3-1 アルバイト探し
巫女巫女大忙しな夏休みがやっと終わって、
やっと終わったのに。
あっという間にやってきた冬休みは、
夏休みと同じく、
冬休みも当然帰省を厳命されてしまった……
でもそのことは、
もう思い出したくない。
年末年始の神社なんて、
絶対、ぜったい思い出したくない。
あの人の多さ。
あの影の多さ。
あの揺れの多さ。
エンドレスエンドレスお仕事。。。
影が整うどころか、
整える暇もない。
「……もういい。思い出さない。」
私は布団の中で小さく言った。
そして春休みも当然帰ってくるように言われたけど、
2年目の授業を組みたかったから……
……お守りや絵馬やおみくじや
神社にまつわるありとあらゆるものを
見たくなかったんじゃないよ?…
……………
………逃げました…。
お父さん、お母さん、ごめんね…。
そしてあっという間に、
私は大学2回生になった。
遼叔父さんには定期報告だけしていた。
会いたかったけど、
学祭や課題に追われてしまっていたので、
LINEでのやり取りだけにとどめた。
くたびれてる私じゃなくて、
格好いいところや、
かわいいところを見てほしいから。
そう考えると学祭も大変だったな…
でも、来年は遼叔父さんも絶対招待したい。
仕事忙しいかな…。
あっ、そういえば。
2回生に上がる前、
試験が終わった春休み前くらいから、
大学の掲示板に「アルバイト募集」の紙が増えた。
陽菜ちゃんは新しいバイトを始めたらしく、
休み中も毎日楽しそうなLINEが届いていた。
タイミングよく、
陽菜ちゃんからメッセージが届いた。
『なんか声使うバイトやってみれば?
イヴの声、めっちゃきれいなんだからさ』
いつの間にか名前で呼ばれるようになった。
いまだにこそばゆい。
声……?
『そうかな?』
『うん。なんか、落ち着くっていうか。
聞いてると呼吸が整う感じするよ』
影が見えない人でも、
そういうの感じるんだなあ。
――京都で気づいたこと。
神楽で整えた影。
歌で整えた影。
「……声の仕事、できるかな」
すごくかわいい
応援してるっぽいスタンプが届く。
『できるよ。イヴなら絶対だいじょうぶ。』
その言葉が、
胸の奥に静かに落ちた。
でも──
どこで働けばいいんだろう。
普通のバイトで、行ってみたら
影が揺れすぎる人たちがいっぱいでしたーっ。
とかは、本当に避けたい。
「……遼叔父さんに相談しよう」
私はスマホを握った。
『叔父さん。
アルバイトを探していて……
相談したいことがあります。
今日、時間ありますか?』
送信。
少しだけ間が開いて既読がついた。
『あるよ。
事務所に来てもらっていいか?
少し書類仕事がたまっててな』
胸の奥がじんわり温かくなった。
「……行こう」
私は布団から出て、
出かける用意を始めた。
―――
事務所の扉を開けると、
遼叔父さんが机に向かって
パソコンとにらめっこしていた。
「こんにちは。
これ、コーヒー差し入れです」
「おお!ありがとう。
助かるよ、一服したかったんだ」
遼叔父さんの声だけで、
胸の奥が整う。
私はラテ、遼叔父さんにはエスプレッソ。
すぐそこで買ってきたから、まだ湯気が出てる。
二人とも少しフーフーしながら口を付ける。
「遼叔父さん、早速なんですが…
アルバイトしてみようかと思ってるんです。
声を使う仕事なら、
できるかもしれないと思って……」
遼叔父さんは少しだけ目を細めた。
「声を使う仕事、か」
その言い方は、
まるで私の言葉の奥を
読んでいるようだった。
「イヴ。
よかったら…
少し歌ってみてもらえないか?」
胸の奥が熱くなった。
「神楽でもいいんだ、
何か、イヴがやりやすい方法で、
『声を使う』パフォーマンスを見せてほしい。
どうだろう?」
「……神楽がいいと思います。
すみません、
少し広いスペースはありますか?」
遼叔父さんはエスプレッソを飲み干した。
「開店前だし、
店のエントランスを使おう。おいで」
招かれたのは、
照明の付いていない、
薄暗いエントランスホールだった。
「照明はあった方がいいか?」
「…このままで大丈夫です。」
夏休みの帰省で気づいたこと。
冬休みの帰省で揺れたこと。
歌で影を整えられるようになったこと。
全部が、 ここでひとつになる気がした。
ジェムノットのエントランスホールで、
神楽を舞う日が来るなんて。
ローファーで大丈夫かな…
いい。失敗したって、平気。
遼叔父さんが“見る”のは、
きっと、そんなことじゃない!
「……よし」
私は深呼吸をした。
影が整う。 輪郭が強くなる。
静けさが、私を迎えてくれた。
――いま、ここは、神楽殿。
ピンと背筋を伸ばす。
――神様が、見てくださってる。
腕をスッとあげる。
袴じゃないから少し不格好かもしれないけど、
何年もやってきたとおり、足も運ぶ。
――遼叔父さんに、精一杯を見せつけろ!
体の一番深いところから祝詞を上げる。
天地の神にぞ祈る
朝なぎの
海のごとくに
波立たぬ世を
――扇がない。かまわない。
手と指を思いきり開いた。
――鈴がない。かまわない。
型が崩れた。でも、手拍子を入れた。
――笛がない。
私の声でかまわない。
息の続く限り音を出す。
遼叔父さん。
これが、今の私の、精一杯です!
神楽が終わったのでお辞儀をする。
遼叔父さんが、拍手をくれた。
遼叔父さんは静かに言った。
「イヴ。
ジェムノットで働いてみないか?」
胸の奥が大きく揺れた。
「……ジェムノットで?」
「イヴがよければ、だけど。
…イヴならできるよ」
私は息を整えた。
「……やってみたいです」
その言葉を口にした瞬間、
胸の奥の揺れが、はっきりと形を持った。
遼叔父さんは静かにうなずいた。
「まずは研修だな。
どうする?早速今日から始めるかい?」
私は息を整えた。
「……大丈夫です。
お願いします。」
遼叔父さんは静かにうなずいた。
「じゃあ、今日から始めよう」




