第六章 第八部:決戦 ― 現代兵力の威容
伊藤は、正門脇の指揮車両内で、ヘッドセット越しに戦場の音を聞いていた。
発砲音。
爆発音。
混乱に満ちた悲鳴や叫び。
「……想定通りだ」
独り言のように呟き、正門の向こうを見据える。 敵は、すでに戦闘の体をなしていない。 戦場も敵本陣も未曾有の大混乱に陥るなか、ヘリポートからは次々と機影が浮上していく。
輸送ヘリ二機。
攻撃ヘリ二機。
ローターの風が地面を叩き、土と枯葉を激しく巻き上げる。
そのうちの一機が敵本陣へと向かった。
伊藤はそれを確認し、次なる命令を下す。
「地上部隊、前進」
正門が開く。
重厚な駆動音とともに、戦車と装甲車がその威容を現した。
敵騎馬隊はなおも正門を目指していた。だが、爆音にパニックを起こした軍馬のせいで統制は失われつつある。
それでも、騎馬という兵科が持つ“突撃”の慣性だけが、彼らをその場に縛り付けていた。
「威嚇射撃、撃て!」
戦車の機銃が火を噴く。
敵騎馬隊の前方、そして側面。
決して直撃させない距離に、猛烈な弾幕が張られる。
馬たちが怯え、激しく嘶いた。
そこへ――。
「スタングレネード、投擲!」
装甲車のハッチが開き、数個の円筒が放り投げられた。
次の瞬間。
円筒が弾ける。
鼓膜を直接叩きつけるような轟音と、視界を白濁させる暴力的な閃光に、馬という繊細な生き物は成す術もなく理性を崩壊させた。
棹立ち。
転倒。
暴走。
騎乗兵は次々と振り落とされて地面に叩きつけられ、主を失った馬たちは戦場から方方に逃走していく。戦闘車両に続いて進出してきた歩兵隊が、騎馬を失った騎乗兵たちを速やかに取り囲む。
さらに――。
「車両隊、敵歩兵隊を包囲!」
騎馬隊を制圧した車両隊は、そのまま西の壁に沿って展開する敵歩兵隊へと向かう。重厚な鉄の塊が恐るべき速度で迫って敵歩兵隊の退路を塞ぎ、機銃が唸りを上げて地面を削る。 敵兵たちは、抗いようのない力の差に、恐怖で目を見開いた。
後続の歩兵隊も車両隊に合流し、敵を完全に包囲する。
しかし、騎乗兵側も歩兵隊側も、なお刃を構えて斬りかかってくる者がいた。
それらは事前の取り決め通り、手足を撃って戦力を奪い、迅速に捕縛した。
数名の抵抗者が出たものの、やがて敵も観念したのか、一人、また一人と武器を捨てて地に伏していく。
『敵歩兵隊、戦意喪失確認』
『敵騎乗兵、同じく戦意喪失確認』
伊藤はゆっくりと息を吐き、次の命令を出す。
「戦車隊、本陣へ」
装甲車をその場に残し、戦車は巨体を旋回させて敵本陣へと進撃を開始した。
そこはすでに、自走砲の威嚇砲撃と将軍の死により、敵は完全に統制を喪失していた。
上空では、攻撃ヘリが獲物を狙う鷹のように旋回している。
逃亡を図る将兵の足立へ、容赦ない威嚇射撃が浴びせられる。着弾のあまりの衝撃で土柱が上がり、砕け散った岩片が礫となって敵の足を切り裂く。槍も矢も届かぬ空からの圧倒的な攻撃に、敵兵たちはなす術もなく腰を抜かした。退路を断たれ、悲鳴と混沌が渦巻く。
そこへ。
巨大な鉄の塊が、地鳴りを立てて姿を現した。
戦車。
これが敵本陣を包囲し、正面に据えられた主砲が火を噴く。
耳をつんざく轟音。そして背後――本陣の後方にそびえる巨大な岩が爆発し、砕けた破片が雨のように降り注ぐ。
敵は恐慌状態に陥り、ついに完全に戦意を喪失した。
(……終わったな)
伊藤はそう確信した。 敵本陣は、完全に陥落した。
高台から降りてきた狙撃班が、冷静沈着に動く。
重臣を捕縛。
もはや、抵抗する者は一人としていない。
軍の中で最も高貴な鎧を纏った男の死体から、首が切り離される。 この時代において、それが確実な“終わり”を意味するからだ。
首と死体は、ホバリングする攻撃ヘリから垂らされたロープに結びつけられた。 ヘリは再び駐屯地前の戦地へと向かい、その上空を旋回する。
歩兵隊の上。
騎馬隊の上。
敵将の死という現実を、全軍に否応なく見せつける。
敵兵たちは、完全に動きを止めた。
伊藤は、無線を切り替えた。
「敵戦力、無力化完了」
一瞬の沈黙の後、外山の声が返る。
『了解。よくやった』
伊藤は、静かに目を閉じた。
――だが・・・
戦は、まだ終わっていない。
本当の標的は、別にいる。




