2-4 大学の友達
大学に通い始めて、
私は少しづつ「大学の空気」
というものに慣れていった。
慣れていったと言っても、
影が揺れすぎている人たちの中にいると
今でも息が浅くなるし、
講義によってまだスピードに
ついていけない講義があるし、
学食のメニューは多すぎて毎回固まるし、
サークル勧誘は怖いし、
メイクの話題は引き続きよくわからない。
でも── 日を追うごと、楽しくなった。
夏休みの前くらいだったと思う。
ある講義のあと。
教室を出ようとしたとき、 肩を軽く叩かれた。
「ねえ、斎宮さん。
今日のノート、ちょっと見せてもらっていい?」
振り返ると、
初日に話しかけてくれたあの女の子──
透明感がすごいとか、髪がきれいとか、
メイクしてないのに天才とか言ってくれた子だった。
「……えっと、いいですよ」
私はノートを差し出した。
その子は嬉しそうにページをめくる。
「うわ、字きれい……
てか、まとめも方めっちゃ上手じゃん。
私、こういうのほんと苦手でさ〜」
「……そうなんですか」
「そうなの!
てかさ、斎宮さんってさ、
なんか“静かにかわいい”って感じするよね」
「し、静かに……?」
「うん。
なんか、落ち着いてて、
透明感もあってかっこいい。
でも話すとちょっと天然で、かわいい」
私はどう返せばいいかわからなくて、
ただ小さくうなずいた。
でも胸の奥が、
ほんの少しだけ温かくなった。
その子は、 名前を「陽菜」と言った。
「斎宮さんってさ、
お昼いつもひとりで食べてるよね?」
「……はい」
「よかったら今日一緒に食べない?」
「……えっ」
私は固まった。
一緒に食べる?
学食で?
友達と?
えっ、これって……友達?
「いやだったら全然いいんだけど!
なんか、話してみたいなって思って」
陽菜ちゃんの影は軽く揺れていて、
でも嫌な感じじゃなかった。
「……い、いいです。
一緒に食べましょう」
しまった!!
「一緒に食べたい」なのに!!
私の痛恨のコミュ障を、
陽菜ちゃんは、
へにゃっと笑ってくれた。
「よかった~!!行こ行こ!」
陽菜ちゃんこそ天才です神様です…。
学食で、
私はいつものように固まった。
「また変わってる…
こんなの選べない…」
「じゃあ私が選んであげるよ!
斎宮さん、絶対これ好きだと思う」
陽菜ちゃんは迷いなく指差した。
「これ、白身魚のフライ定食。
優しい味するから!きっと斎宮さん向き」
「……優しい味……?」
「うん。
なんか、斎宮さんって
“優しい味”が似合う感じする」
私はよくわからないまま、
その定食を選んだ。
食べてみると、
本当に優しい味がした。
「……おいしいです」
「でしょ〜!!」
陽菜ちゃんは嬉しそうに笑った。
その笑顔が、
胸の奥をじんわり温めた。
食べながら、
陽菜ちゃんは色々話してくれた。
「斎宮さんってさ、
なんか“静かに生きてる”って感じするよね」
「……静かに?」
「うん。
すごく素敵だと思う。
少なくとも私はそう思う!
私、声大きいでしょ〜」
陽菜ちゃんは自分を指さして笑った。
影は揺れてた。
でも揺れ方は軽くて、
風に揺れる草みたいだった。
「斎宮さんはさ、
なんかあったかいよね」
私はどう返せばいいかわからなくて、
ただ小さくうなずいた。
でも、私の知る“あたたかい人”は。
遼叔父さんの穏やかな笑顔がよみがえる。
陽菜ちゃんに話してもいいのかな、
遼叔父さんのこと。
――帰り道。
そろそろ前回の定期報告からひと月が経つ。
陽菜ちゃんのこと。
遼叔父さんの話を陽菜ちゃんにしてみたいこと。
聞いてみようかな…
そんなことを考えていたら
スマホが鳴った。
遼叔父さんからだった。
『そろそろ夏休みか?
最近は休み前に試験はあるのか?』
私は返信した。
『試験は大丈夫です。
今日、お昼を一緒に食べてくれる子がいました。
友達……かもしれません』
続けて入力する。
『もし明日も一緒にご飯してくれたら、
遼叔父さんの話をしてもいいですか?』
すぐに既読マークがついて、
『もちろん』と返信が来た。
やった!
大学生活はまだまだ難しいし、
影が揺れすぎている人たちは相変わらず怖いし、
学食も選べずに固まってしまうけど──
“友達かもしれない人”ができた。
“友達”。
影が少し揺れた。
その揺れは
怖くなくて、
むしろ嬉しかった。




