が勝つ! 金さえあれば、弁護士だって目撃者だって、私の味方をする! 君なんか、誰も雇えないだろう!」
「……社長が嫌いな人間なら……味方してくれるかも」
「そんな社員は雇っていない!」
社長は无子の腹を踏みつけた。
社員が目を覆う。
一部始終を見ていた社員たちは、无子の味方をした。
社長の味方は金に目が眩んだ下品な人間ばかり。
正義感を持つ者は、无子の味方になって、无子を勇気づけた。
「あの人。ちょっとでも貶されるとすぐ暴力に訴える人でさ。良かった、いなくなってくれて。新しい社長は浜さんみたいな人がいいな」
「ありがとう」
「裁判、証言するからね。頑張って」
无子に酷い物言いをする人間もたくさんいるが、无子の味方になってくれる人間もいる。
人間も捨てたものじゃないなと无子は少し大きくなった无斗を見て思った。
「无斗。お母さんって呼んで」
「お母さん」
「お母さんは暫くいなくなるけど、无斗はいい子にしていられる?」
「うん」
「じゃあ、ちょっと行ってくるね。いつになるかはわからないけど、戻ってくるから」
「……うん」
无斗の頭を撫でて、頬にキスをする。
十六歳になった无子は、无斗を保健所に預けて少年院に入ることになった。
无子が少年院を出る頃には、无斗は五歳になっていた。
无子が戻ってきても无斗は知らんぷりをするかのように思われたが、无子に抱きついた。
「お母さん、お帰り」
すっかり大きくなった无斗に、またお母さんと言われて无子は涙を流した。
「ただいま、无斗」
「大好き」
「私も大好きだよ」
久々に会えた我が子の无斗を抱き締め、生きていて良かったと痛感する。




