第七章 第四部:それぞれの道
-小谷の村-
自衛隊は、小谷の村から静かにその痕跡を消していった。
戦に備えて展開していた通信機器も、村の周囲に張り巡らせた罠も、一つずつ撤去した。見張り用に設けられていた小屋の中の仮設拠点も撤収し、重火器や弾薬はすべて輸送車に搭載した。
宮本が供与した現代の医薬品、防寒具、金属工具――この時代には過ぎたものは、すべて回収の対象となった。最後に、撤収作業を終えた常駐隊員たちが輸送車に乗り込むと、ディーゼルエンジンの低い唸りが村に響き渡った。
『全車、出発。駐屯地へ帰還する』
無線で報告を送ると、輸送車は村人たちに見守られながら、ゆっくりと土煙を上げて走り去った。
未来に繋がるものは、一切この地に残さない。それが、彼らが自らに課した鉄の掟だった。
だが、形あるものが引き払われるなか、残ったものがある。
どの草をどうやって処理したら腹を下した者に効き、熱を下げる薬になるか。出血したらどう縛れば止血できるか、傷口には何をすれば化膿を防げるか。
登山客の老婦の安藤が伝え、衛生課の佐野が指導した知識は、村の知恵として深く根付いた。今では誰かが倒れたと聞けば、年長の女たちが自然と集まり、手際よく生薬を煎じて清潔な布を巻く。
また、供与された工具で修理した農具や家や柵、あるいは自衛隊が整えた通路や倉、畑も村に残り、その生活を支えた。
そこへ、新しく村の一員となった者がいる。 駐屯地から釈放され、この地で生きることになった“巨漢の男”だ。 難しい話は理解できず、繊細な作業を任せれば必ず失敗してしまう。だが、丸太を軽々と担ぎ上げ、畑を一日中耕し続け、壊れた柵を力任せに直していく。疲れを知らず、お願いされれれば素直話を聞いた。かつては暴力の道具として扱われていた彼が、今は誰かを助けるためにその剛腕を振るっていた。
「おーい、こっちも手伝ってくれ!」
村人に呼ばれて、子供のような無邪気な笑顔で駆け寄っていく。村の子供たちは、すぐにこの大きな男に懐いた。肩車をせがみ、大きな手を引いて村中を走り回る。男のあげる楽しげな笑い声は、今や村の日常の一部となっていた。
北領に組み込まれたことで、“徴兵の圧”は目に見えて減った。これまで南領主に徴兵されていた若者たちが戻ってきたが、再び北領主に徴兵されることはなかった。若者たちは鍬を握り、家を直し、夕暮れ時には村のあちこちから活気ある笑い声が聞こえるようになった。
小谷の村には、北領主から新たな役目が与えられた。
駐屯地へ向かう者を見張り、止めること。
村に駐在する北領の役人に必要な便宜を図ること。
北領からの支援物資を確実に駐屯地に届けること。
その見返りとして、村の“徴税”は免除され、それどころか僅かながら支援金も与えられた。それは決して贅沢を許す額ではない。だが、飢えを恐れず冬を越し、子を慈しみ、来年のを考えるだけの“余裕”を村にもたらした。
現代の技術は、もうここにはない。 それでも村には確かな希望が芽生え、その暮らしには少しずつ余裕が生まれ、村民には徐々に笑顔が広がっていった。
村人たちが、駐屯地に北領からの支援物資を届け、隊員たちと交流していく。心からの笑顔で談笑するその輪の中に、宮本の姿があった。
やがて村人達が村に帰っていく。宮本は、黙ってその背中を見送っていた。
(……これで、良かったんだな)
胸の奥に沈んでいた重苦しさが、ほんの少しだけ、薄らいだ気がした。
-北の領地-
新しい北領主、葛城のもとで、領地経営は抜本的な改革が進められていった。
戦を整理し、“領地の拡大”よりも今ある領地・領民を豊かにする。それが、葛城の掲げた方針だった。
侵略に使われていた戦力の一部は解放し、一部は防衛へと回される。防衛力は以前より強化されたが、侵略のため自ら戦を仕掛けることはない。戦に使われていた資金も内政に集中投下され、農地を整え、製造業を興し、流通を整備する。
その変化は、ゆっくりと、しかし確実に領地の景色を変えていった。税収は安定的に増加し、治安は落ち着き、領民の表情からは悲壮感が消え、活気が戻って笑顔が広がっていった。
こうして、北領は長きにわたる安定と繁栄を極めていった。葛城は、かつてない“善政”を敷いた名君として領民に慕われ、後世まで語り継がれることになる。その妻子もまた、争いに怯えることなく、豊かに暮らした。
戦後賠償の名目で、北領から駐屯地には米や食料、日用品が継続的に届けられた。
葛城は時折、供を連れて自ら駐屯地を訪れた。表向きは領地の状況や不干渉施策の状況報告。そして駐屯地の現状確認であった。
だが、彼の真の目的は別にあった。
内政に行き詰まったとき、葛城は決まって駐屯地へと足を運んだ。 そこで彼は、自衛隊に相談を持ちかけていた。領地を盛り上げる方法、効果的な防衛、防災、災害時の対応、急増する転居希望者への対処、あるいは“間諜”の見抜き方とそれへの対応まで、相談の内容は多岐にわたっていた。
隊員たちは、最初は歴史への干渉を嫌い、相談への“助言”を避けた。
しかし、葛城が彼らの事情を踏まえ、巧みな話術と、“あくまで想定上の話として”という絶妙な口実で問いを続けると、隊員たちの頑なな態度も次第に軟化していった。 特に、歴史マニアの橋谷が、徐々に葛城の話にのめり込んでいく。
過去の事例、領地経営の失敗と成功、似た状況で取られた選択。
橋谷を中心とした隊員たちと葛城の歴史談議は熱を帯びていく。
そして、葛城の巧みな話術で話に乗せられた橋谷が時代背景を超えた知識を漏らしそうになるたび、伊藤が冷や汗をかきながら食い止めるのが恒例となっていた。
葛城は葛城で、得られた知見を“助言”として持ち帰り、領地経営に生かしていった。だが、この時代の技術水準に合わない建築法や治水法など、“歴史を歪める”と疑われたものは自主的に採用を見送った。
こうして豊かさと防衛力を増した北領は、他領に対する無言の“牽制”となり、不要な摩擦を未然に防ぐ楯となった。
結果として、それが駐屯地への干渉を防ぎ、現代人たちの存在を隠し続けることにつながっていった。




