1-2 役を生きてきた
斎宮家で育つということは、
「自分で選ぶ」という行為をほとんど経験しないまま大きくなる、
ということだったんじゃないだろうか。
朝は神楽の練習。
昼は学校。
帰宅したら神事の手伝い。
週末は祭礼の準備。
その合間に合唱部の練習が入る。
忙しいというより、
“隙間がない”というほうが近い。
隙間がないと考える時間もない。
考えないと迷わない。
迷わなければ影は揺れない。
そういうのを“狙った”生活だったんじゃないだろうか。
お母さんはよく言ってた。
「イヴは役をこなすのが上手ね」
褒めてくれているんだと思っていた。
嬉しかった。
しんどいなって思う日も多かったけど頑張れた。
でも、
いつからかその言葉が
胸の奥に重く沈むようになった。
「役をこなすのが上手」
── それはつまり、
“自分の意思で何も選ばずに生きてる”っていうこと。
事実、私は、自分で選んだことがほとんどなかった。
合唱部に入ったのは、
保育園の時、先生に「歌が上手ね」って
ほめてもらったのがきっかけで、
高校でもそのまま続けているのは
中学の先輩に半ば強制的に入部を誘われたから。
神楽の舞を続けているのも、
確かに神楽は好きだけど
「斎宮家の子は舞えるべき、舞えるのが普通」
という空気があったからだ。
両親から弓道部を勧められた時も、
「合唱部とかけもちはさすがに無理です」と言っただけで、
“やりたいかどうか”なんて、一切考えなかった。
考えなかったことにも気づいてなかった。
やりたいかどうか──
そういう問いを自分に向けたことは、一度もなかった。
影が揺れないように──
心が乱れないように、
役をこなすように。
そうやって生きてきた。
役をこなすだけの生活に、
いつの間にか
“自分がどこにいるのか分からない”感覚が生まれた。
私は誰かの期待の中で動くことに慣れすぎていたんだと思う。
慣れすぎて、
自分の影の形も、好きなことも、やりたいこと、やりたくないことも、
意識してみれば、ほとんど全部のことが
まったく分からない状態なのに気づいた。
でも気づいたからと言って、
相談できるような友達もいない。
家族に話したらどうなるか…
想像もできない。怖い。
「イヴは影が整っているから安心ね」
お母さんはそう言うけれど、
自分の中で「これも自分で選んでない」っていうものが増えるにつれ、
その“整っている影”が本当に私自身のものなのか、
どんどん分からなくなっていった。
整っている影。
揺れない声。
乱れない呼吸。
それらは全部、
“斎宮家の長女にふさわしい特長”であって、
“私自身”ではないのかもしれない。
そのくらいまで考えがまとまり始めていたのは、
高校2年の進路相談の頃だった。
担任の先生が言った。
「斎宮さん、進路希望を書いてね。 音大か、神道系の学校かな?」
その瞬間、
胸の奥がきゅっと縮んだ。
音大か神道系──
大学って、もっともっといっぱいあるよね?
その二択は、私が選んだものではない。
誰かが“当然それなんでしょ”と決めた道だ。
紙を前にして、初めて気づいた。
私は、本当にただただ役をこなしていただけだった。
自分の意思で何かを選んだことが、ほとんどなかった。
「役割をこなしたい」と思ったことさえもない!
その気づきは、
大きく影を揺らしていたのかもしれない。
胸の奥に確かな痛みを残した。
でも、学校には、影の揺らぎが分かる人なんていない。
私はまだその痛みの意味をうまく言葉にできなかった。
ただ、進路として「一度家を出てみたい」と
はっきりと自覚した。
痛みは言葉にできないけれど
ひとつだけ分かっていたのは──
これまで通りの「考えない生き方」は、しんどい
ということだった。




