1-5 命令しない大人
遼叔父さんの家で過ごす最初の夜は、
京都の実家、斎宮家のような雰囲気もありつつ、
全く表現できないような“くすぐったさ”もあった。
静かだけど、
斎宮家の静けさとは少し違う。
斎宮家の静けさは、
“整った静けさ”だった。
うまくいえないけれど、
神様?が、いらっしゃる神域だからなのか、
人の温度は感じない、
“静謐”だった。
でも遼叔父さんの家の静けさは、
人の温度のする静けさだった。
思いやりに満ちている、っていうか。。。
叔父さんが静かに、無言で、
優しく頭を撫でてくれているような雰囲気。
その違いに、
私はすぐ気づいた。
夕食のあと、叔父さんは
何も言わずにお茶を淹れてくれた。
でも。
「イヴ、緑茶でよかったらどうだ?
他のが良ければ別で淹れるよ」
「……緑茶がいいです」
「じゃあ一緒に飲もう。
夜はまだ肌寒いけど、日中少し暑かっただろう?
さっぱりしたのが飲みたくて。
口に合うといいんだけど」
なんだか不思議な言い方だった。
遼叔父さんは、表情的に、
多分緑茶を一緒に飲みたいと思ってくれてる感じがした。
でも同じくらい、私の好みを聞きたそうな感じがした。
なんだろう、この感じ。
全然うまくわからないけど、胸の奥がすごく軽い。
叔父さんは、
私に選ばせるというより、
“選ぶ余地を残してくれてる”感じがする。
すごく心地いい。
お茶を飲みながら、
叔父さんはゆっくり話す。
「イヴ。
家を出るのは、怖くなかった?」
「……はい」
「そうか。
でも、出てみたいと思ったなら、
その気持ちは大事にするのがいいと思う。
おっさんの経験則。」
気持ちを大事にしていい──
その言葉を、私は初めて大人から言われた気がした。
斎宮家では、“気持ち”より“役割”が優先されてた。
学校では“手のかからない”、放っておいて“いい子”だった。
気持ちが揺れたら影が揺れる。
影が揺れたら呼吸が乱れる。
呼吸が乱れたら役割が果たせない。
そのせいか、
気持ちを大事にするという発想は、全然なかった。
でも叔父さんは、
揺れていいと言ってくれた気がした。
優しさが、胸の奥に静かに染み込んでいく。
「入学準備は少し急ぐこともあるかもしれないけど、
下宿を決めるの、
急いで決めなくて大丈夫だからな」
「……急いで決めなくていい?」
「ああ。
決めるのが怖いなら、
怖いままでいい。
ここに暮らすとか、途中で引っ越すとか、
心のままに進んでいい」
その言葉を聞いた瞬間、
胸の奥がじんわり熱くなった。
私は、
“決められない自分”を
好きになるべきか嫌いになるべきか
わからなかったから。
でも叔父さんは、
決められないことを責めず、
そして決めた結果も責めないのかもしれない。
そんな大人、
今まで出会ったことがなかった。
「すまない、俺はこの後店に出る。
戸締りはやっとくけど、怖くなったらすぐ連絡してくれ」
「はい」
「あと、
イヴとは明日ジェムノットを見に行こうかって言ったけど、
明日になって行きたくなくなったら、行かなくていいからな」
「……行きたいです」
「そうか!
じゃあ、行くつもりで」
命令しない。
押しつけない。
急かさない。
叔父さんは、
“距離が遠いまま優しい”。
すごくすごく、すごく、大人!って感じる。
その距離の取り方が、
私にはとても安心できた。
距離が近い人は怖い。
影が揺れすぎる人は苦手。
押しが強い人は息が苦しくなる。
でも叔父さんは、
ちゃんと私を配慮してくれてるのがわかる。
その静けさが、
私の影を整えていく。
その夜ーーー
布団に入ってからも、
叔父さんの言葉が胸の奥で静かに響いていた。
“ゆっくりでいい”
“そのままでいい”
“心のままに”
こんなふうに言ってくれる大人がいるなんて知らなかった。
私も遼叔父さんみたいな大人になりたいと思った。
生まれて初めて、“自分を知りたい”と思った。
叔父さんといるのが、心地いい。




