第六章 第十部:決戦 ― 静かな丘からの小さな侵略
白峰駐屯地のヘリポートから飛び立った四機のうち、攻撃ヘリ一機と輸送ヘリ二機は、北領、越嶺領領主の屋敷を目指していた。
異様な鉄の塊が三つ、局地的な嵐を巻き起こしながら、重低音を響かせて北へと突き進む。
――ところ変わって、越嶺領城下町に近い丘の上は、異様なほど静まり返っていた。
柔らかな風が草を揺らし、遠くで鳥のさえずりが聞こえる。
ここから見えるのどかな陽気からは、駐屯地で大規模な合戦が起きているとは到底信じられなかった。
斥候隊に加わっていた橋谷は、岩の上に置いた端末の画面を凝視していた。画面に映し出されているのは、城下町のさらに奥――領主の屋敷、その広間に続く廊下だ。ヘッドフォンからは、あらかじめ縁の下に潜入させていたドローンが拾う音声が流れてくる。
「……全員、揃っているようです」
橋谷が低く呟いた。
――領主の館の広間
そこには、畳の上に居並ぶ重臣たちの姿があった。その最奥に越嶺領主が鎮座する。 今日、この時間に重臣が一堂に会し、軍議が開かれることは事前に把握済みだった。
議題は一つ。本日決行された“駐屯地強襲”についてだ。
「いやあ、もはや勝利は揺らぐまいて」
重臣の誰かが高笑いする。
「奇妙な力を使うと聞いたが、所詮は得体の知れぬだけの小勢。数で押せばどうということはない」
「我が軍の大将が率いておるのだ。あの程度の連中、日の暮れる頃には蹴散らされておろうよ」
重臣たちは、勝利を露ほども疑っていなかった。 すでに戦後処理に頭を切り替えた領主と重臣たちの話題は、その先の野望へと移っていく。 謎に包まれた“村の価値”とは何か。そして駐屯地が持つ正体不明の“武力”。 それらを手中に収めた後の、傲慢な皮算用だ。
「南領を足がかりに――」
「やがては、この国すべてを――」
語られる言葉はどこまでも軽く、浮ついていた。
ただ一人、勘定頭の葛城を除いて。
――その頃。
穏やかだった丘の上に変化があった。
「……来たか」
斥候隊の誰かが囁いた。
橋谷もまた、耳を澄ます。
――かすかに、だが確かに。空を切り裂くヘリのローター音が聞こえてきた。
「総員、準備」
分隊長の鋭い声に、斥候部隊の隊員たちが無言で頷く。
橋谷も、ドローンのコントローラーに指をかけた。
「起動」
――領主の屋敷。
その屋根に潜伏させていた数機の“静音ドローン”のローターが回転をはじめ、屋根から滑り出す。
ドローンたちは、わずかな甲高いモーター音を響かせながら、低空飛行で庭園を横切った。
それを見た下男は恐れおののき、女中は悲鳴を上げて腰を抜かした。
「何だあれは!?」
警備の武士たちも、初めて目にする“巨大で異様な羽虫”に一瞬たじろぐ。だが、
「取り合え!」
気合を振り絞って叫ぶと、刀を抜き放ち、宙を舞う異形を追いかけた。
だが、追いつけるはずもない。 ドローンたちは高速で、地形を厭わず一直線に広間へと向かう。
外の騒ぎに、何事かと広間の領主たちが腰を浮かせたその瞬間。
欄間の透かし彫りから。 障子や扉のわずかな隙間から。 異形の飛行物体が、次々と室内へ滑り込んだ。
「……な、なんだ、これは……」
「虫か……いや、これは……」
ドローンたちが、広間を旋回する。 橋谷たちの手元のモニターには、領主や重臣たちの狼狽した顔が次々と鮮明に映し出された。
恐怖。
困惑。
混乱。
ただ一人――。
葛城だけが、悔しそうに唇を噛み締め、忌々しげに目を細めていた。
『映像、良好』
『音声、クリア』
『領主、重臣、葛城、確認』
丘の上で、斥候部隊が報告を回す。
この場に、首魁のすべてが揃っている。
そして――。奴らに逃げ場は、もうどこにもない。
青い空の彼方に、巨大なヘリの機影がはっきりと姿を現した。




