第六章 エピローグ:民草の国、新生の朝
私の名は葛城兼遠。
この北の地、越嶺の領地で“勘定頭”を務め、財と税の差配を預かってきた者だ。
産まれは武家であった。 だが、武芸は人並み。代わりに幼い頃から書を読み、数を扱うことを好んだ私は、勘定方の役目に回された。 それは、戦国のこの時代、戦で手柄を立てられぬ木っ端武者の行き着く先でもあった。
だが、私はそこで才を示した。 米の出入りを正し、無駄な支出を徹底して抑え、徴税を平準化する。領民が明日を思い煩わずに済むよう、ただ実直に努めた。 その結果、領民からは感謝され、役人としても順調に昇進を重ねた。
――ただし、それは“民のために”動いた限りでの話だ。
領主や重臣に対し、私は幾度も進言し、時に真っ向から反論した。
“無駄”や“杜撰”の陰で甘い汁を吸っていた者からは目をつけられた。
軍事費の膨張は民を痩せさせる。度重なる城の増築や改修は倉を空にする。
徴税も徴用も限界を超え、民は疲弊し、地方の集落は衰退を続けている。
『支配を広げる前に、まず今ある地を富ませるべきだ』私はそう説き続けた。
だが、その声は疎まれた。戦国の世において、“支配の拡大”こそが力の証明。民を思う言葉は、弱腰の戯言と見なされた。
昇進は止まり、重要な情報は入らなくなり、私は次第に冷遇されるようになった。
この国の在り方に、私は深い疑問を抱いていた。
国とは、単なる土地ではない。城でも、軍でもない。そこに暮らす民こそが、国そのものであるはずだ。
民のために領地を広げるなら道理はある。だが、領地を広げるために民を使い潰すのは、本末転倒の極みであった。
そんな折に持ち上がったのが、南領侵略の話だった。
貧しく、取るに足らぬ土地。それが、あの信峰の領地の評価だった。そこに現れた得体の知れぬ繁栄を謳歌する村と、正体不明の集団。
『奴らが持つ“何か”を奪えば、この国はさらに強くなる。数で押せば容易い――』
重臣たちは、己の欲望を隠そうともせず得意げに語った。
私は言った。数で押せば勝てるなどという楽観は危うい。根拠がない。断じて賛成はできない、と。
だが、やはり相手にされなかった。私自身も、彼らを止めるに足る“確たる判断材料”を提示できなかったのだ。
そして、襲撃は実行された。
結果は、惨憺たるものだった。
敵の怒りを買い、その日のうちに彼らはこの地に現れた。そして、我が主である領主は――あまりにあっけなく、死んだ。
いや、あれは怒りに任せた報復などではない。こちらの狙いも、人員も、動きも、何もかも、すべてが見透かされていたのだろう。それほどまでに、彼らの動きは冷静で、鮮やかで、一切の無駄がなかった。
もし、怒りに任せた凶行であれば、彼らはこの屋敷の、あるいはこの町のすべてを破壊し尽くしたはずだ。それだけの圧倒的な武力があることは明白だった。
だが、彼らはそうしなかった。 領主だけを確実に討ち、他は相手にもしない。それだけの“余裕”があったのだ。
――やはり、決して手を出してはいけない相手だったのだ。
重臣の誰もが恐怖と絶望に染まるなか、一人、冷ややかにそんなことを考えていると、集団の一人に呼びかけられた。
地面に転がる、もはや言葉も発さぬ首だけとなった領主を一瞥する。
空を見上げれば、領主を屠った巨大な“鉄の塊”が、不気味な威圧感を放ちながら浮かんでいる。
(ここまで、か……)私は静かに目を閉じた。
(妻と子を残して逝くことになるのは、申し訳ない。だが、これも乱世の定めだろう。
願わくば――
これからこの地を治める彼らが、あの小谷の村のように、領民が、妻が、子が、穏やかで幸せに暮らせる地を作ってくれますように)
そう祈りを終えて目を開き、示された方へと重い足を運んだ。
だが。
呼ばれたのは、投獄のためでも、処刑のためでもなかった。
彼らは自らを“自衛隊”と名乗った。 驚くべきことに、彼らはただ静かにあの地で暮らしたいだけで、この地を支配する野心など微塵もないという。むしろできれば干渉も避けたい。ただ、継続的にこの領地の状況は把握しておきたいのだと。
そして、彼らは静かに告げた。
「この地の統治を、あなたに任せたい」
言葉を失った。
「考える時間が欲しい」
そう、絞り出すように伝え、捕縛されることもなく解放された。
その夜は、一睡もできなかった。
朝、妻が心配そうに私の顔を覗き込む。
疲れた頭で、今日も主を失った館に出向くと、部下たちからも案じられた。 さらには自衛隊の者にまで気遣われ、休むように命じられる始末だ。
館に用意された布団に横になり……気がつくと、すでに夕刻であった。
帰宅する前、私は再び彼らと話をした。 彼らからは、私の決心を待つこと。もし断るならば、代わりの者を立ててほしいこと。 そして、家族とよく話し合うように、と伝えられた。
その夜、子供らが眠りについた後、すべてを妻に打ち明けた。
彼女は、少しも迷わなかった。
「あなたしかいません。あなたなら、きっとここは良い領地になる。そのために、私が精一杯支えます」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で、澱んでいた何かが晴れた。
翌朝。
私は彼らの前に立ち、領主の座を引き受けることを伝えた。
これから、想像を絶する困難が待ち受けているだろう。
だが――
民のための国を作る機会が、ようやく巡ってきたのだ。
重い責任を背負いつつも、私は、今までにない清々しく新しい朝を迎えた。




