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クラブ・ジェムノット~エピソード1-少女は全員直感系の家を出る~  作者: (さ)くま
第1章 全員直感系の家を出る

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1-6 大人の世界、ジェムノット

翌日。

日中、私の下宿探しや大学までの経路の確認を、

叔父さんは付き合ってくれた。


道中はどこも人が多くて賑やかで、

影の揺らいでいる人もたくさんいたけれど、

遼叔父さんの周りにだけ、

静かな、穏やかな空気が佇んでいるように感じた。


お父さんやお母さんの周りも静かだけど、

私は威圧感を感じてしまう。


でも遼叔父さんの静けさは、なんていうか…

大自然の中にいるような感じ。

心がほぐされていくような感じがする。


姉弟でこんなに違うものなんだなあ。

私と妹弟もこんな感じなんだろうか。


私は叔父さんの少し後ろを歩きながら、

胸の奥がじんわりと温かいのを感じていた。


「イヴ、疲れたら言ってくれよ。

 もう直ぐ着くけど、

 ゆっくりで大丈夫。」


遼叔父さんのお店にもうすぐ着く。

背筋がピンとした気がする。

でも、この感覚は…“ワクワク”?


遼叔父さんの距離。

私に近すぎない。

でも遠すぎもしない。

その絶妙な距離感が、

私の影を静かに整えていく。



叔父さんの家からなら10分くらいだろうか、

黒い壁の建物が見えてきた。

大きな通りから1本入ってすぐくらい。

人通りの喧騒が驚くほど遠い。

小さな看板。


「……ここ?」


「そう。ジェムノットだよ」


クラブ・ジェムノット。

静けさの店。


派手じゃない外観。

空気がすっと変わる。


温度が少し低くて、

香りが淡くて、

影が細く伸びるような空間。


私は思わず息を吸った。


「……静か」


「静かだろう?

 でも、斎宮家の静けさとは違うはずだ」


叔父さんは、

私の影を一度だけ見た。


その視線は、

観察ではなく“確認”。


「イヴ。

 ここは、人が自分の本質をさらけ出す場所だ」


さらけ出す。

その言葉に、胸の奥がざわつく。


私は、

さらけ出すってことが、

多分よくわからない。


そういうものに気づかないように育てられたから。


でも──

ジェムノットの空気は、

“自然体でいいよ”と

静かに言っているように感じた。


「裏から入ろう。

 こっちへおいで、

 ナイショでブースの中を見られる」


叔父さんに案内されて、

裏口らしき出入口から薄暗い通路に入る。


暗めの照明は、

私の影も叔父さんの影も溶かして

いろんなものを曖昧にする。

寒くはないけど、空気は少しひんやりしている。


「今日は霧島のブースを見てみるといい」


霧島──

名前だけで空気が変わった気がした。



——



壁越しに見える(中の様子が全部見える。一体どうなってるの?)ブースの中に、

線は細いのに揺らぎを感じない男性が佇んでいる。


霧島奏人。


ジェムノットの従業員さんなんだろうな。


はっきり男性とわかるのに、なんて儚い美しさ。

年齢は20代…後半くらい?


そして――

どうして彼が痛みを湛えていると感じるんだろう、私。


私と少し似てる…?


でも──

どこか違う。


私の静けさは“役割”。

霧島さんの静けさは…なんだろう。


わからないその違いが、

私の胸の奥に、水滴を一滴垂らしたような小さな波紋をおこした。


ブースの中で霧島さんの足元に落ちている、お客さん?の影。

ついつい私は息を止めてしまった。


揺れている。

震えている。

でも、それだけじゃない。


影の輪郭が、

少しだけ“滲んで”いた。


何かが影の内側から溢れているように見える。


「……あれは?」


「イヴ。

 あれは“揺れすぎている影”だよ」


叔父さんの声が、

通路に静かに響く。


「霧島は、危うい。

 でも、美しい静けさを持っている」


危うい。

美しい。


私が霧島さんを“儚く美しい”って感じたのと同じ意味なのかな。


霧島さんの影は、

確かに美しかった。


揺れないのに、

どこか切なくて、

触れたら壊れてしまいそうで。


私は胸の奥がきゅっと縮むのを感じた。


霧島さんが静かに口を開く。


「誠さんっていうんですね。

 ……またお会いできて本当に嬉しいです」


ブースの中の小鳥のさえずりが、少し強くなる。


「誠さん、か…

 貴方らしい素敵なお名前ですね」


その一言で、

顧客の影がわずかに止まった。

止まったのに、

滲みは止まらない。


影の滲みってなんなのだろう。

滲んでいることはわかるのに、

どういう状態なのか私にはわからない。


「霧島さん、俺…」


お客さん──誠さんと呼ばれた人の声が届く。


弱い声。

擦れている。

でも、弱さの奥に“熱”がある。


霧島の影がその声に触れた瞬間──

ほんのわずかに揺れた。


揺れた。

霧島さんの静けさが……揺れた。


あんなに静かな、揺らがなさそうな人の影が、

お客さんの声に触れて揺れた。


そんなことがあるのだろうか。


「霧島さん、

 俺は…俺は、

 100%俺だけの責任で……

 離婚したんです…」


私は目を見開いた。

胸の奥が痛い。とてつもなく痛い。

痛みの意味がわからない。


でも──

その痛みが、

私の影をほんの少し揺らした。


「……イヴ」


誠さんの独白が始まったとき、

遼叔父さんが、静かに私に声をかけた。


叔父さんの声が、

空気を乱さないように低く響く。


「今日はここまでにしよう。

 彼らのやり取りをこれ以上見ていると……

 たぶん、君は疲れてしまう」


私はゆっくりと視線をブースから外した。

霧島さんの影は揺れていた。

お客さんの影も震えていた。


でも二人の影は触れないまま、

それでも確かに“向かい合って”いた。


視線を外すと、

通路の空気を少し暖かく感じた。

私は深く息を吸った。

胸の奥の痛みが、まだ残っている。


「さ、行こうか。

 こっちへおいで。」


遼叔父さんは歩調を合わせてくれた。

何も言わず、ただ隣を歩いてくれる。


店の外に出たとき、

風が少し吹いた。

私の影が、ほんのわずかに揺れた。


揺れた影を見て、私は思った。


──私は、揺れないはずなのに。


その揺れが、

ジェムノットでの私の最初の“変化”だった。


その変化が、

これからどこへ向かうのかわからない。


ただひとつだけ分かるのは──


霧島さんとお客さんの影が揺れたあの瞬間、

私の物語も静かに始まったということ。


霧島さんとお客さんの距離が、

私には、

少し怖くて――――――

少し、羨ましかったから。


お読みくださりありがとうございます!

第2章に続きます。

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