第七章 第二部:戦後処理-痕跡
白峰駐屯地は、少しずつではあるが騒乱の余韻を払い、落ち着きを取り戻しつつあった。
そんな折、作戦会議室にて今後の指針に関する会合が開かれた。
薄暗い室内で、未来人の日下部が操作する端末の光だけが、彼の顔を青白く下から照らし出している。
「大規模な未来改変――つまり、歴史の本流が大きく変わってしまうような、あるいは生存する人物構成が根本から書き換わってしまうような極端な事態は、現時点では回避されています」
誰かが小さく、息を吐いた。 だが、ここで安堵するのは時期尚早だった。
「ただし、依然として無視できないレベルの“未来改変”が残存しています。小谷の村へ供与した支援物資や設置した設備、通信機器。先の戦闘で大破した攻撃ヘリ、そして飛び散った機器の部品。これらが後世に遺物として残り、歴史にとって無視できないノイズとなります。さらに、今後も他勢力が我々の存在を察知し、この地に干渉してきます。そのなかで漏れたこの基地の技術や情報、物品もまた、大きなノイズを引き起こします。それらの連鎖が、未だ未来を歪め続けているのです」
「まだ、終わってはいなかったということか」
外山の言葉に、日下部が静かに頷く。
「結果として招かれるのは、技術発展の“異常な前倒し”です。数百年単位で文明が加速し、しかしそれを受け止めるべき倫理や法秩序は追いつかない。我々や駐屯地、そこから漏れた知見を狙って、本来存在しなかった小さな争いが散発し、本来死ななかったはずの命が失われる。そうなれば、やはり未来の人員構成にも無視できない変質を生じてしまいます」
静まり返った室内で、その言葉だけが重く沈んでいく。
「未来というものは、一度軌道を外れれば、そのズレは徐々に拡大し、修正は難しくなる。いわゆる“バタフライ効果”というやつです。我々は今、まさにその入り口に立っています」
隊員たちは、その言葉の重みを理解した。
現代技術の痕跡を、この時代に決して遺してはならない。
この駐屯地から一片たりとも外へ漏らしてはならない。
この時代の人々に、未来文明の存在を知られてはならない。
この駐屯地がいつか歴史という地層に埋もれるとき、そこには現代文明の痕跡など微塵も残っていないことが絶対条件なのだ。
「方針を決める」
重苦しい沈黙を切り裂き、外山が口を開いた。
「この時代に、我々の文明の種を一切遺さない。たとえそれが、我々の首を絞めることになってもだ」
その峻烈な決断に、居合わせた全員が声もなく深く頷いた。
最初に決まったのは、“文明の回収と抹消”だった。 破壊された攻撃ヘリの残骸、まき散らされた部品、戦闘の痕跡である空薬莢や弾丸に至るまで、回収可能なものはすべて拾い集める。
小谷の村に提供した物資や設置機材も、例外なく全て引き上げることが決定した。
回収された物品のうち、再利用不能なものは、破壊・焼却・溶解といった工程を経て、完全に処分する。 形状も、素材の組成さえも、この時代にあって意味を持たない状態にまで徹底的な処分をする。
だが、現実はそう単純ではない。
防衛のための火器。 生活基盤を支える重機や設備。 そして、仲間の命を繋ぐ医療品や通信機器。
それらをすべて捨て去れば、この過酷な時代を生き延びること自体が危うくなる。だから、
「利用可能なものは処分保留とし、取り扱いを厳密に定める」
外山が結論を提示した。
「駐屯地内部でのみ使用し、外部への露出は一切禁ずる。現存する機材は徹底したメンテナンスと修理、転用で延命を図り、後世にわたって使用可能とするが、利用不能となったもの、不要となったものは必ず同じように完全処分する。そして――いつかこの駐屯地がその役目を終えるときには、この地には未来の痕跡を一切残さないものとする」
その方針に、全員が同意した。
それでも、兵器の装甲をはじめ、どうしてもこの時代の技術では物理的に破壊できないものも少なくない。それらについては、北領のさらに先――人が決して寄り付かない断崖の先の海洋へと投棄することになった。 その場所は現代でも閑散としているうえ、崖下の海は深く、波も荒く、人に発見される可能性は極めて低い。それよりも前に、いずれすべてを腐食し、跡形もなく崩れ去ってしまうだろうとの判断だった。
作業は即座に開始された。
原型を失った攻撃ヘリは、隊員たちの手で丁寧に“解体”されていく。使える部品は回収され、残りは焼却や溶解が進められる。それが不可能な装甲や部材は、いったん駐屯地の一角に設けた廃棄場へと積み上げられていった。
小谷の村では無線機器が撤去され、分け与えられた医薬品や防寒具、工具が返納されていった。村人たちは、これらの先進文明に触れたことが今回の襲撃の一因となったと説明されると、素直に協力してくれた。
駐屯地周辺、村周辺、そして北領主の館の庭では、隊員たちは地面を這うようにして目を凝らし、空薬莢や弾丸を拾い集めた。気が遠くなるような作業だったが、手を休める者はいない。だが、予想通り、弾丸はほとんど見つからなかった。高速で着弾し跡形もなくはじけてしまったものもあるだろう。村人と北の領主には、今後空薬莢や弾丸を見つけたら、回収に行くので取っておくように依頼した。
こうして、二つある課題のうち一つ――“未来の痕跡の排除”については、今できる限りの対処を完遂した。
残されたもう一つ。 この時代に蠢く諸勢力の野心から、いかにして干渉を絶ち、生きていくか。
難題はこれからだった。




