表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
4/5

04 王冠を載せる頭を探します

わたくしは、王都神殿の古い記録を開くことにいたしました。


我が国では、王族の血筋だけでは王位に就けません。


神前に置かれた王冠が、次の王を選ぶことになっております。


ユリウス様が王になりたくないというのなら。


そして、王になろうとするたびに逃げ、逃げた先で死ぬというのなら。


問題は、殿下の足元だけではございません。


池の縁に柵を立てても、階段に絨毯を敷いても、酒瓶を遠ざけても、根は残ります。王冠が、殿下の頭の上に落ちてくる限り、あの方はまた逃げ道を探すでしょう。


ならば、調べるべきは王冠です。


王冠が本当にユリウス様を選んだのか。


それとも、誰かがそう見えるように整えたのか。


あるいは、選べる頭をろくに見もせず、一番近くにあった頭へ載せただけなのか。


まずは、そこからです。


もちろん、神殿がすぐに書庫を開いてくださったわけではございません。


閲覧許可を求めるわたくしの前で、神官は扉を半分だけ開けたまま、必要性を問い、時期を問い、最後に声を潜めました。


「本当に、王太子殿下に関わる案件なのですか」


わたくしは微笑みました。


「ええ。王太子殿下に関わる案件です。ですから急いでおります」


扉は開きました。


賢明です。


通されたのは、神殿の奥にある小さな記録室でした。高い窓から細い光が落ち、棚には革表紙の記録が隙間なく並んでおります。


案内役の若い神官は、ユストゥスと名乗りました。いかにも気が進まない手つきで、古い記録を机に置きます。


一冊目を開くと、頁には二つの名が淡々と並んでおりました。


王弟オスカー殿下。反応はなし。


王太子ユリウス殿下。第一候補。


ただの記録です。


けれど、十回分の死亡記録を抱えた身には、その並びを「そうですか」と受け入れる気にはなれませんでした。


逃げない方には反応なし。


逃げる方には第一候補。


たいへん、納得しがたい並びです。


「……王冠のお目は、磨き直したほうがよろしいのでは?」


隣でユストゥス神官が小さく咳をしました。


「その表現は、できれば神殿内では……」


「では、王冠のお目がたいへん節穴でいらっしゃる可能性について、別の表現を考えますわ」


「できれば、考えない方向で……」


「さて、王冠を調べます」


ユストゥス神官は、何か言いかけて、諦めました。


たいへん結構。諦めのよい方は、仕事が早いです。


その日から、わたくしは王冠と神殿に関わる記録を、片端から開き、読んでは写しました。


候補者の名、立会人の署名、儀礼の日付、継承印の写し、王冠の反応を記した短い文。


必要なものは、ひととおり揃っております。


揃いすぎている、とも申せます。


継承とは、本来もっと揉めるものです。血筋、派閥、婚姻、地方貴族の顔色、神殿の都合。そうしたものが絡むなら、余白や言い回しに、誰かの不満や都合が滲んでいて当然です。


それなのに、その記録はあまりにも澄ました顔をしておりました。


オスカー殿下も、王妹筋も、遠縁の王族も、地方へ下った家の名も、もっともらしい理由で頁の外へ追いやられております。


候補外。


血筋薄し。


儀礼対象外。


反応なし。


便利な言葉です。


便利な言葉は、たいてい何かを隠します。


そして、ユリウス様。


第一候補。


「雑ですわね」


「どのあたりがでしょうか」


「本当に、お聞きになりますの?」


ユストゥス神官が目を伏せました。


賢明です。


わたくしは、持参した紙へ候補者の名を写しました。


王冠を載せられる頭は、思ったより多い。少なくとも、ユリウス様ただお一人を玉座へ押し込めるほど、王家の枝は貧しくありませんでした。


「ユストゥス神官」


「はい」


「この候補者たちを、もう一度神前に立たせることはできますの?」


ユストゥス神官は、たいへん答えにくそうな顔をしました。


「……大神官様に、確認を取ってまいります」


「そうなさいませ。できれば、逃げずにお戻りください」


ユストゥス神官は何か言いかけて、やめました。


賢明です。


しばらくして戻ってきた彼は、先ほどより少し顔色を悪くしておりました。


「大神官様のご見解です」


「伺いましょう」


「現行の継承儀礼において、王冠を受ける資格を持つ御方は、王太子ユリウス殿下ただお一人である、と」


記録室が、少し静かになりました。


わたくしは、候補者の一覧を見下ろしました。


王冠を載せられる頭は、ひとつ。


よりによって、王になりたくない方の頭です。


なんとも、筋の悪い話です。


たいへん腹立たしいことに。


「つまり、殿下を玉座から遠ざける道は、神殿の見解として塞がれていると」


「はい」


「たいへん結構ですわ」


ユストゥス神官が、恐る恐る顔を上げました。


「結構、なのですか」


「ええ。王冠を別の頭へ移す道は塞がれました。ならば、王冠そのものではなく、選定の手順を見ます」


わたくしが確かめたいのは、王冠のご意志そのものではございません。その前に、誰が、どの名を、どんな手順で王冠の前へ置いたのかです。


神意とは、たいへん便利な言葉です。便利な言葉は、たいてい人の手を隠します。


わたくしは候補者一覧を畳まず、もう一度、記録の余白へ目を落としました。


「ユストゥス神官」


「はい」


「王冠が他の候補を退けた根拠を見せてくださいませ。選定記録だけでは足りません。候補者の名を神前に置いたときの作法、水盤、七つ名の儀、清めの手順。王冠の前後に置かれた古い儀礼の記録を、洗いざらい」


ユストゥス神官は、口を開きかけて、閉じました。


賢明です。言いたくないものほど、たいてい役に立ちます。


次に見るべきものが、決まりました。


「リーザ」


「はい」


「大神官バルトラム様に面会を申し込みます」


「王冠の周りに置かれた儀礼の記録を、洗いざらい、でございますね」


「ええ。言葉は少しだけ柔らかくなさい」


「承知いたしました」


リーザは一礼しました。


「赤のインクは」


「四本」


「増えましたね」


「神殿が相手ですもの」


わたくしは、候補者一覧を畳みました。


ユリウス様はまだ生きております。王冠も、まだ殿下の頭には載っていない。


ならば、間に合います。


王冠を別の頭へ移せないのなら、殿下をひとりで王冠の下に立たせなければよろしい。


逃げ道を塞ぐのではありません。逃げたいと言える場所を、先に作るのです。


そのために必要なのは、王冠を囲む古い作法でした。


古い祝いの端には、たいてい、表の記録には残らなかったものが沈んでおります。


まったく、手のかかる王太子殿下ですこと。


王冠一つ調べるつもりが、子どもの祝福の水面まで覗き込む羽目になるなんて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