04 王冠を載せる頭を探します
わたくしは、王都神殿の古い記録を開くことにいたしました。
我が国では、王族の血筋だけでは王位に就けません。
神前に置かれた王冠が、次の王を選ぶことになっております。
ユリウス様が王になりたくないというのなら。
そして、王になろうとするたびに逃げ、逃げた先で死ぬというのなら。
問題は、殿下の足元だけではございません。
池の縁に柵を立てても、階段に絨毯を敷いても、酒瓶を遠ざけても、根は残ります。王冠が、殿下の頭の上に落ちてくる限り、あの方はまた逃げ道を探すでしょう。
ならば、調べるべきは王冠です。
王冠が本当にユリウス様を選んだのか。
それとも、誰かがそう見えるように整えたのか。
あるいは、選べる頭をろくに見もせず、一番近くにあった頭へ載せただけなのか。
まずは、そこからです。
もちろん、神殿がすぐに書庫を開いてくださったわけではございません。
閲覧許可を求めるわたくしの前で、神官は扉を半分だけ開けたまま、必要性を問い、時期を問い、最後に声を潜めました。
「本当に、王太子殿下に関わる案件なのですか」
わたくしは微笑みました。
「ええ。王太子殿下に関わる案件です。ですから急いでおります」
扉は開きました。
賢明です。
通されたのは、神殿の奥にある小さな記録室でした。高い窓から細い光が落ち、棚には革表紙の記録が隙間なく並んでおります。
案内役の若い神官は、ユストゥスと名乗りました。いかにも気が進まない手つきで、古い記録を机に置きます。
一冊目を開くと、頁には二つの名が淡々と並んでおりました。
王弟オスカー殿下。反応はなし。
王太子ユリウス殿下。第一候補。
ただの記録です。
けれど、十回分の死亡記録を抱えた身には、その並びを「そうですか」と受け入れる気にはなれませんでした。
逃げない方には反応なし。
逃げる方には第一候補。
たいへん、納得しがたい並びです。
「……王冠のお目は、磨き直したほうがよろしいのでは?」
隣でユストゥス神官が小さく咳をしました。
「その表現は、できれば神殿内では……」
「では、王冠のお目がたいへん節穴でいらっしゃる可能性について、別の表現を考えますわ」
「できれば、考えない方向で……」
「さて、王冠を調べます」
ユストゥス神官は、何か言いかけて、諦めました。
たいへん結構。諦めのよい方は、仕事が早いです。
その日から、わたくしは王冠と神殿に関わる記録を、片端から開き、読んでは写しました。
候補者の名、立会人の署名、儀礼の日付、継承印の写し、王冠の反応を記した短い文。
必要なものは、ひととおり揃っております。
揃いすぎている、とも申せます。
継承とは、本来もっと揉めるものです。血筋、派閥、婚姻、地方貴族の顔色、神殿の都合。そうしたものが絡むなら、余白や言い回しに、誰かの不満や都合が滲んでいて当然です。
それなのに、その記録はあまりにも澄ました顔をしておりました。
オスカー殿下も、王妹筋も、遠縁の王族も、地方へ下った家の名も、もっともらしい理由で頁の外へ追いやられております。
候補外。
血筋薄し。
儀礼対象外。
反応なし。
便利な言葉です。
便利な言葉は、たいてい何かを隠します。
そして、ユリウス様。
第一候補。
「雑ですわね」
「どのあたりがでしょうか」
「本当に、お聞きになりますの?」
ユストゥス神官が目を伏せました。
賢明です。
わたくしは、持参した紙へ候補者の名を写しました。
王冠を載せられる頭は、思ったより多い。少なくとも、ユリウス様ただお一人を玉座へ押し込めるほど、王家の枝は貧しくありませんでした。
「ユストゥス神官」
「はい」
「この候補者たちを、もう一度神前に立たせることはできますの?」
ユストゥス神官は、たいへん答えにくそうな顔をしました。
「……大神官様に、確認を取ってまいります」
「そうなさいませ。できれば、逃げずにお戻りください」
ユストゥス神官は何か言いかけて、やめました。
賢明です。
しばらくして戻ってきた彼は、先ほどより少し顔色を悪くしておりました。
「大神官様のご見解です」
「伺いましょう」
「現行の継承儀礼において、王冠を受ける資格を持つ御方は、王太子ユリウス殿下ただお一人である、と」
記録室が、少し静かになりました。
わたくしは、候補者の一覧を見下ろしました。
王冠を載せられる頭は、ひとつ。
よりによって、王になりたくない方の頭です。
なんとも、筋の悪い話です。
たいへん腹立たしいことに。
「つまり、殿下を玉座から遠ざける道は、神殿の見解として塞がれていると」
「はい」
「たいへん結構ですわ」
ユストゥス神官が、恐る恐る顔を上げました。
「結構、なのですか」
「ええ。王冠を別の頭へ移す道は塞がれました。ならば、王冠そのものではなく、選定の手順を見ます」
わたくしが確かめたいのは、王冠のご意志そのものではございません。その前に、誰が、どの名を、どんな手順で王冠の前へ置いたのかです。
神意とは、たいへん便利な言葉です。便利な言葉は、たいてい人の手を隠します。
わたくしは候補者一覧を畳まず、もう一度、記録の余白へ目を落としました。
「ユストゥス神官」
「はい」
「王冠が他の候補を退けた根拠を見せてくださいませ。選定記録だけでは足りません。候補者の名を神前に置いたときの作法、水盤、七つ名の儀、清めの手順。王冠の前後に置かれた古い儀礼の記録を、洗いざらい」
ユストゥス神官は、口を開きかけて、閉じました。
賢明です。言いたくないものほど、たいてい役に立ちます。
次に見るべきものが、決まりました。
「リーザ」
「はい」
「大神官バルトラム様に面会を申し込みます」
「王冠の周りに置かれた儀礼の記録を、洗いざらい、でございますね」
「ええ。言葉は少しだけ柔らかくなさい」
「承知いたしました」
リーザは一礼しました。
「赤のインクは」
「四本」
「増えましたね」
「神殿が相手ですもの」
わたくしは、候補者一覧を畳みました。
ユリウス様はまだ生きております。王冠も、まだ殿下の頭には載っていない。
ならば、間に合います。
王冠を別の頭へ移せないのなら、殿下をひとりで王冠の下に立たせなければよろしい。
逃げ道を塞ぐのではありません。逃げたいと言える場所を、先に作るのです。
そのために必要なのは、王冠を囲む古い作法でした。
古い祝いの端には、たいてい、表の記録には残らなかったものが沈んでおります。
まったく、手のかかる王太子殿下ですこと。
王冠一つ調べるつもりが、子どもの祝福の水面まで覗き込む羽目になるなんて。




