4‑4 私のこと
「……イヴ」
遼叔父さんが、机の前に座った。
いつもの支配人の顔。
静かで、揺れがなくて、きちんと整っている。
でも、さっきウユニで見た
遼叔父さんの影が、
まだ少しだけ残っている気がした。
「イヴのブースを作るために、
イヴの現在を、教えてほしい。
答えられる範囲でいい。構わないか?」
声はキリッとしている。
でも、どこか優しい。
私は、胸の奥がぽわんと揺れた。
「…はい。何から話せばいいですか。」
「ありがとう。
まず……
イヴは、どんな静けさが好きだ?」
静けさ。
私のいちばん大事なもの。
「……朝の光が好きです。
朝靄も。
神社の空気も好きで……
雨の音も、夕方の風も……
ひとりで歌う時間も、静かで好きです」
遼叔父さんは淡々とメモを取っている。
でも、耳の先がほんの少し赤い。
「……いいな。
俺も、朝靄の隙間に朝日が差し込んでくるのを
無心で眺めている時間は、結構好きだ」
――自分がかけてもらって嬉しかった言葉を、
その時の状況と一緒にしっかり覚えておくこと――
私、遼叔父さんが今聞いてくれていること、
絶対に忘れない。
絶対に、誰かに同じようにしてあげたい。
「次。
どういう時に、
影が揺れてると自覚できてる?」
影。
私の揺れ。
「綺麗なものを見ると揺れます。
不安になった時も…揺れてしまってると思います。
歌うと整って……
舞うと落ち着きます」
遼叔父さんは静かに頷いた。
でも、ほんの一瞬だけ視線が泳いだ。
(……最後のひとつは言えない)
“遼叔父さんに名前を呼ばれると揺れる”
なんて、
言えるわけがない。
でも、遼叔父さんは、
もうわかってしまっているのかもしれない。
恥ずかしいのに、
嫌な感じじゃない。
「次、
イヴの、好きなものは?
色や景色、モノ、なんでもいい」
「そうですね…色は白が好きです。
朝靄も。
白衣や緋袴、神楽も……好き。
光や水、静けさ……
きれいだなあって思うものは好きなんだって
最近気づきました。」
そして。
「あとは、夢みたいな空間も好きで……
透明なものや、少し不思議なものも好きだと思います」
遼叔父さんのウユニ塩湖を見て、
ジェムノットが、好きになった。
遼叔父さんは淡々とメモを続ける。
でも、指先がほんの少し震えている。
「……全部、イヴらしいな」
その言葉が、胸の奥でぽわんと弾けた。
「苦手なものはあるか?」
「大きな音は苦手です。
それと人混み。
暗い場所も結構苦手かも…。
あとは、急かされると……
自分の影が乱れてしまうので、多分苦手です」
遼叔父さんは、一旦メモを取る手を止めて、
私のほうに顔を上げた。
「……わかった。
絶対にブースに入れないようにしよう」
その言い方が、
あまりにも静かで、
あまりにも優しくて、
胸の奥がぎゅっとした。
「イヴは、
どういう時に歌いたくなる?
そもそも“歌いたくなる時”はあるか?」
「はい、あります。
掃除しているときは歌ってしまいます」
「俺の家の掃除、アルバイトを頼もうかな」
忙しいからダメだな、忘れてくれ。
そう言って、空気をかき消すような仕草をしてくれた。
「もう少し抽象的でよければ
心が揺れた時。
誰かのために歌いたい時。
自分を整えたい時。
それと…
静けさを広げたい時……です」
遼叔父さんは、
少しだけ息をひそめたようだった。
「……イヴの歌は、祈りだな」
その言葉が、胸の奥に深く沈んだ。
「イヴは、将来、どうなりたい?
こういう仕事がしたい、とか、
こういう人になりたい、とか。
そういうのはあるか?」
…私は、
遼叔父さんみたいな人になりたいです。
……言えない。
少なくとも、今は全然…。
「静けさを届けられる人になりたいです。
歌で誰かを整えたい。
自分の影をもっと理解したい。
……ジュエルとして胸を張れるようになりたいです」
遼叔父さんは、静かに目を伏せた。
「……そうか。」
その“そうか”は、
さっきまでの“そうか”とは違う響きだった。
遼叔父さんは、
ふと思い出したように言った。
「……さっき、
“遼叔父さん”でいいって言ったの、
本気だからな?」
あまりにも自然で、
あまりにも突然で、
また、一瞬、意味が分からなかった。
「……えっ、どうして……?」
「さっき、イヴ、ぽかんとしてたから。
念のため、念押しだ。」
遼叔父さんは、再びしれっとしていた。
胸の奥が、またぽわんと揺れた。
遼叔父さんは、
ゆっくりと私を見た。
「……イヴ。
イヴの“好きなこと”を聞いて、ちょっと閃いたことがある」
胸の奥が、静かに跳ねた。
「……ジュエル名に、“レーヴ”ってどうだ?」
胸の奥が、ぽわんと大きく揺れた。
「……レーヴ……?」




