5‑3 ブース見学会~大江さんと宮子さん
大江さんのブースは、
扉を開けた瞬間に
「空気が変わった」。
潮のにおいがする…!
「どうぞ」
低くて落ち着いた声。
でも、どこか陽の気があるというか……
“できる人”の声ってかんじがする。
ブースの中は、海だった。
本当に海。
波の音がして、
遠くにカモメが飛んでいて、
船の甲板みたいな床が広がっている。
「……すごい……」
思わず声が漏れた。
「営業マンだったんだよ、俺。
海外多かったんだ」
「朔ちゃん、
舌戦は負け知らずだったらしいわよ」
大江さんは、少し笑った。
その笑い方が、なんだかかっこいい。
「トークスクリプトで困ったら、
いつでも相談に来てください」
「はい……!」
胸の奥が少し熱くなる。
こんなふうに言われたら、
なんだか頼りたくなっちゃう。
船はゆっくり前に進んでいて、
風が気持ちよかった。
潮の香りって、
どうやって再現してるんだろう…。
芳香剤か何かかな?
「この、潮の香りって…」
どうしても気になって、聞いてしまった。
「ああ、それも生成してるんっすよ」
…?
「レーヴちゃん、
さてはシステムとかカガクとか苦手ですか?
匂いは科学的に作れるんすよ!」
えっ。
「もう結構既存技術になってるんで、
驚いたらダメかもしんないっすね~」
小杉さんに笑われる。
でも、大江さんが小杉さんの頭をコツンとした。
「香りの生成は、ジェムノットでは
まだ実験段階だろう、小杉?」
頭をさすりながら、
小杉さんは“しまった”という表情をしている。
「ばらさないでくださいよ~。
むつかしんっすよ?!」
「お前は調子に乗りやすいからな」
また、3人が揃って笑う。
「大江さんに口で敵うわけないんすから、もー。
じゃ、次は宮子さんっすね」
小杉さんが促してくれて、
私は頷いた。
宮子さんのブースは、
大江さんの海とはまったく違った。
扉を開けると、
あたたかい光がふわっと広がった。
「いらっしゃい」
宮子さんの声は、
本当にやさしい。
ブースの中は、
モロッカンのランプがいくつも吊られていて、
色とりどりの光がゆらゆらしている。
色合いは陽気そのものなのに、
でも、揺れ方がすごく穏やかなせいなのか、
見ているだけで、どこか落ち着く。
「伏見くんとはね、
もう長いのよ」
「……長いんですか?」
「そう。
伏見くんがまだ10代のころからね。
頑張り屋さんだったから、
応援してあげたいってずっと思ってたわ」
胸の奥がじんわりした。
遼叔父さんのことを、
こんなふうに話してくれる人がいるんだ。
「みなさん、どういうきっかけで
ジュエルになられたんですか?」
聞いてみたら、
宮子さんは嬉しそうに笑った。
「伏見君がねえ、
“宮子さんの力を借りたいんです、だめですか”
って。」
想像しかつかない。
遼叔父さんがどんな表情だったのかさえ、思い浮かぶ。
「詳しく聞いてみたら、
お客さんとまるで結婚するような
出会いを探す話でしょ?
この年齢じゃねえ、と思って断ったのよ」
さすがにねえ?
そう微笑む宮子さんの気持ちは、
私にはまだ想像もつかない。
「でも、本当に何度も来てくれてね、伏見くん。」
何か動いた気がして
宮子さんからふと視線を外すと、
ランプの妖精が、綿あめみたいなものを、
ぽんっ、ぽんっと投げていた。
「ランプの妖精ですか、あれ」
「そっすよ」
「そうなの」
小杉さんと宮子さんの声がハモった。
「おばちゃんが嬉しいって思ってるとき、
あれ投げるみたいなの」
「そういう設定にしてます」
ああいうこともできるのかあ。
…嬉しいときに投げるってことは……。
「宮子さんは、
遼叔父さんのことを応援したくなってジュエルに?」
宮子さんは、ふふふ、と、
すごく上品に笑った。
「この話は、とっても大事な話だから。
今は内緒にしてもいいかしら?」
――――あ。
「はい。大丈夫です」
遼叔父さん、
宮子さんに、きっと“わがまま”を叶えてもらったんだ。
私は、何の確信もないけど
そんな風に思った。
ランプの妖精は、
まだ何かぽんっ、ぽんって投げていた。
「おばちゃん、話すの大好きなの。
また話してくれるかしら?」
ランプの妖精は投げるのをやめて、
ちょこんとランプの上に座って、
こっちを見た。
かわいい……。
でも、投げるのをやめたっていうのは、
今日はここまで、ってことなのかな。
「はい。ぜひ」
「ありがとう。
レーヴちゃん、がんばってね」
小杉さんがお辞儀する。
「宮子さん、あざっした。
妖精の動作データログ、近々確認させてほしいっす」
「何か面白いことあった?」
「なんか、俺が想定してないとこまで
AIで動作してるっぽい感じなんで」
小杉さんの表情は、
嬉しそうでもあるし困ってそうでもあるし、
ちょっと複雑な感じだった。
「オッケーよ。よろしくね」
「あざっす。失礼します」
「宮子さん、ありがとうございました」
小杉さんと私は、
宮子さんのブースを退室した。
「じゃ、次は俺のブースっすね」
小杉さんが言った。
今度こそ、
小杉さんのブースだ。
胸の奥がまた高鳴る。
みんなのブース、
本当に全部違っていて、
全部きれいで、全部“その人らしい”。
小杉さんのブースは、
どんなところだろう?




