001話 「公爵家の六女に転生した」
転生してから、あっという間に九年という歳月が流れた。
この世界の文化や公爵令嬢としての生活にも、すっかり慣れ親しんだと言っていい。
――言葉遣いだけは未だに直らないけど。
朝の陽光が差し込む長く広大な廊下には、精緻なガラス細工のシャンデリアが幾重にも連なり、壁には著名な画家による名画が飾られている。
朝早くから屋敷を忙しなく立ち回るメイドたちの、一定のリズムを刻む足音が心地よく響いていた。
「「「おはようございます、ルシア様!」」」
「あ……うん、おはよう」
すれ違うメイドが立ち止まり、俺に対して深々と頭を下げる。
忙しいだろうからと『いちいち頭を下げなくても良い』と伝えたこともあるのだが、『メイドとしてそのような無礼は働けません!』と固辞されてしまった。
貴族社会とは、そういうものなのだ。
悲しい。
廊下の大きな窓を開け放つと、鳥たちのさえずりとともに、瑞々しい緑の香りが吹き込んできた。
窓の向こうには広大な庭園が広がり、その中央では大理石のような模様の噴水が涼しげな水しぶきを上げていた。
心地よい風が吹き抜けると、俺の白い髪がふわりと風に靡く。
歩く際に邪魔になるため、肩辺りで短く切り揃えてはいるが、それでも前世の感覚からするとあまりにも長い。
「る、ルシア様ぁー!」
早朝特有の静けさを楽しんでいた俺の背後から、慌ただしい足音とともに一人の女性が迫ってきた。
彼女は俺の教育係兼護衛を担当しているメイドのレイ。
明るい蒼色の髪を揺らす、とても快活で真面目な女性である。
面倒見が良く、懸命に俺のために働いてくれているのだが、生真面目すぎるのが少し問題でもあって。
「はっ……そんなに、私をパーティーに出席させたいのか!」
俺が牽制するように言うと、案の定『ルシア様、また言葉が荒くなっております!』と小言が飛んできた。
男として二十二年、女に転生してからもこの口調で生きて十年。
合計三十二年の染み付いた喋り方は、そう簡単に変えられるものじゃない。
表向きの一人称をどうにか私に矯正できただけでも、自分としては褒めてもらいたいくらいなのだ。
まあ、たまにボロが出てくるが。
「いいえ、ルシア様がどう仰ろうと、本日の生誕パーティーへの参加は絶対ですっ! 主役が不在のパーティーなんて存在しません!」
レイは有無を言わさぬ勢いで俺の服の袖を掴み、強引にどこかへ連行しようとする。
「うわっ、ちょっと、転ぶって!?」
「あっ、申し訳ありません!」
俺が足をもつれさせると、レイはハッとして手を離し、ペコペコと勢いよく頭を下げ始めた。
うーん、この真面目さを見せられると、無下に断るのも気が引ける。
「わかった、わかったよ。パーティーには参加しよう。」
「本当ですかっ!?」
顔をパァッと輝かせるレイ。しかし、俺にも一つだけ絶対に譲れない条件があった。
「だが、フリルのついた過剰なドレスだけは着ないぞ! あんなフリフリのドレスを着るぐらいなら、まだ全裸で行った方がマシだ!」
ドレスを着ること自体に抵抗は薄れてきたが、フリル満載のゴスロリじみた物だけは断固拒否する。流石に、俺の心の奥底に残る男としての尊厳が致命傷を負ってしまう。
「全裸はいけません……うーん、そうですね。それじゃあ、シンプルなデザインのドレスにしましょうか」
「シンプルなデザイン……フリフリは付いていないよな?」
「ええ、もちろんですとも!」
レイの太鼓判に、俺はひとまず安堵の息を吐いた。
十日後に開催されるのは、俺の十歳の誕生日を祝う生誕パーティーだ。
この国では五歳、十歳、十五歳の節目が特に重要視され、王侯貴族を大々的に招いて盛大な宴が催される。五歳の頃に行われたパーティーの記憶は、俺にとって最悪のトラウマだった。
四方八方から押し寄せる見知らぬ貴族たちの愛想笑いや腹の探り合い。
ただでさえ前世からの巻き込まれ体質を思い出して胃が痛いというのに、あの時は全身ピンク色のフリフリドレスを強制的に着せられたのだ。
のんびり気ままに生きたいのに、絶対また面倒事に巻き込まれる気がする。
前世の経験が、俺の脳内に警報を鳴らす。
ただでさえ腹の探り合いが絶えない公爵家だ。十歳ともなれば、見知らぬ貴族から不本意な婚約話でも持ち込まれるかもしれない。
まあ、今から気を病んでも仕方がない。と言うか残りの時間でドレスは作れるのだろうか。
とりあえず、さっさと朝食を――
「ルシアァ様ぁあーーッ! このレイムンドが、ルシア様に相応しい至高のドレスをお持ちしましたゾォ“おお!!」
突如、廊下の角から鼓膜を貫くような奇声が響き渡った。
嫌な予感しかしない方向を見ると、キラキラと無駄に眩しい金髪をなびかせながら、一直線にこちらへ向かってくる変態男の姿があった。
その両手には、どう見ても装飾過多な、フリルとリボンが爆発したようなドレスが山のように抱えられている。
「ちょ、うるさいですよ、レイムンドさん!」
「ハァッ、ハァッ……おや、これは失礼。」
レイの厳しい注意を受け流しながら、レイムンドはいつもような仕草で自身のネクタイを整える。
この変態も俺の教育係兼護衛の一人なのだが、異常なほど癖が強く、事あるごとにレイの悩みの種になっていた。
俺はジト目を向けながら、変態が抱えるドレスの山を指差す。
「おい、変態。その両手に抱えているフリフリドレスはなんだ?」
「お気に召しましたか!? これぞルシア様の美しさを最大限に引き出す、特注の――」
「まさか、私に着ろとか言わないよな?」
「ええ! もちろんでスゥオボェ“!! ガハァッ!?」
――ドゴォン!!
俺は一切の容赦なく、無詠唱で練り上げた魔力弾を放った。
不可視の衝撃波をガッツリ腹部に受けたレイムンドは、美しい放物線を描きながら、大量のフリフリドレスと共に廊下の彼方へ吹き飛んでいった。




