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008話 「強者」

「「「 反抗(レジスト) 」」」


すでに会場内がパニックに陥っている中、二人の男と女が冷酷にその言葉を紡ぎ出した。


瞬間、拘束魔法の光の鎖が耐えきれないとばかりにパキパキと音を立てて亀裂が走り、一斉に弾け飛んだ。


Bランクの魔術師たちが総がかりはなった拘束魔法ですら、奴らの圧倒的な魔力の暴力の前には数秒の時間稼ぎにしかならなかった。


「がっ……!?」


魔力制御の反動で、最前線にいた魔術師たちが口から血を吐いて崩れ落ちる。


このままでは、解放された爆発的な魔力の奔流が、無防備な貴族たちを文字通り木端微塵に吹き飛ばす。


誰もが死を覚悟したそのコンマ数秒の隙間――俺は、恐怖に怯える身体の底に眠る魔力を限界まで引き剥がすように沸き立たせた。


――間に合えっ!


思考の加速。転生前のちっぽけな人生では味わえなかった、極限の集中状態。


俺は咄嗟に両手を突き出し、敵三人の周囲を覆うようにして何重もの魔力障壁を展開する。

今の俺の全魔力を注ぎ込んだ、障壁。


いつもの何十倍――いや、それ以上の莫大な魔力を一気に消費したため、血管が引き裂かれるような激痛が走るが、そんなものを気にかけている暇はなかった。


正直、この魔法はほとんど使ったことがない。


でも、やるしかなかった。



ドゴォォオオッ!!!


三人が放った反抗(レジスト)の衝撃波と、俺が展開した魔力障壁が正面から激突する。


衝撃の余波で足元の大理石の床がばらばらに砕け散り、凄まじい風圧が会場を薙ぎ払った。だが、俺が張り巡らせた障壁がギリギリのところでその暴威を抑え込み、相打ちのように相殺されて消えていく。


