4‑5 名付け親
「……ジュエル名、レーヴって、どうだ?」
遼叔父さんがそう言った瞬間、
胸の奥がぽわんと大きく揺れた。
「レーヴ。
夢、理想、憧れ。フランス語なんだが」
レーヴ。 夢。 理想。 憧れ。
さっき話した「好きなもの」「未来のこと」が、
その名前の中に静かに収まっている気がした。
「……レーヴ……」
自分の声が、少し震えていた。
遼叔父さんは、
机の上に置いていたペンをそっと置いた。
その仕草は、いつもよりゆっくりだった。
「……少し、昔の話をしてもいいか?」
胸の奥が、またぽわんと揺れた。
「…はい」
遼叔父さんは、ほんの少しだけ視線を落とした。
その横顔は、支配人ではなく、
“叔父さん”の顔をしていた。
「イヴが生まれた時の話だ。
……目も開いてない、
まっかっかの赤ちゃんだった
生まれたてのお前を見て……
俺に名前つけさせてくれ、イヴってどうだ、
って、義兄さんに言ったんだ」
胸の奥がぎゅっとした。
「……めちゃくちゃかわいくて……
立派なレディになるって、確信してた」
遼叔父さんは、少しだけ笑った。
とても懐かしそうに、慈しむように。
「正直……
こんなにまで本当に素敵なレディになるとは、
俺の想像力じゃ思いが及ばなかったのは認める」
胸の奥が熱くなる。
息が浅くなる。
「そんな話、聞いたの…
初めてです」
遼叔父さんは、ゆっくりと私を見た。
「……イヴ。
俺は、お前に、全部を見せようと思ってる。
だから、話す」
そんなに優しい顔で見ないで、
叔父さん。
「ここで、お前が…
“イヴ”として一人前になるのが……
俺は、少し怖いんだ」
胸の奥が跳ねた。
「お前が大きく羽ばたいていくのは構わない。
むしろ、そうなってほしい。
けど……
俺が後見しているうちは、俺のひな鳥でいてほしい」
その言葉は、 静けさの中に落ちて、
ゆっくりと広がった。
「だから…店では、
イヴとは名乗ってほしくない。
イヴはまだ、俺のひな鳥だから」
遼叔父さんは、少しだけ息を整えた。
遼叔父さんの影が揺れているのがわかる。
本当に――
一番大切な気持ちを――
言葉にしてくれてるんだ――
「イヴ…お前は、どう思う?」
胸が苦しい。
なにかでいっぱいで、あふれそう。
「私は…」
ああ、どうしよう。
あの時と同じだ、
なんて言葉を返せばいいのか、また、わからない。
叔父さんの、ひな鳥でいたい。
たくさんのことを学びたい、導いてほしい。
でも同時に、
同じくらい、叔父さんの隣に並びたい。
庇護下じゃなくて。
「ごめんなさい、
心が…ぐちゃぐちゃで…」
…嬉しくて。
「急がなくていい。大丈夫だ」
「え、っと…
嬉しい、です、名前。
遼叔父さん、ありがとう。
“レーヴ”、とっても素敵です。」
伝えたいのはそれだけじゃない。
でも、うまく言葉が続かなくて、
またまなざしで伝えることしかできない。
「…わかるよ。急がなくていい。
待つから…」
…今度は甘えない。
私から、ちゃんと言うの。
遼叔父さんは、待ってくれる。
とても深く深呼吸した。
…よし。
「私、叔父さんのひな鳥でいたい。
…それと同じくらい、
遼叔父さんに並びたいです」
遼叔父さんが、目を見開いた。
「イヴ……ありがとう。
素直に嬉しいよ」
「……イヴが
ジュエル・レーヴになってくれるなら、
俺は嬉しい。誇らしい。
そして同時に……
少しだけ、寂しい。ほんの少しだけ、な」
胸の奥が、きゅっと掴まれた。
「ブースの中は、ジュエルとジェムの聖域だ。
レーヴとして歌うお前を……
俺は、ルールとして、支配人として、見ない。
正直、ルール変更を考えるほど、揺さぶられてる」
変えないけどな。
遼叔父さんの声は、
いつもの静けさのままなのに、
どこか震えているように聞こえた。
「寂しさも含めて、
俺は、俺の理念を抱いて納得したい。
そして、
お前に大きく羽ばたいてほしい。」
支配人じゃない。
―――叔父さんの顔だ。
「…でも、
レーヴじゃない、イヴとしての歌なら……
俺は後見人として見ても許されるだろう、
とかな。
我ながらものすごく女々しくて、困るな」
胸の奥が、ぽわんと揺れた。
遼叔父さんは、ゆっくりと続けた。
「……だから、
名前を贈りたいんだ。」
「イヴの未来を縛らない名前だ。
静けさにも、歌にも、舞にも合う。
イヴの揺れを整える名前だと思うんだが…」
胸の奥が、ぽわんぽわんして、
涙が出そうになった。
遼叔父さんは、静かに言った。
「……使ってくれるか?」
私は、ゆっくり頷いた。
「……はい。
“レーヴ”、使わせてください。」
遼叔父さんは、
ほんの少しだけ目を閉じた。
「……キャスト・レーヴ、
誕生だな。」
その言葉が、胸の奥に静かに沈んでいく。
遼叔父さんは、少しだけ視線をそらした。
そして、ためらうようなそぶりの後、
私を見つめて、こう言った。
「……イヴ。
レーヴになる前に……
一度だけでいい。
“イヴとして”歌ってほしい。
歌ってほしい場所も決まってる。」
胸の奥が、跳ねた。
遼叔父さんは、ゆっくりと私を見た。
「完全に、俺のわがままなんだ。
嫌なら断っていい。
ただ、どうしても……
俺だけのイヴを、一度だけ見せてほしいんだ。
俺のウユニ塩湖で。
イヴとして。
だめか……?」
遼叔父さんは、本当に、本当にすごい人だ。
本当に、私もこんな人になりたい。
胸の奥が、ぽわんぽわんして、
息がうまくできなかった。
私は、ゆっくり頷いた。
「……はい。
歌います。
歌わせてください、
叔父さんのウユニで」
遼叔父さんは、静かに目を伏せた。
「……ありがとう、イヴ」
その声は、
ウユニの星空よりも静かで、
ウユニの青空より晴れやかだった。




