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05 王殺しの呪いと、黒い瞳の巡り人

王冠は殿下ただお一人を選ぶ。


少なくとも、神殿の記録と見解はそう告げておりました。


ならば次に見るべきは、王冠を囲む古い儀礼です。


「王冠の示した答えではなく、その答えに至るまでの作法を拝見します。七つ名の儀、名映し、清めの水盤、候補者を神前に置いた際の記録――残っているものを、すべて」


横に控えていたユストゥス神官が、息を殺したつもりでいるのが分かります。あまりお上手ではございません。


リーザは、わたくしの後ろに控え、赤のインクと紙を載せた盆を静かに支えておりました。


バルトラム様は、石壁のようなお顔でわたくしをご覧になりました。


「王冠の選定記録は、すでにお見せしました」


「ええ。拝見しました」


「王弟オスカー殿下に反応はなく、王太子ユリウス殿下が第一候補。それ以外に必要なことがございますか」


「はい。それだけでは分からないことがございますの」


バルトラム様の目が、ほんの少し細くなります。


「王冠の選定を疑うのですか」


「疑うためではございません。確かめるためですわ」


わたくしは、扇の陰で、礼法どおりの微笑みを返しました。


「大神官様。王冠の答えを信じるためにも、手順を確かめたいのです。信じることと、確かめないことは別ですわ」


バルトラム様は黙りました。


その沈黙を、わたくしは異議なしの一歩手前と受け取りました。


「選定に立ち会った神官の手控え、候補者の名を神前に置いたときの記録、継承印の写し。もし残っているなら、名映しや清めの水盤に関わる古い作法も」


「王冠と直接関係のない祭具記録も混じります」


「望むところですわ」


「古い周辺記録は、整理されていません」


「なおのこと結構です」


バルトラム様は、そこで初めてユストゥス神官へ目を向けました。


「王冠周辺の古い記録を用意しなさい。継承印の写し、七つ名の儀と清めの水盤に関する書付、選定に立ち会った神官の手控えもです」


「……承知いたしました」


ユストゥス神官が一礼したところで、バルトラム様はわたくしへ視線を戻しました。


「ただし、持ち出しは許可できません。閲覧はこの部屋に限ります」


「もちろんですわ」


しばらくして、ユストゥス神官が紙束を抱えて戻ってまいりました。


記録を机に置くと、彼は部屋の隅へ下がり、手控えを取る姿勢で控えました。


運ばれてきた記録は、王冠のものよりずっと雑多でした。


水盤の清め、名を神前に示す儀礼、旅立ちの水面、葬送の写し。紙の大きさも筆跡もばらばらで、まとめた神官の根気だけは評価して差し上げてもよろしい出来です。


わたくしは紙束を机に広げ、王冠、名、水面、葬送と旅立ちに分けました。


「ずいぶん細かく分けますね」


「細かく分けないから、神殿の棚は迷宮になるのです」


ユストゥス神官は黙りました。


賢明です。


その途中で、ひときわ物騒な見出しが目に留まりました。


王殺しの呪い。


わたくしは、そこで手を止めました。


「大神官様」


「何です」


「神殿は、ずいぶん刺激的な見出しをお使いになりますのね」


「古い記録です。現在の教義では、そのようには扱っておりません」


「では、現在は何と?」


バルトラム様は、ほんの少しだけ視線を落としました。


王殺しの呪い。


その下に、別の筆で小さく書き直した跡があります。


巡り人。


本文はそこで途切れておりました。


「この先は?」


「残っている本文は、そこまでです」


「それは本文が失われたという意味ですか。それとも、最初から誰かが続きを書けなかったという意味ですか」


「分かりません」


バルトラム様は、石壁のようなお顔のままおっしゃいました。


「ただ、その断片だけは、代々の神官が写し直して残してきたようです」


古い筆跡の横に、別の時代の筆跡が添えられています。さらにその脇に、もう一つ。


本文へは入れられず、かといって捨てることもできなかったのでしょう。


捨てるな。


写せ。


次へ渡せ。


意味が分からなくても、伝えよ。


わたくしは、その短い言葉を見下ろしました。


