第六章 第七部:決戦 ― 情報の支配者
外山は、作戦司令室の大型モニターを感情のない眼差しで見つめていた。
画面に映し出されているのは、白峰駐屯地南西の山脈中腹に集結しつつある敵軍の軍容だった。
「――完全に作戦通り……か...」
低く呟くその声は、冷徹にさえ聞こえる。
ドローンが傍受した音声データは、すでに解析を終えている。敵領主は自領に残留。全軍の指揮を配下の将軍に委ね、駐屯地への正面突破を選択したようだ。
(村に重要な価値があると考えているなら、そこを戦火に巻き込むのは悪手だ。ならば、村を守っている“謎の集団”の本拠地を先に、全力で叩く。村はそのあとでゆっくり占領すればいい……確かにその通りだ)
敵の判断は、戦国乱世の兵法としては極めて合理的だ。外山はその思考自体は否定しなかった。
だが――。
「情報は、すでにこちらが握っている」
それだけで、戦は別物になる。
この戦を単なる合戦から“一方的な制圧”へと変質させる。
得られた情報に基づき、こちらは作戦を練り上げてきた。村には防衛と連絡を目的とした必要最小限の部隊配置のみ。駐屯地側には迎撃のための万全な態勢を整えている。
敵は知る由もない。自分たちの立てた作戦が、立案の瞬間から結末に至るまで、すべて自衛隊側に筒抜けであることを。
敵軍の編成は、実に堂々たるものだった。騎馬隊を中核に据え、武士、足軽、弓兵を巧みに組み合わせた正統派の組織戦。本陣は山の中腹、駐屯地の全域を俯瞰できる絶好のポジションに構築されつつある。
だが、その背後、敵本陣をさらに見下ろす山の高台――
山肌に溶け込むように、ギリースーツを纏った狙撃班が潜伏し、すでに銃口を向けていた。
『狙撃班東郷、ターゲットをレティクル内に捕捉。いつでもいけます』
無線から届く無機質な報告。
「そのまま待機」
外山は短く返し、再びモニターへ視線を戻した。
やがて、敵本陣の設営が完了。
敵の歩兵隊が整然と陣形を組み、駐屯地へと進軍を開始した。中には、防壁を乗り越えるための長い梯子を担いだ者たちの姿も混じっている。彼らは駐屯地の外壁から二百メートルほどの距離とって壁沿いに展開した。
遠く、本陣の方角から、空気を震わせるような勇壮なほら貝の音が鳴り響いた。 それを合図に、敵弓兵が一斉に弦を放す。黒い雨のごとき矢の群れが、放物線を描いて駐屯地の内側へと降り注いだ。
同時に、歩兵が壁に向かって前進を開始する。
本陣では騎馬隊が動き出す。正門に向かって、一直線に。
「――警告放送!」
『これ以上の攻撃および接近は敵対行為とみなす。直ちに撤退せよ。従わない場合、武力行使する』
駐屯地のスピーカーから、警告の声が戦場に響き渡る。
だが、当然ながら敵軍に応答はない。弓兵の射撃は止まず、歩兵が喚声を上げながら前進を加速させる。
「敵対行為と認定する」
外山は、深く息を吸い込んだ。
「――反撃、開始!」
最初に火を吹いたのは、迫撃砲だった。
進軍する敵歩兵の目鼻の先――。 あえて直接の殺傷を避けた位置に、威嚇用の砲弾が突き刺さる。
凄まじい爆発。 腹に響く地鳴り。 勢いに乗っていた歩兵たちも、整然としていた弓兵の列も、その音と衝撃波に一瞬にして瓦解した。
間髪入れず、あらかじめ狙いを定めていた自走砲が火を噴く。西の山の中腹、敵本陣の周囲へと精密に計算された威嚇砲撃が次々と着弾した。敵にとって、砲弾も見えないその爆発は、突如として大地から噴き出した神罰か、あるいは理解を絶した天災に他ならなかった。モニター越しでも、本陣がパニックに陥る様がありありと伝わってきた。
その爆音と混沌が極限に達した、その瞬間――。
「狙撃班、撃てっ」
『ダーン』
山の高台。敵本陣を見下ろす位置から放たれた精密射撃。超音速で飛来した一撃は、敵大将が誇った名品の鎧を意にも介さず、その胸部を容赦なく正確に貫いた。敵大将は、その身に何が起きたのかを理解する暇もなく、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
耳を裂く爆発音。 足元から揺れる大地。 そして、理由もわからぬ将軍の討ち死に。
本陣は、完全に機能を喪失した。
壁の前の戦場では、迫撃砲の爆発がさらに混乱を広げている。中には砲撃の隙間を縫って壁に辿り着く歩兵もいるが、駐屯地の高所から狙撃されて梯子隊が近づけない。何とか狙撃をかいくぐり壁に辿り着いた1台。歩兵たちが梯子を登る。かたや、壁を登ることを諦め、狙撃の銃弾にさらされながら西のフェンスを登る者も。しかし、壁やフェンスの上部に辿り着いても、そこには今回の作戦に向けて高圧電線が張り巡らされている。これに触れた瞬間、青白い火花が散り、見えない“雷”に打たれた敵兵たちが白目を剥いて次々と墜落していく。
「――勝敗は、すでに決している」
外山は静かにモニターを見つめ続けた。
次に動くのは――。
現代の力を携えた、我々の番だ。