とりあえず、致命的な第一波の衝撃からは周囲の人間を守り切れたようだ。


だが、その代償は小さくなかった。


「はっ……はぁ……」


急激に体内の魔力を使った反動で、激しい目眩が俺に襲い掛かる。

魔力自体は体に残っているが、一気に使いすぎてしまった。


目の前の景色がぐにゃんと歪み、三半規管が壊れたかのように頭の中がクルクルと回転する。

足の力が完全に抜け、その場に崩れ落ちそうになった。


「ルシア様っ、しっかりしてください!」


一足飛びに駆け寄ってきたレイが、怯えるように俺の肩を抱き留めてくれる。


これは魔力酔いだ。急激、もしくは過剰、あるいはその両方で体内の魔力を消費したことで引き起こされるもの。


すぐに強烈な吐き気と悪寒が俺の全身を駆け巡った。


「あぁ、大丈夫……。ちょっと、魔力を一気に使いすぎただけだから、レイのほうこそ……。」


冷や汗を拭いながらそう答えるのがやっとだった。十歳の子供の身体であの量の魔法を撃つのは、負荷が大きすぎる。


その直後だった。冷水を浴びせかけられるような悲鳴が響いたのは。


「くっ、来るな! これでも食らえ、魔縄拘束(リストレイント)!」


「――反抗(レジスト)してるから無駄だって言ったのに。ほんと、学習能力がないんだからぁ!」


「やめなさいっ!」


レイが血相を変えて必死に走り出すが、すでに遅かった。


ブラッディと呼ばれた金髪の女が手にする漆黒のレイピアは、瞬きをする間もなく、魔術師の目前へと突き出されていた。


他の魔術師たちの方へと目を向ければ、すでに別の場所で大剣を振り回すヘブンの圧倒的な暴力の前に、次々と無力化されて地面に伏せている。


ブラッディのレイピアが魔術師の体を深々と穿ち、鮮烈な血飛沫が天井へと舞い上がった。


その返り血を無邪気に浴びながら微笑む姿は、まさに血まみれ(ブラッディ)の名に相応しかった。


――絶望。


頭に浮き上がるのはただその二文字だった。


「あーあ、やっぱりぃ? 魔術師って、近接で守ってくれる人がいないと本当に弱っちいよねぇ!」


「よくも……お前ぇ……っ!」


「ごめんって。でも、手加減くらいはしてあげたのに、避けきれなかった方が悪くなぁい?」


警備兵たちも必死に突撃を試みているが、ヘブンが振るう規格外の大剣の暴風に阻まれ、誰も近づくことすらできない。


見れば、レイとブラッディが殺気立った視線で互いを睨み合っていた。


「そちらが動かないなら、私の方から動かせてもらうわ!」


「いいよ、いいよぉ。私は優しいから、いつでも相手してあげる!」


レイは武器など持っていなかったはず――と思った瞬間、彼女の右手が淡い薄黄色の光に包まれ、一振りの美しい剣がかたち作られる。


「ほぉう、魔剣かなぁ? 自分の魔力で無理やり具現化するタイプの。でも、そんな不安定な代物じゃあ、維持するだけでも相当キツいんじゃない?」


「確かに、今のこの空間で魔剣を維持するには通常よりも魔力が必要かもね……だけど、そんな無駄口を叩いている暇があったら、自分の首の心配でもしたらどう?」


レイの身体から、闘気と膨大な魔力が一気に噴き上がる。


直後、彼女の姿がかき消えた。


凄まじい加速。放たれた魔剣の一閃がブラッディの首筋を狙うが、ブラッディも負けじと漆黒のレイピアの柄でそれを完璧に受け流した。


「あれれぇ? そんなに急に全力を出して大丈夫? 少し休憩しよっかぁ?」


「あなたこそ、その舐めた余裕をいつまで保てるかしらね!」


レイの魔力循環速度が限界値を超えて急激に高まり、その体が薄黄色のオーラに包まれていく。


先ほどとは比較にならない超速の連撃がブラッディを襲った。


常人の動体視力ではもはや軌跡すら捉えられない。見えるのは、空間に残された光の残像だけだ。


あれはおそらく身体強化の境地。


しかし、ただでさえ周囲には魔力分解領域(アンチマジックエリア)が展開され、魔力を維持するだけで通常の何倍も疲弊する環境下にある。


その中で身体強化を維持し、さらに体内の魔力循環を無理やり加速させているのだから、レイの肉体にかかっている負荷は常軌を逸しているはずだ。


今は互角の激突に見えるが、このままジリ貧になって先に倒れるのは、どう見てもレイの方だった。


「レイ! 早くあんな女やっちまいなさいよ!」


「ちょっと、エメリア!」


「ふんっ、でもこれなら一安心ね! 警備兵たちが雑魚の男を何とかしているし、レイとあのクソ女は互角にやり合っているわ!」


少し離れた場所から、エメリアお姉様がここぞとばかりに威勢を上げて煽り立てている。

それを、婚約者であるアダムが冷や汗を流しながら必死に宥めていた。空気読めよあのバカ姉貴……っ!


――その時だった。


轟音を響かせながら激突を繰り返していたレイとブラッディが、一度距離を取るように大きく跳び退いた。


彼女たちが踏み荒らした周囲の地面は完全に崩壊し、元々敷かれていた高級な赤いカーペットなど跡形もなく消え去り、むき出しの石畳がボロボロに抉れている。


「いいねぇ! 今の君、とっても強かったよぉ! もう感動しちゃったぁ」


ブラッディは息一つ乱さず、ねっとりとした笑みを浮かべる。


「でも、君もう限界だよね? ただでさえこんな面倒くさい魔力分解領域(アンチマジックエリア)で、そんな無理な全力出しちゃったら……ねえ?」


戦闘の最中には隠れていたが、確かにレイの額には既に汗が滲み、荒い息がその肩を上下させている。


一方、もう一人の脅威であるヘブンはまだニヤニヤと遊んでいる余裕すらある。あいつの本気がこちらに向いたら、一瞬で残りの警備兵も全滅するだろう。


「さあさ、もう十分遊んだことだし、そろそろ終わらせてしまおうか。」


これまで沈黙を守り、後方で戦況を眺めていた仮面の男――ボスと呼ばれていた男が、静かに一歩を踏み出した。


「へいへいわったよ、ボス」


ヘブンが豪快に笑い声を上げながら、その手に握った大剣をただ一振り、横薙ぎに払う。


たったそれだけの動作で、突撃しようとしていた数十人もの近衛兵たちがまとめて吹き飛ばされ、防衛陣形は一瞬にして崩壊した。


「じゃあ、主役のキミも――そろそろお迎えの時間だねぇ」


ブラッディが冷酷な笑みを浮かべ、レイを無視して一直線にこちらへレイピアを突き出しながら跳躍した。


逃げ場はない。死の気配が迫る中、レイが血相を変えて叫ぶ。


「ルシア様っ……!!」


その瞬間、二つの異なる場所で、鋼と鋼が激しくぶつかり合う重く鋭い金属音が、同時に会場の空気を切り裂いたのだった。

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