第六章 第九部:決戦 ― 鉄の鳥、墜つ
終わったのかかどうか。
衛生課の佐野玲奈には、まだその判断がつかなかった。
敵将は討ち取り、重臣も捕縛した。 敵兵は動きを止め、ある者は武器を捨て、ある者は力なく地面に座り込んでいる。 (だが、これは単に“止まって”いるだけではないのか。本当に“終わった”と言えるのか)
「……衛生課より司令部へ。こちら正門脇にて待機中。負傷者は、現在のところゼロ」
報告を入れている最中、敵将の死体を吊るした攻撃ヘリが、正門前方の開けた場所へと降り立った。 ローターが巻き起こす猛烈な風が砂塵を運び、思わず目を細めた。
地上にいる敵兵たちには、上空に吊るされた首が自分たちの総大将であるか確信を持てていないはずだ。 敵兵の目の前で敵将の首を掲げ、その死と、こちらの勝利を認めさせなければ、この戦は真の意味で終結しない。
攻撃ヘリの着陸地点から少し西側。動きを止めていた敵兵たちが、降りてきた死体を目にしてざわめき始める。 包囲していた隊員たちが、警戒を強めて敵歩兵に銃口を向け、声を荒げる。
「武器を置け! その場に捨てろ!」
二名のパイロットがヘリのコックピットから降り、ロープに結びつけられた死体を外しにかかった。
敵歩兵の中には、その姿をより近くで見極めるため、隊員押し退けようとする者も現れ始めた。 どよめきが広がり、戦場に不穏な動揺が走る。
次の瞬間だった。
敵兵の集団の中から、三つの影が飛び出した。
速い。
異様なまでの瞬発力だ。
「気をつけろ――!」
誰かの叫びが、ワンテンポ遅れて戦場に響き渡る。
三つの影は、抜身の獲物を手にしたまま、一直線にヘリへと肉薄する。
「止まれッ!!」
『ダダダンッ!』
制止の怒号と射撃の音が重なる。
だが、男たちは止まらない。あの身のこなし、瞬発力、ただの足軽ではない、紛れ込んだ隠密だ。
「逃げろッ!そこから離れろ!」
(間に合わない――!)
銀光が閃き、パイロット二名が次々と斬り伏せられる。
鮮血が、冷たい風の中にほとばしった。
隠密の一人が、敵将の首を掴み取って逃走を図る。
「止まれ!」
しかし、制止に応じる気配はない。
『ダダダダダダッ……!』
銃声が重なり、逃げようとした隠密は蜂の巣になってその場に崩れ落ちた。
――だが、残り二人。
二人は、流れるような動きで攻撃ヘリの座席へと飛び乗った。
「降りろ!触るな!」
命令は届かない。 ヘリの損壊や弾薬への誘爆リスクを考えれば、むやみに射撃することもできない。
歩兵隊がヘリににじり寄る。
数秒の空白の後、再びローターが唸りを上げて回り始めた。
「……まさか、飛ぶの?」
佐野は息を呑んだ。全身の血が凍りつくような感覚が走り、絶望的な予感に喉の奥が引き攣る。乾いた音を立てて唾を飲み込むのが精一杯だった。
―
――だが、飛ばない。
流石に現代兵器を即座に操縦できるはずもなかった。
だが。
機首の“チェーンガン”が、動いた。
「総員、伏せろッ!!」
次の瞬間。
耳をつんざく連続音。
滅茶苦茶な銃撃。
制御のない、狂ったような乱射が始まる。
地面が爆ぜる。
車両。敵。味方。弾丸が何に当たるか、分からない。
「――装隔車隊、撃て! 機体を無力化しろ!」
やむを得ず、伊藤が判断を下す。
『ガガガガガガガガッ......!!』
待機していた装甲車両の重機関銃が、一斉に掃射を開始した。 無数の弾丸が、自分たちの誇りであるはずのヘリの機体を引き裂いていく。
攻撃ヘリは大破し、炎が上がった。 機内にいた隠密二名はヘリごと射殺された。
『……衛生課! 衛生課 佐野!!応答しろ!!』
目の前の惨状に思考停止していた佐野が、ヘッドセット越しの怒鳴り声で我に返った。 燃え上がるヘリの傍らで、血の海に沈んでいるのは敵ではない。
『パイロット二名、重傷! 至急救護を!』
(でも、このままじゃヘリの火器が誘爆するかもしれない。救助に行かせれば、隊員たちも巻き込まれる。どうすればいいの……?)
「こちら装甲車隊。パイロットを救助し、そのまま救護室へ向かう!」
誰の命を受けるでもなく、ヘリの射撃した装甲車の一台が炎の迫るパイロットのもとへと猛進していった。
「担架!早く!」
負傷者を迅速に車内へと運び込み、こちらに向かってくる。 佐野は我に返り、正門そばの救急救護室へと全力で走り出した。
その瞬間、背後で凄まじい爆音が轟き、背中が熱を帯びた光に照らされる。
振り返ると、巨大なローターの一本が、まるで笹の葉のように虚空を舞っていた。
(あと一歩、遅れていたら……)
震える膝を必死に叩き、彼女は再び前を向いて駆け出した。
救護室に運ばれた二名は、見るに堪えないほど血に濡れていた。
鋭利な刃物による深い裂傷。
急激な失血。
「意識は!?」
「……ある。だが――」
顔色は土気色で、呼吸は浅い。
佐野は、血が滲むほど唇を強く噛みしめた。
(これが、初めてだ……)
初めて破壊された、“現代兵器”。
初めて負った、“仲間”の重傷。
戦は、終わってなどいなかった。
終わったと思った、心の隙が生んだ“油断”が、この惨状を招いたのだ。
心臓が肺を内側から突き上げるように激しく鼓動を刻む。
(気をしっかり持て!私!!ここからは私が、二人を救うんだっ!!)
兵士たちの戦闘は終わった。
これから、ここが佐野の戦場になる。




