1-3 上京の決意 …そんな大げさじゃないけど
進路相談の紙を前にして胸の奥がきゅっと縮んだあの日から、
私は忙しくても一生けん命「自分のこと」を考えるようになった。
考えると言っても、
何か大きな決断をするわけじゃない。
相談できる相手もいないからなかなか考えもまとまらないし、
考えたことが「イイ感じ」なのか「よくない感じ」なのかも判断がつかなかったから。
そもそも私には、たぶん、「友達」がいない。
クラスメイト達はメイクや恋愛、配信者の話に大忙しで、
真剣そうな話をしているところは見たことがないし、
私の話はたぶんつまらなくて、
――すでに家のこととかもあって
学校で少し浮いてるのに――
さらに浮いちゃうに違いなかったから、話す勇気が持てなかった。
ただ、
“このまま考えずに役割だけ生きるのは、しんどい”
その気づきが、胸の奥にずっと残っていた。
家に帰ると、いつもの静けさがあった。
影が揺れない家。
呼吸が乱れない家。
役割が決まっている家。
その静けさは、安心でもあり、
息苦しさでもあった。
夕食の時、お母さんが言った。
「イヴ、進路希望、もう書けた?」
「……まだです」
「音大か神道系の学校でしょ?迷うことなんてないわよ」
迷うことなんてないわよ──
どうして、そう言い切れるの?
気づいた疑問が胸の奥に沈む。
考えないように育てられた。
気づかないように生活が組まれていた。
当然のように役割が決まっていた。
でも…私は。
気づく前には戻れない。
ただ――
“選ぶという行為そのものが怖い”というのが近かった。
選んだことがないから、選び方がわからない。
選んだ結果どうなるのかもわからない。
わからないことが怖い。
でも──
それでも、選びたいと思った。
「……東京の大学に行きたいです」
自分でも驚くくらい小さな声だった。
ふ、震えてなかったかな…
お母さんが箸を止める。
「東京?どうして?」
どうして、と聞かれても、
理由なんて絶対うまく言えない。
だって本当は東京じゃなくても家から出られたらいいんだもん!!
“家を出たいから”
“自分のことを考える時間がほしいから”
“役割じゃない生き方をしてみたいから”
ううっ。
言葉にするとなんだか大げさすぎるし、
なんだか言い訳っぽいし、
自分の気持ちじゃないように聞こえてしまう。
ああああああだめだ!
これ以上モヤモヤしたら
影が揺れてるとか乱れてるとか、
それ絶対ぜったいだめ!!
一番素直に!素直に!!
「……一度、家を出てみたいんです」
お母さんはしばらく黙っていた。
今まで知らなかった、沈黙って怖いときがあるんだね…。
影が揺れない我が家にとって、
沈黙はとっても仲良しなお隣さんっていう感じだけど
今のお母さんは、
“何かを決める前”っていう感じがする。
しばらくしてお母さんは、
静かに言った。
「イヴ。東京では遼叔父さんを頼りなさいね」
遼叔父さん──伏見遼。
お母さんの弟で、東京で暮らす人。
小さい頃に会ったきりで、
どんな人だったかほとんど覚えていない。
でも、お母さんの言い方はいつもの“確信めいた感じ”だった。
「頼ったらきっとうまくいくから」
その言葉は、
“あなたは自分で考えなくても大丈夫”
という意味にも聞こえた。
ちょっと悲しい。
でも同時に、その言葉にどこか救われる感じがした。
だって「自分で全部選ぶ」なんて…
私は今まで考えてこなかったことにモヤモヤしはじめたところだから
自分で決めたい!って言える方が格好いいのかもしれないけど…
それでも全然実感がわかない。
叔父さんが支えてくれるかもしれない流れに、ものすごく心強さしか感じない。
「……はい。
叔父さんに相談してみます」
そう答えた瞬間、
胸の奥の痛みが、ふっと軽くなった。
上京の決意──
そんな大げさなものじゃない。
“みんながやってるのは、どんなことなのかな?”
”私にもできるかな?”
そう思っただけだった。
でもその想いが、願いが、
私の人生を変え始めている!
すごい!!




