003話 「城下町のゴロツキは三流でした」
十歳の生誕パーティーまで残り数日と迫ったある日。
ウィリアス公爵邸の内部は、迫り来る大行事に向けて使用人たちが血眼になって走り回っており、とてもじゃないが心が休まる状況ではなかった。
ただでさえ前世からの巻き込まれ体質だった記憶で胃が痛いというのに、あのピリピリとした空気に当てられては息が詰まってしまう。
「お母様、お願いです! 少しだけ、本当に少しだけでいいので、外出させてほしいです!」
俺の決死の懇願と愛らしい上目遣いが功を奏し、なんとか数時間だけ城下町への外出許可を勝ち取ることに成功した。
ふふ、案外ちょろいぜ。
勿論、一応は公爵である俺が一人で出歩くことなど許されるはずもなく、両脇にはお馴染みの護衛が二名、ぴったりと張り付いている。
「ルシア様! あまり勝手に歩き回らないでください。迷子になったらどうするんですか! ほら、しっかり私の手を握って!」
「おおルシア様! お忍び用の地味なローブ姿も大変愛らしいですぞぉ! このレイムンドが一生、その愛しき御手をお繋ぎいたし――ガハァッ!?」
すれ違う人々の視線を無駄に集める変態の言葉に、レイの容赦ない肘打ちがクリーンヒットする。
俺は目立ちすぎる純白の髪と碧眼を隠すため、すっぽりと目深に茶色のフードを被り、賑やかな大通りを歩いていた。
ファリンクス王国の王都は、俺が前世で読んだファンタジー小説の描写をそのまま具現化したような、活気と熱気に満ちていた。
石畳が敷き詰められた中央広場には、色とりどりの天幕を張った屋台がズラリと立ち並んでいる。
香ばしい肉の焼ける匂い、スパイスのツンとした香り、そして甘く煮詰められた果実の匂いが入り混じり、歩いているだけでお腹が鳴りそうだ。
これだよこれ! 俺が求めていたのんびりするのは!
屋敷の中では絶対に味わえない庶民的で自由な空気に、俺のテンションは自然と跳ね上がっていた。
屋台で買った肉汁たっぷりの巨大な串焼きを頬張り、次は少し離れた場所にある、前世のクレープに似た甘いお菓子を売る店へと視線を向ける。
満足。
非常に最高だ。一生ここでゴロゴロしながら串焼きと甘いものを交互に食べていたい。
――しかし、俺はすっかり忘れていた。
自身が、前世から続く筋金入りの巻き込まれ体質であることを。
「……ルシア様。串焼きは食べ終わりましたか?」
不意に、隣を歩いていたレイの声音が一段低くなった。
先程まで俺の食べ歩き姿を見て変態的な笑みを浮かべていたレイムンドも、いつの間にか笑いを消し、前髪を掻き上げながら周囲を油断なく見回している。
「ん? うん、食べたけど。どうしたの、二人とも?」
「背後から、ルシア様を舐めたカス……いえ、後方に気配がいくつかついてきています。どうやら、王都のゴロツキに目をつけられたようです。」
「まったく、せっかくのルシア様との甘いデートを邪魔するとは、万死に値する輩ですな……レイ殿、どうしますか?」
変態が、ふざけた態度の中にわずかな冷たさを混ぜて喋る。
「ここで騒ぎを起こせば、ルシア様のせっかくの休日が台無しになります。人気の少ない路地裏へ誘い込み、穏便に事を済ませましょう。」
内心少しビビりつつも、俺たちは歩調を崩さず、自然な動作で大通りを外れると、わざと人通りの少ない薄暗い裏路地へと足を踏み入れた。
路地の奥、行き止まりのレンガ壁が見えたところで、俺たちは静かに足を止める。
同時に、背後の入り口と、頭上の低い屋根から、ボロボロの革鎧を着た男たちが四人ほど飛び降りてきた。
手には刃こぼれした安物の短剣や、錆びた鉄パイプのようなものを握っている。
「へっへっへ……お嬢ちゃんたち、行き止まりだぜ。」
「その上等なローブ、それに護衛付きってこたァ、どっかの貴族のガキだな、大人しく金さえ出してくれれば、痛い思いはしなくて済むぜぇ。まったくこの出会いに感謝しねぇとなぁ。」
典型的な三流悪党のセリフだった。
確かにプロの殺し屋や、一流の傭兵ならこんな事で時間は使わずに、背後から一気に奇襲を仕掛けるだろう。
おそらくは、公爵家に反発するどこかの貴族が、適当な金で雇ったただのゴロツキかなにか。
「はぁ……ルシア様、少しだけ目を瞑っていてくださいね。すぐに終わらせますから」
レイが面倒くさそうにため息をつく。
レイムンドもまた、大げさに肩をすくめた。
「本気を出して私の美しい衣服が汚れては敵いませんからな。手加減して差し上げますぞ」
「無駄口だけはいっちょ前だな! お前らやっちまえ!!」
リーダー格の男の荒ぶった声と共に、三人のゴロツキがレイとレイムンドに向かって襲いかかってきた。
だが、その動きは素人の俺から見ても大振りで、隙だらけだった。
「この俺様の炎球を食らえ!!」
「遅いですね」
レイは飛んできた炎の球をを小限の動きで避けると、男の腕を掴んで軽く足を払い、地面に転がす。そのまま手刀を首筋に落とし、あっさりと一人を気絶させた。
「ルシア様に指一本ふれさせませんぞぉッ!!」
レイムンドは無駄に回転しながら蹴りを放ち、迫ってきた二人の男の顎を的確に撃ち抜く。
バキッという嫌な音と共に、二人のゴロツキは白目を剥いて地面に崩れ落ちた。
やっぱり強い。ただのゴロツキとは言え、この速度。
やはり彼らの出自が気になるところだ。
なんと言っても二人は魔法を使うまでもなく、ただの体術だけで相手をあしらっている。
本気を出せばもっと一瞬で片付くのだろうが、俺の休日の空気を壊さないためか、あくまでもこの程度に留めていることが良く分かった。
だが、その手加減が生んだほんの一瞬の死角。
「――っ、隙ありだぜ、お嬢ちゃん!」
乱戦を避けて屋根の上に潜んでいた最後の一人が、レイたちの頭上を飛び越え、真っ直ぐに俺へと向かって降下してきた。
鈍く光る短剣が、俺のローブの胸元を狙っている。
「しまったっ!?」
「ルシア様っ!!」
レイとレイムンドが声を上げるが、距離的に間に合わない。
ゴロツキの口元が、下劣な笑みに歪む。
俺は心の中で大きなため息をつくと、自分に迫り来る男に向けて、静かに右手を突き出した。
――何も出来ない貴族のぼんぼんとでも思っているのだろうか?
俺は掌にほんの少しだけ魔力を集め、ソフトボール大に圧縮して――男の鳩尾目掛けて、魔力弾を静かに放った。
「は……? ガ、ボハッ――!?」
ドスッ! という鈍い音と共に、魔力による衝撃を鳩尾に受けたゴロツキは、カエルが潰れたような声を上げてその場にうずくまった。
そのまま胃の中身を少し吐き出し、痙攣して気絶する。
「……ふう、危ない危ない。十歳の女の子を狙うなんて。」
俺がわざとらしく胸をなでおろすと、レイとレイムンドは駆け寄ってきて、安堵の息を吐いた。
「も、申し訳ありませんルシア様! 私の油断のせいで……にしても何故あそこから……」
「このレイムンド、一生の不覚! しかし、ルシア様のあの素早い魔力操作、流石でございますな!」
「まあまあ、誰も怪我してないんだから。この人たちを警備隊に引き渡して帰ろう。と言うか、これはお母様に怒られるな……」
俺の呑気な言葉に、レイとレイムンドの二人は深く頭を下げた。
こうして、俺のささやかな城下町の散歩は、三流ゴロツキたちの襲撃によって幕を閉じたのだった。
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数時間後。
気絶したゴロツキたちを王都の警備隊に引き渡し、俺たちは早々に公爵邸へと帰還した。
お母様にこっぴどく叱られるのを覚悟していたが、知らせを聞いて応接室に現れたのは、お父様の参謀を務めるルーク・ハインドとその部下であるシリウス・ダウニーだった。
「ご無事で何よりです、ルシア様。襲撃者たちはただのゴロツキでした。金欲しさに、偶然見つけた護衛の少ないルシア様を狙った短絡的な犯行のようです。」
ルークは眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせながら、淡々と報告書を読み上げる。
「しかし、三流とはいえ、白昼堂々と令嬢を狙うとは……公爵家も舐められたものですね。ルシア様の十歳の生誕パーティーを目前に控えていると言うのに。」
「あ、あの、ルークさん? 私は無事でしたし、レイたちも頑張ってくれたので、あんまり大事には――」
「いいえ。これは一歩間違えれば、ウィリアス公爵家の威信に関わる大問題でした」
ルークさんが俺の言葉を遮る。するとシリウスさんが静かに告げた。
「この件についてはお父様とも協議いたしました。数日後に迫った生誕パーティーですが……会場の警備体制を、現在の倍に引き上げます。当日にはウィリウス家が保有する騎士団もできる限り動員し、万全の態勢を構築いたします。ただ一つ……いえ、なんでもありません。」
シリウスの宣言を聞き、レイとレイムンドが力強く頷いた。
確実にとんでもないトラブルが起きる予感に何度目かもわからない胃の痛みを覚えながら、俺は一人、応接室のソファでがっくりと肩を落とした。




