007話 「襲撃者」
陽気な男は、常人なら持ち上げるだけでも困難な大剣を、手首の力だけで風車のように軽々と回している。
その人間離れした動きを冷や汗交じりに観察していると――ギロリと、男と目が合ってしまった。
その瞬間、息が詰まる。
心臓の鼓動が早くなり、呼吸が乱れる。
「白髪に碧眼と……六女はおめえか?」
「な、なんで……」
俺は自分が六女である、と言うことを言い当てられたのに酷く動揺した。
今までに感じたことのない圧力に、声が自分でも驚くほど震える。
城下町のゴロツキなんて、比べるまでもなく、圧倒的だった。
「なんか超可愛いんだけどぉ。ねえボス、持って帰っていい?」
「今回はどうしても断れない依頼なんだ、ブラッディ」
月光を反射する美しい金髪の女が、無邪気な笑みを浮かべて仮面の男――ボスと呼ばれた男に問いかける。
「まあ、さっさと終わらせようぜ。で、結局どいつが六女だ? 屋敷という鳥籠の中でムクムクと太った豚ども! 今すぐ教えるなら、半殺しで済ましておいてやるぞ?」
男の挑発に、場内が再び恐怖にざわつく。
どんどん息が荒くなっていく。
「どこの馬の骨かは存じませんが、ルシア様は只今、本館の厳重な警備を施された場所に避難されております。無駄足でしたね。安心してお帰りください、ヘブンさん。」
血の気を引かせた俺が思わず彼女の方を見ると、レイはこちらに視線を向けぬまま、ほんの僅かに片目をつぶってみせた。
黙っていろ、ということだろうか。
俺はガチガチと鳴りそうになる歯を食いしばり、必死に震えを殺して俯いた。
「面白え女だ。ちなみに言うとヘブンは本名じゃねえよ、こんなダサい偽名は三流さ――じゃあ、目の前にいるそのガキを殺してから本館に行くか! ちょうど遊びたいところだったしなァ。ファハッハハ!!」
――殺される。
男の残虐な言葉が、俺の頭に響いた。
鈍く光る大剣の刃が網膜に焼き付いて離れない。足がすくみ、泥に沈んだように一歩も動けない。
逃げなければいけないという理性が、圧倒的な恐怖の前に意味をなさなかった。
「ええ〜、殺しちゃうの? この子、多分六女だと思うんだけど」
「っ!? お、そうか? じゃあ女、そこどいてくんね?」
男が大剣を肩に担ぎ直し、レイへとにじり寄る。
心臓が限界まで膨張し、今にも破裂しそうになった――その瞬間、レイが小さく舌打ちをし、鋭い視線で合図を送った。
「あァ“?」
陽気な男が声を漏らした時には既に、裏から密かに回り込んでいた警備兵たちが、三人の足元に拘束魔法を展開していた。
レイのあの見え透いた嘘は、彼らに魔法の詠唱を完了させるための時間稼ぎだったのだ。
ふっと体の力が抜け、安堵で膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪える。
「拘束魔法の出力を限界まで上げて! 魔力分解領域下でも強制的に術式を維持させるため、二人掛かりで掛けて!」
「承知しました! 魔縄拘束を扱える者は、今すぐ侵入者に対して二人掛かりで魔法を展開してください!」
支援系に分類される拘束魔法とは、簡単に言ってしまえば敵を戦闘不能にする魔法だ。その難度自体は主に初級とされている。
しかし、その中の一つである【魔縄拘束】は、対人戦用の魔法でありながら、極めれば高ランクの魔物すら縛り上げる力を持つ。
光の鎖が三人の身体に幾重にも巻き付き、その動きを完全に封じ込める。
だが――男の顔が歪んだのは、ほんの一瞬のことだった。
……なんで、笑ってるんだ?
これだけの魔法を掛けられ、指先一つ動かせないはずなのに。男の口角が弧を描くように吊り上がったのを見た瞬間、俺の背筋をぞくりと氷で撫でつけられたような悪寒が走りぬけた。
「そうだなぁ……最後に一つ、聞いていいか?」
「あら、どうしたの。ヘブンさん?」
完全に拘束されているはずの陽気な男が、余裕たっぷりにレイに話しかけた。
おかしい。
嫌な予感がするのは、俺だけだろうか。
「結局、誰が六女なんだ?」
「……どうせ捕まるんだから、大人しく黙っていなさい。」
その時だ。男の顔から、おどけたような表情がスッと消え失せた。
代わりに、腹の底から響くような、禍々しい笑い声が噴き出してくる。
「はっハハッは! 見くびられたもんだぜ? 俺がこれで反抗できてないとでも思ってんのか? 笑えるぜ。面白そうだからわざと捕まってやったのによォ、つまんねえなァ!」
「……どういうこと?」
金髪の女も鼻で笑い始めた。可憐な女の子と言った方が似合う容姿からは想像も絶する、下品で冷酷な笑い声。
「あ〜あ、もう疲れたぁ、ヘブン! さっさと終わらせよー」
「そうですね。早く終わらせた方が依頼主のためですし」
仮面の男までが口を開いた。
それと同時に、俺のネット小説を読み漁って養われた第六感が、一つの事に気が付く。
彼らに光の鎖なんてものは、初めから何も意味をなしていなかったのだと。
「レイさん! ダメ……っ!!」
「えっ、どうしたのルシア様!?」
直後――赤黒く濁った、圧倒的な密度の魔気が、三人の身体から爆発的に噴き上がった。
「緊急事態です! 彼らの体内の魔力量が、急激に上昇しています!!」
拘束魔法を維持していた魔術師の一人が、悲鳴のような声を上げた。
今こうしている間にも、三人の魔力は急劇的に膨れ上がり、周囲の空気はあまりの力に音を立てている。
「もしかして、その莫大な魔力量を隠していたの……!? ルシア様! お逃げください!!」
会場のパニックが頂点に達する中、光の鎖を引きちぎらんばかりの禍々しい魔気を纏った三人が、同時に口を開こうとする。
――反抗、それは初級の魔法に分類されながら、自身に影響する魔法を無効化する魔法戦の基礎。
本来は、術者との圧倒的な実力差がある場合のみでしか成功しない、魔法。
そして――
「「「 反抗 」」」




