006話 「六女サマ」
「ふぇ?」
間の抜けた声が漏れる。
気づいた時には、華やかだった会場内は完全な暗闇に包まれ、ドレス姿の貴族たちは何が起きたのか理解できずにパニックに陥っていた。
「各警備兵は所定の配置へ! 非常用魔法照明を付けてください! 襲撃です!」
闇の中、レイの鋭い声が響いた。
その声に呼応するように警備兵たちが慌ただしく動き始める。暗闇で視界は最悪だったが、使用人たちによる誘導ですでに避難の動きが始まろうとしていた。
「ルシア様、私から絶対に離れないでください」
「は、はいっ」
強く腕を引かれ、俺はレイの背中に匿われる。
先ほどの爆発からすでに数十秒が経過した。しかし、一向に非常用の魔法照明が点灯する気配がない。
以前、避難訓練で見せてもらった時なら、十秒もかからず明かりが点いていたはずなのだが。
嫌な予感が膨らむ中、暗がりから息を切らした一人の警備兵が駆け寄ってきた。手には通信用の魔道具が握られているが、光を失っている。
「報告! 魔導通信機が故障、非常用照明も起動しません! 魔力の流れから推測するに、本館別館を含む敷地全域に渡って大規模な魔力分解領域が展開されている模様です。これほどの規模は見たことがありません!」
「報告ありがとう、最悪ですね。貴女は引き続き避難誘導を急いでください。ああもう、なんで今日に限ってあのレイムンドがいないのっ!」
迫力のあった生演奏はとうに止み、暗闇には恐怖に駆られた貴族たちのざわめきと悲鳴だけが反響している。
レイの視線は暗闇の中でも鋭く周囲を警戒していたが、その声には若干の焦りが混じっていた。
「追加報告です!」
別の警備兵が駆け込んでくる。
「会場出口に設置してある緊急転移装置が作動しません! さらに、出入り口の扉を開けようとしましたが、外側から非常に強力な防御結界が張られています。警備していた魔術師達が解析にあたっていますが、解除には相当な時間がかかります!」
退路が塞がれた。その事実に、会場の空気が一段と悪くなる。
「え、うそ!? やだ! ねえアダム、何とかしなさいよっ!」
真っ先に金切声を上げたのは、エメリアお姉様だった。アダムの腕にすがりつき、ヒステリックに騒ぎ立てる。
ちょっと黙ってろや。こっちまで不安になるだろ。
「い、いやぁ、そんなことを言われても僕には……」
頼みの綱のイケメン婚約者も、冷や汗を流している。
見かねたレイが、エメリアお姉様の肩にそっと手を置いた。
「落ち着いてください、エメリア様。扉は塞がれましたが、公爵家の近衛兵は一人一人が厳しい訓練を受けた精鋭揃い。万が一賊が侵入してきても、並の相手なら後れを取りませんよ。」
レイの堂々とした態度と説得が効いたのか、エメリアお姉様は荒い呼吸を整えた。
「そ、そうよね。お父様の兵だもの、これくらいで負けるはずないわよね?」
強がり半分とはいえ、いつもの調子を少し取り戻したようだ。
周囲を見渡せば、兵士たちがしっかりと盾を構え、防衛陣形を敷いている。
俺の前世からの巻き込まれ体質も、大概にしてタチが悪い。だが、今回は天下の公爵家のパーティーだ。
公爵家お抱えの強い警備がゴロゴロいるのだから、ただの強盗かなんかが迷い込んだだけの、ちょっとした騒ぎで終わるに決まっている。
「うん。なんだかんだ、大丈夫っ!」
俺が自分に言い聞かせるように、一級フラグ建築士のごとく台詞を口にした――まさにその瞬間だった。
ドドォォオオオンッ!!
会場内が、立っていられないほどの激しい縦揺れに見舞われた。
天井にぶら下がっていた巨大なシャンデリアが、留め具がはずれたのか嫌な金属音を立てて大きく揺さぶられる。
「皆様!! 頭を下げて伏せてください!」
レイが会場全体に響き渡る声で叫んだ直後。
俺たちの目の前にそびえていた強固な石造りの壁が、爆発音と共に紙屑のように粉砕された。
「ルシア様っ!」
レイが俺を庇うように強く抱きすくめ、床に伏せる。その背中に、細かな瓦礫と土煙が降り注いだ。
ふわふわと舞い上がる粉塵の向こう。ひしゃげた壁の穴から差し込む月明かりを背にして、三つの人影が悠然と足を踏み入れてくる。
「あっはっは! 思ったよりも脆い壁だな! 本当に防御魔法の加工なんかされてんのか? フハハッ!」
「これでも職人が頑張って作ってるんだから、可哀想なこと言っちゃだめだよぉ? ねぇ、ボス。」
常人なら持ち上げることも不可能なほど巨大な大剣を肩に担いだ、陽気な口調の男。
そして、漆黒のレイピアを弄びながら、艶然と微笑む金髪の女。
「今回の依頼はあくまで六女の確保だ。他は殺すなよ、ヘブン」
「分かってますよ、ボス。――んで? どこに隠れてるのかな、六女サマは」
襲撃者たちがボスと呼ぶ、不気味な仮面を被った男が先頭に立ち、氷のように冷たい視線で会場内を睥睨した。




