002話 「レイの狂気」
「レイムンドさーん、生きてますか?」
傍らにいたレイが、盛大に撒き散らしたゴスロリの衣装に沈み、白目を剥いて泡を吹いている変態をツンツンと小突いた。
少し威力が強すぎた気もしなくはないが、手加減などすれば、この変態は一時間後にはまた同じことを繰り返すだろう。これくらいで丁度いいのだ。
「きら、キラキラしてるぞォ……」
「や、やばいです! レイムンドさんが!」
『はぁ』と深いため息をつき、俺はレイムンドの腹部に手を当てた。
「万物に宿る生命よ、我が魔力を糧にその者の傷を癒やせ【回復】」
こいつの体内を巡る魔力の流れを把握し、循環速度を極限まで引き上げてちょいと弄る。すると、変態の体がふわりと淡い緑色の光に包まれた。
「はっ、なんだ今のは!? ルシア様!」
「ルシア様、回復魔法をお使いになられたのですね!」
感嘆の声を上げる二人をよそに、俺はどこか気まずげに頬を掻いた。
「あ、うん。まあ……貴族の嗜みで習う、一番下のごく単純な初級魔法だけどね」
一般的に、魔法の威力や位階には明確なランクが設定されている。初級、中級、上級、そして最上級。
一応その上にも文字通りの規格外の魔法が存在するが、私の平穏な日常においては一生縁のないものなので、わざわざ説明するだけ無駄というものだ。
また、世間では『魔術の体系は多岐にわたれど、そのすべては突き詰めれば攻撃魔術から派生したに過ぎず、本質的にはどれも同じである』なんてもっともらしい持論がよく語られる。
――まあ、実際に魔法の具現化をプロセスはどれも同じなので間違ってはいない。
「ルシア様、もう朝食の時間です! 早く大広間へ向かいましょう」
「ちょっ、護衛の私を置いていかないでくだスボェッ!?」
すがりつこうとした変態にレイが足蹴りをし、俺たちは廊下を歩き出した。
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「――と言う事だ。準備に抜かりはないな、ルシア。」
「はい、大丈夫です。お父様」
朝食の席。
兄弟たちが早々に食事を終えて退席していく中、俺だけが長テーブルの席に引き留められていた。
どうやら『十歳の生誕パーティーは公爵家にとっても重要だから、迷惑のないように気をつけなさい』みたいな事を言っていた気がするが、右から左へ聞き流していたので詳しいことは覚えていない。
後でレイに聞けば良いだろう。
この広間は料理を食べるためのダイニングのような部屋だが、天井には無駄に巨大なシャンデリアが縦に三つも連なっており、相変わらずの広さに落ち着かない。
誰の趣味かは知らないが、壁には|悪趣味な絵《人間が融合しているような絵》が飾られており、食事中ずっと見られているような気さえする。いや、確実に見ているはずだ。
そう言えば小さい頃、お母様に「悪い子はあの絵の中に連れ込まれちゃうのよ」と脅されたのを思い出した。
俺から見て右側に座るのが、第一夫人のアンナさん。腰まで届く燃えるような赤髪が美しい。
その隣が第二夫人のサレイナさん。輝くようなブロンドの髪にエメラルドグリーンの瞳、そしてテーブルに乗らんばかりの豊満なパイが自己主張している。
そして上座に座るお父様、ライアムス=リィ・ウィリアスは、艶のある銀髪を耳の半分程度で切り揃えている。
そのお父様の左側に座っているのが、俺の母であるクロエ=リィ・ウィリアスだ。
決して老化によるものではない、白雪のように美しい髪と、どこまでも吸い込まれていくような深い碧眼が特徴的だ。
俺の白髪と碧眼はこの母譲りなのだろう。自分が言うのもなんだが、かなりの美形である。
「ふむ、そうか。なら自室へ戻りなさい」
「ルシア、パーティーを楽しみにしてるわよ」
クロエお母様が、優しく微笑みかけてくれる。
「はいっ!」
俺も、令嬢として完璧な愛らしい笑顔で返した。
「それでは、失礼いたします」
俺が優雅にスカートの裾をつまんで頭を下げると、背後に控えていたレイとレイムンドも一糸乱れぬ動きで深く一礼した。
大広間から出て廊下を歩き出すと、少し緊張していたのか、額に汗を滲ませたレイが呆れたように話しかけてきた。
「いつも思うのですがルシア様、ライアムス様や奥様方の前では、本当に普通の可愛らしい令嬢なんですよね」
「いや、当たり前だろ」
常識的に考えて、公爵令嬢が男言葉で喋り、魔力弾を護衛にぶっ放すようなヤバい奴だとバレたら色々と問題である。スローライフを守るためにも、親の前ではきちんとしていなくてならない。
「そう言えば、ドレスのサイズは測らなくて良いのか?」
生誕パーティーは十日後だというのに、最近体のサイズを測った記憶が一切ない。
「このレイムンドの研ぎ澄まされた眼力にかかれば、ルシア様のサイズなど一目見ればォ“うホェッ! ガハァッ!」
吹っ飛ばされて壁に激突したレイムンドに、容赦なくもう一発魔力弾を撃ち込む。
このままだと、多分十五歳の生誕パーティーでも同じ奇行に走るきがする。
まあ、その頃には解雇されている気がするが。いまだになぜこんな変態が公爵家に雇われているのか、不思議でならない。
「ルシア様、サイズはもう寝ている間に測りましたので大丈夫です!」
「……寝ている間? と言うことは……」
いや、深く考えるのはやめておこう。
「お、そ、そうか。でも、今度からは起きている時にやってくれると、嬉しいよ……? ちなみに、今まで何回くらい測ったんだ?」
「一応奥様には許可を……すいません! 今度はルシア様が起きている間に採寸を致します。そうですね、回数ですか? 全部合わせると大体……ゴニョゴニョ」
お母様……?
「いやもう良い、わかった。変態起きろー」
なんだか、これ以上聞いたら俺の精神がよろしくない気がする。
レイの狂気に少し恐怖を覚えつつ、俺は考えるのを放棄して歩き出した。




