5‑4 ブース見学会~小杉さん
小杉さんのブースは、
扉を開けた瞬間に「異国の空気」がした。
なんだろう、これ…湿度?
「ここっす」
小杉さんは、しれっと言ったけど、
なんとなく“どやっ”とした気配がした。
中は、街だった。
本当に街。
石畳が続いていて、
赤い提灯が少し風に揺れていて、
木造の建物が整然と並んでいる。
「……えっ……」
思わず声が漏れた。
「ここ、俺のブースっす。
街の演出は全部、天気で動くんすよ」
空が少し曇った。
風が止まった。
「……とまどいの揺れっすね」
小杉さんは、淡々と言った。
街の奥では、
小さな太鼓の音がしていて、
どこかで水の流れる音がしていた。
「これ……どこの街なんですか……?」
聞いてみたら、
小杉さんは一瞬だけ、
“期待してる目”になった。
「……レーヴちゃん、
ゲームとか……やります?」
胸の奥が、ぽわんとした。
なんだろう、この感じ。
「えっと……あんまり……」
小杉さんの目が、
すん……ってした。
ほんの一瞬だったけど、
わかりやすいくらい、すん……ってした。
「問題ないっす。説明するだけなんで」
淡々と言いながら、
街の中央に立った。
「この街、
天気で全部変わるんすよ。
晴れたら喜び。
曇ったら不安。
雷が落ちたらストレス。
雪が降ったら悲しみっす」
空がぱっと晴れた。
提灯の光が少し強くなった。
「今のだと、
レーヴちゃんの影、
ちょっと喜んでますね。って感じです」
胸の奥がぽわんとした。
ん、今、小杉さん“影”って言った。
わかる人なのかな…?
「レーヴちゃんは、
ジュエルとして
こういうことしたいってのは、あるんすか?」
「……歌いたいんです」
影のことは、また今度でいいかな。
そう思って歌の話をした瞬間、
小杉さんの目がまた丸くなった。
「よかったら、なんか歌ってみてもらえます?
センシングのテストにもなるんで」
歌うのは、好き。
でも、誰かのために歌うのは、
まだ慣れていない。
だけど……
この街の空気なら、
なんだか気楽に歌えそうな気がした。
「……じゃあ、少しだけ」
ここは、ゲームの世界なんだよね。
深呼吸して、
小さく声を出した。
「ラーラララー……」
なんとなく聞いたことのある、
ゲームのテーマソングの“音だけ”を歌ってみた。
歌った瞬間、
街の提灯全てがぱっと明るくなった。
太鼓の音が強くなった。
風がふわっと吹いた。
そして──
ピロリンッ!!ピロリンッ!!
街のどこかで、
レベルアップみたいな音が鳴った。
「……えっ」
「……あっ!!!!!」
小杉さんが、
一瞬でテンション爆上がりした。
「すげーーー!!!!!
レーヴちゃん、今の!!
今の、たぶん俺の設定上限突破したんだ!!」
「えっ……?」
「いや、あの……
俺、喜びの上限を“晴れ+提灯の光強め”にしてたんすけど……
今、たぶんですけどAIが勝手に“レベルアップ音”鳴らしたんですよ!
俺が入れたんだと思うけど、
覚えてない、でもたぶん実験設定っす。
……やべ……めっちゃ嬉しい……」
小杉さんは、
本当に嬉しそうだった。
「レーヴちゃん、
ブース一緒に作りたいっす。
いや、マジで。
伏見さんに殺されるけど、
それでも一緒に作りたいっす」
胸の奥がぽわんとした。
「えっ……そんな……」
「いや、ほんとに。
レーヴちゃんの歌、
GNブースの演出とめちゃくちゃ相性いいっす。
天気全部動くと思う。
あ、GNブースってのはジェムノットのブースのことで。
天気は雷も雪も晴れも、全部絶対動く。
絶対楽しいっすよ」
小杉さんは、
しれっとした顔のまま、
でも声は完全にテンション高かった。
「……すごい……」
街の提灯は、 まだはっきりと明るいままだった。
「じゃ、戻りましょうか。
出勤・退勤の説明もしないと」
歩きながら、小杉さんはまだ興奮が冷めないみたいだ。
「てか、他のみなさんのブースでも、
レーヴちゃんなら演出全部動くんじゃないっすかね?
やっば……!」
事務所に戻ると、
遼叔父さんが書類を見ていた。
「おかえり」
顔だけ上げて、にこりと笑ってくれた。
「小杉。
レーヴ、今日の分も給与は当然出すが、
まだ雇用契約前だからな。
そろそろ帰してやってくれ」
時計を見ると、もうすぐ22時。
たしかにもう帰らないと。
「了解っす。
じゃあ続きは明日で」
小杉さん、
捨てられた子犬みたいな目で見ないで。
「はい。
ありがとうございました。
また明日お願いします」
店の外の空気は少し肌寒くて、
油断したら風邪をひいちゃいそうな感じだった。
でも…
胸の奥が、あたたかかった。
たくさん人と話した。
たくさんブースを見せてもらった。
なのに、ウユニ塩湖で歌った高揚感が、
身体からどこかに行ってくれない。
だから、ちっとも寒くなかった。




