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クラブ・ジェムノット~エピソード1-少女は全員直感系の家を出る~  作者: (さ)くま
第1章 全員直感系の家を出る

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1-4 伏見の叔父さん

遼叔父さん──伏見遼。

お母さんの弟で、東京で暮らす人。


名前を聞くたびに、胸の奥が少しだけざわつく。

小さい頃に一度会ったきりで、どんな人だったかほとんど覚えていない。

でも、お母さんの言い方はいつもの“確信めいた感じ”だった。


「頼ったらきっとうまくいくから」


その言葉は、

“あなたは自分で考えなくても大丈夫”

という意味に聞こえて、少し悲しかった。

でも同時に、

“全部ひとりで選ばなくてもいいんだよ”

という救いにも聞こえた。


私は、

たぶんその救いのほうを強く感じていた。


だって、

自分で全部選ぶなんて、本当に、怖い。

選び方もわからないし、

選んだ結果がどうなるのか全然わからない。


だから──

「相談できる大人がいる」という事実は、

ものすごく心強かった。


東京へ向かう新幹線の中で、

私は窓に映る自分をじっと見つめた。


影は揺れていない。

でも、胸はドキドキと高揚していた。


「……遼叔父さん、変わってないのかな」


物心ついた頃に会ったのが最後だと思う。

記憶の中の遼叔父さんは少しやつれている気がする。

細マッチョ、ってだけだったのかもしれないけど。


お母さんの話では、共同経営の破綻を経験した後、

最近は“静けさの店”を作っているらしい。


静けさの店って、何?

静けさを売るの?

どうやって?誰が買うの?


考えれば考えるほどわからなくて、

わからないことが少し怖くて、

でもその“わからなさ”が、どこか楽しみでもあった。


私の今までの人生にはなかった

「わからない」。

わからないことに向かっていくのは、

たぶん人生で初めてのはず。


でもたぶん一人ぼっちじゃない。はず。


東京駅に着いた瞬間、空気が変わった。

京都の、人が多くても静かなあの感じはまるでない。

人の影が揺れている。

揺れすぎていて、少し息苦しい。


「……大丈夫、大丈夫」


自分に言い聞かせながら、

叔父さんの家へ向かう。


住所を確認して歩くと、

駅前のビルは減ってきて、戸建てが増えてきた。


ほんの少しだけど静けさが戻ってくる。

もうしばらく歩いた。


あっ、たぶんあの家だ。

私は古い木造の家の前で足を止めた。


玄関の前に立つと、

京都の家と同じ木の香りがした。


タイミングよく扉が開く。

…いけないいけない。”普通”はこういうこと起きない。たぶん。

でも、たぶん。


「もしかしてイヴかい?

 姉さん…よりは義兄さん似だな。

 迷わなかった?」


低くて、揺れが少なくて、

聞くだけで呼吸が整う声。

遼叔父さんの声だ。

そして記憶の中の叔父さんより、体格がいい。


私はほんの少しだけ安心した。

そして同時に、なぜだかわからないけど背筋がピンと伸びた。

シャキっとしないといけない、そんな風に感じたからだ。

緊張や怖さにも似ている気がする。


「さ、入って。

 大学の入学準備は済んだ?

 気の合いそうな友達は見つかりそう?」


「……全部はまだです。

 友人も分かりません」


「そうか。ゆっくりでいい」


ゆっくりでいい──

その言葉を、私は初めて大人から言われた気がした。


遼叔父さんが、私の「影」をチラッと見た気がする。

ドキッとしたけど、

その視線は観察というより“確認”に近い気がした。


「イヴは声もとても整っているなあ。

 ……今立ち上げている真っ最中だけど、

 明日にでも『ジェムノット』を少し見てみるか?」


ジェムノット──

その名前を聞いたのは、これが初めてだった。


「ジェムノット……?」


「俺の店だよ。人が、自分の本質をさらけ出す場所だ」


さらけ出す。

その言葉に、胸の奥がざわついた。


私は、さらけ出すことが苦手…というか、やったことがない。

求められたことも一度もない気がする。

やっぱり、揺れないように育てられていたからだろうか。


でも遼叔父さんは、

そんな店を作っていると言いながら、

“さらけ出さなくていいよ”という空気もまとっている。


「気が乗らないなら行かなくていいし…

 イヴはそのまま、自然体で自由にいてくれればいいよ。

 短時間でチラッと見るだけだ。

 どうだい?」


自然体で自由にいればいい──

それなら、行ってみたいかもしれない。


遼叔父さんとの短いやり取りに、

私は少し違和感を覚えていた。

何かがいつもと違う。なんだろう?

でも、いやな感じじゃない、むしろ、心地良いような…


何が違うんだろう。

ただ、少なくともその違和感は

私の気分を良くしてくれているから、いいのかな。


翌日、

私は叔父さんに連れられてジェムノットへ向かうことになる。

その場所が私の人生を変えるなんて、

当然知らないまま。


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