良い言葉です。


完璧とは申しませんが、少なくとも、何も分からないものを勝手に燃やす愚か者よりは百倍ましです。


さらに、別の紙片が綴じ込まれておりました。そこには、ひどく小さな字で、別の筆跡が残っております。


『私の目は、この色ではない。


夜の底のような色ではない。


母と同じ、春の森の色だった。』


その一文から、目を離せませんでした。


母と同じ。


たったそれだけの言葉で、胸の奥に置き忘れていた箱の鍵を、勝手に回されたような気がしました。


たいへん不愉快です。


わたくしの記憶ですのに。


わたくしの顔ですのに。


どうして、わたくしがすぐに答えられませんの。


わたくしは、無意識に自分の目元へ指をやりました。


今のわたくしの目は、黒です。


見慣れてしまった、夜の底のような色。


父の目は青で、兄も同じ色。母の目は榛色。


言えます。


では、わたくしは。


一周目のわたくしの目は、何色でしたか。


答えられませんでした。


ぞっとしました。


そのことに、紙を破きたくなるほど腹が立ちました。


「エーレンフェルト嬢」


バルトラム様の声が、低く落ちました。


「王冠の選定は、覆りません」


「……ええ。神殿がそこを覆すおつもりはない、ということは分かりました」


わたくしは、王殺しの呪いと見出しのついた古い写しへ目を落としました。


「ですが、別のものを見つけました」


バルトラム様は、何もおっしゃいませんでした。ただ、続きを促すように、静かにわたくしをご覧になります。


「巡り人です」


バルトラム様の目が、わずかに細くなりました。


「その名を、何のおつもりで口にされる」


「巡り人を見つけたと、そう申し上げましたの」


わたくしは扇を閉じ、その先をそっと自分の胸元へ添えました。


「ここにおります」


香の煙が、そこで折れたように見えました。


「……あなたが」


「ええ」


わたくしは微笑みました。


膝は震えておりません。震えたところで、扇と裾で隠しますけれど。


「十回、戻りました。王太子殿下は十回死に、王国は十回壊れ、わたくしも十回死にました。そして今、十一回目の婚約破棄を受けたところです。たいへん不愉快な経験でしたので、今回もまた訪れるはずの、十一度目の破滅は避けたいと考えております」


ユストゥス神官が、声にならない息を漏らしました。


バルトラム様は動きませんでした。石壁のようなお顔のまま、ただ声だけが低くなります。


「王殺しの呪い、と記録にはあります」


「ええ」


「ならば、問わねばなりません。あなたは、王太子殿下を害したのですか」


わたくしは、扇を膝の上で閉じたまま答えました。


「そのような真似は、いたしておりません」


「証明できますか」


「残念ながら、今この場で差し出せる証はございません」


「では、神殿としては、あなたを警戒せざるを得ません」


「そのご判断は、たいへん妥当ですわ」


ユストゥス神官が、今度こそ手控えの筆を止めました。


「妥当、なのですか」


「ええ。王を殺した者が時を巡るなどという記録を前にして、疑わないほうがどうかしております」


バルトラム様は、石壁のようなお顔のまま、扉の方へ目を向けました。


「必要であれば、あなたにはこのまま神殿に留まっていただくことになります」


部屋の空気が、一段冷えたようでした。


ユストゥス神官の喉が、小さく鳴ります。


リーザの手が、赤インクの瓶の横で止まりました。


なるほど。


巡り人を名乗った途端、わたくしは救国の協力者ではなく、王殺しの容疑者になったわけです。


たいへん結構。


疑われること自体は、問題ではございません。


問題は、神殿がそれで安心してしまうことです。


わたくし一人を閉じ込めれば、王殺しの呪いを封じたつもりになれるのでしょう。


たいへん分かりやすい判断です。


そして、たいへん足りない判断です。


この書付を残した誰かがいました。


わたくしで最後だと、どうして言い切れますの。


神殿は、まだ一度も考えておりません。


次の誰かが、同じ水面を覗き込んだときのことを。

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