幕間・2 予感
(伏見目線です)
京都駅に着く少し前、
イヴは窓の外を静かに見ていた。
影の輪郭が、
東京にいた頃より強くなっている。
斎宮の土地に近づくほど、
イヴの影は静けさを思い出すのだろう。
「イヴ、確認だ。
斎宮家まで見送ったら、
俺はそのまま両親のところへ行く」
あの時イヴは素直にうなずいた。
が、表情が「さみしい」で全開になっていた。
「…じいさんばあさんのところへ一緒に、か。」
イヴがあんなに表情に出るタイプだと
思っていなかったというのはあるが、
あんな提案するなんてな…。
我ながら驚きだ。
即答で、しかもあんなに嬉しそうに
されるのも想定外だった。
子供の成長は早いっていうが。
斎宮家は、影が揺れない家だ。
そして神社を祭っているだけあって重い。
姉さん――イヴの母は、
俺を見るなり眉を寄せた。
「遼、まさか手出してないわよね?」
「姉さん、勘弁しろよ」
いやほんとに勘弁してくれ。
姉さんの言葉は“本当”になりやすいんだからさ、
間違っても言うなよな、あんなこと、ほんと…
斎宮家の影は重い。
揺れない静けさの中に、圧がある。
そりゃあそうなんだろう。
なんたって神社だし。
イヴはその中で育った。
だから影に敏感なのだ。
俺は斎宮家には踏み込みたくない。
“東京での後見人”は引き受けた。
けど斎宮家なんて、俺には完全にキャパオーバーだ。
イヴが玄関に入るのを見届けて、
さっさと踵を返した。
あそこから先は、俺の役目じゃない。
両親の今の家は、斎宮家から少し離れた場所にある。
古い町並みの中に、静かに佇んでいる。
お袋も親父も年を取ったが、
声は昔と変わらない。
親父は相変わらず無口だ。
二人とも小さくなった。
けど、影の揺れ方は昔と変わらない。
俺は二人と短く話し、
そのまま墓参りに向かった。
「暑いな…」
夏の日差しが強くて、
石碑の影が濃かった。
「ひさしぶり。
盆にはちょっと早いけど帰ってきたぜ、
じーちゃん、ばーちゃん」
もちろんほかのご先祖も入ってるんだが、
俺が分かるのはじーちゃんとばーちゃんまでだからさ。
これで勘弁してくれ。
線香の煙がゆっくり上がる。
ついでに煙草にも火をつけた。
少し向こうで竹藪が風に揺られている。
東京ではあまり聞けない音だ。
その美しく静かな情景をぼんやり眺めた。
無音ではない静けさの中で、
イヴのことを考えた。
京都まで一緒に向かったイヴの影は、
店に来てもらった時より、
揺れが深くなっていた。
乱れではない。影の奥に
芯ができてきているってことだろう。
何か、一皮むけた感じがあった。
ふーっ、と、煙を吐き出した。
影を整える力は、
生まれつきのものではない。
と、俺は仮定している。
もちろん才能はあると思う。しかしだ。
経験と、揺れと、
選択と、痛みと、
優しさの積み重ねで
できるようになると踏んでいる。
イヴは、
その道を歩き始めたんじゃないだろうか。
吐き出した煙が、風に流れて消える。
その様子を見ながら、
俺はイヴの声を思い返していた。
京都に着いたときの声と、
斎宮家に入る前の声は違った。
響きが深くなっていた。
影の奥に届く声になっていた。
神域の影響だろうか。
それとも。
――イヴは、
理念に最も近いキャストになれる。
そう思ったから、
ジェムノットを見せる気になった。
でもあの時は、
わずか半年足らずで
その片鱗が見えてくるとは考えていなかった。
ジェムノットの、キャストの理念──
「影を乱さず、整え、寄り添うこと」。
まずそもそも影がわかる奴がそうそう居ない。
キャストになってやろうと言うやつはさらに減る。
そのうえ影を整えられる奴はもっと少ない。
そんな狭き門だが、
イヴはどうやら、
その入口に立ったように思えた。
当然、まだ先行きはわからないだろう。
他の人間の影の深さ…
例えば霧島の影の静けさや、
俺自身の影も感じ取れていないだろう。
しかしやはり、
入口に立つことができる人間が
まず、ごくわずかだと、俺は思っている。
確信はないが、
たぶんイヴは、その一人になった。
俺は何も言わない。
確信がないこともあるが、
言葉にしてしまえば、
イヴの影を揺らしてしまう。
彼女が望まない限り、“後見”を徹底したい。
望まれたときの助力は惜しまないが、
彼女の宿命に導かれて、
まっすぐ進んでほしい。
せっかく外の世界に
踏み出したわけだしな。
だから俺はただ、
俺の胸の奥に灯った“予感”を抱えたまま、
静かに見守ってやりたい。
「…帰るか。」
次にイヴに会うのが楽しみだ。




