第六章 第十一部:決戦 ― 鉄の嵐、空を統べる
領主の館。
甲高い駆動音を上げながら広間を高速で旋回する“異形の飛行物体”を前に、誰もが言葉を失い、呆然と立ちすくんでいた。
「――殿!」
遅れて、警備の兵が外から襖を蹴破るようにして飛び込んでくる。 その警備の隙間を、待っていたかのようにドローンたちが鮮やかにすり抜けた。
「外だ!庭へ出ろ!」
誰かの叫び声を合図に、武士も重臣も、領主までもが庭へと雪崩れ出る。その飛行物体を追うように、あるいは未知の恐怖から逃げるように。
『――バババババババババ……!』
庭に出た彼らを迎えたのは、空気を震わせ、腹の底を打つような音だった。
「な……何の音だ……?」
突如として風向きが変わる。
猛烈な下降気流が砂と枯葉を巻き上げ、庭の銘木を無慈悲に揺さぶった。
天気は晴れているのに辺りには影が差している。
誰かが空を見上げ、次の瞬間、絶望に顔を歪ませる。
天を覆っていたのは――。
高速で回転する巨大な“刃”。 吹き荒れる暴風。 巨大な鉄の塊が三つ、嵐を従え、大音響とともに空に浮かんでいた。
「……ば、化け物……」
悲鳴とも呟きともつかぬ声が、あちこちから漏れる。
――時は少し遡り、北の城下町へ向かう攻撃ヘリのコックピット。
ヘッドセット越しに、無線が流れる。
『こちら駐屯地本部、作戦完了』
『こちらの被害は……パイロット二名、重傷......攻撃ヘリ一機が大破』
『敵大将を殺害し敵の降伏が進むなか、降伏を装った敵兵3名ががヘリを降りて作業中の隊員を背後から切りつけ、ヘリの強奪を図った』
『現在、負傷者は医務室へ搬送中。強奪を図ってヘリに乗り込んだ敵兵二名は、ヘリとともに排除した』
『その他、敵側の状況は……』
その後の報告はうわの空だった。
操縦桿を握る手が、白くなるほどに震える。 歯を、食いしばる。
(あいつらが……)
白峰駐屯地のヘリはわずか四機。 予備を含めても、パイロットは十名しかいない。
――今日、あちらの攻撃ヘリに搭乗していたのはあの二人……鮮明に顔が浮かぶ。
基地内ですれ違えば軽口を叩き合い、整備待ちの退屈な時間には、他愛もない話で笑い合っていた仲間たち。
それが。
背後から。
卑劣なやり方で。
「……っ」
深く、深く息を吸い込む。
そして、一気に吐き出した。
(感情は――後だ。だが、必ず落とし前はつけさせてやる)
操縦桿を握る手に、否応なく力がこもる。
――そして現在、領主の館上空。
眼下の庭には、豪奢な衣を纏った男が呆然とこちらを見上げている。 斥候隊の報告と一致する。あれが、にっくき領主、諸悪の根源だ。そして、周囲を囲むのは重臣たちだ。間違いない。
「……目標、北領主確認」
ヘッドマウントディスプレイ越しに、標的を射抜くように睨みつける。 こみ上げる怒りを理性で押し殺し、努めて冷静に。
安全装置を解除。
チェーンガンのトリガーを、一気に押し込む。
『ダァッ!』
短く、乾いた音。
次の瞬間、領主の身体ははじけ飛び、その首が転がった。
「「「ひ、ひいいいぃっ!」」」
庭は一瞬にして悲鳴に満たされた。
あまりに圧倒的で、あまりに凄惨な光景。家臣の多くは戦う意志どころか、立つ力さえ失って腰を抜かした。
『こちら攻撃ヘリ。領主を排除』
『引き続き作戦を続行する』
輸送ヘリと作戦本部に通達し、攻撃ヘリはホバリングを維持したまま威圧を続ける。 わずかでも不審な動きがあれば、即座に次の一弾を叩き込める距離だ。
その時、家臣のひとりが館の門へと一目散に駆け出した。逃がすわけにはいかない――退路を断つべく、照準を定めて発射スイッチを押す。
次の瞬間、放たれたミサイルが空気を裂き、門へと一直線に突き刺さった。轟音とともに門は爆ぜ四散する。そこにあったはずの出口は、跡形もなく消え失せ瓦礫の山と化した。爆風に巻き込まれた家臣は地を転げ、何度も無様に身体を打ちつける。
やがて動きを止めたとき、その目に生気はなく――ただ、壮絶な破壊力への恐怖のみが写っていた。彼は立ち上がることすら叶わず、その場に崩れ落ちたまま完全に腰を抜かしていた。
輸送ヘリの拡声器から、警告の音声が響き渡る。
『地上の者たちに告ぐ。その場を動くな。従う限り危害は加えない』
正直に言えば――このまま、すべてを撃ち尽くしてやりたかった。
チェーンガンも。
ロケットも。
ミサイルも。
仲間を傷つけたこいつらを、この手で、圧倒的な武力をもって殲滅してやりたかった。
だが、憎しみは憎しみを産むだけで何も解決しない。 戦争は拡大するばかりだ。それは最も避けなければならない“最悪の選択肢”であると、彼らは厳しく叩き込まれてきた。
(耐えろ……冷静になれ)
奥歯を噛み締め、爆発しそうな感情を理性の檻に閉じ込める。
輸送ヘリのハッチが開き、ロープが投下された。隊員たちが、次々と地上へと降下していく。
ドローンの映像を確認する斥候隊と無線で連携し、重臣を一人、また一人と迅速に拘束していく。逃げようとする者には攻撃ヘリで威嚇射撃すれば腰を抜かし、刀を振り上げた者には、地上部隊が正確な射撃で手足の自由を奪った。
感情を押し殺し、淡々と、機械的に作戦を完遂させる。
そんな家臣たちの中に、怯えるでもなく、絶望に沈むでもなく、憎悪するでもなく、ただ凛として佇む一人の男がいた。
「葛城兼遠様ですね。……あちらへ」
確認し、束縛することなく小隊長の待つ庭の片隅を手で示した。それはまるで“客人”を扱うかのような丁重な振る舞いだった。
葛城は、泥にまみれて転がる領主の首を一瞥し、
空を見上げ、
そして――静かに、目を閉じた。
再び目を開けたとき、彼は迷いのない足取りで、ゆっくりと、指示された場所へと歩き出した。
自衛隊の強襲部隊の大半は、葛城とともに屋敷に残った。 捕縛された家臣たちは屋敷の牢へと押し込められた。 駐屯地で捕らえた敵将の配下も、以前の威力偵察で捕縛した十人も、追ってこの牢へ送られることになる。
残る部隊は領主の死体を回収し、城下町郊外の開けた場所に降着した輸送ヘリへと運び込んだ。 長らく敵地の監視任務を続けてきた斥候部隊も合流し、ヘリは再び空へと舞い上がる。
城下町から“嵐”は去った。
――これで。
ようやく。
この戦は、終わりを告げた。




