第六章 第六部:総攻撃前夜 ― 決断の刻
白峰駐屯地を襲撃した武装勢力の追跡調査は、翌日、一つの結論に収束した。
敵兵たちは山を越え、北へ北へと逃走した末、北の領地にある城下町へと辿り着いた。町の外から監視を継続すると、下町外れにある一角へ吸い込まれていった。
瓦葺きの粗末な建屋が並ぶ寄宿舎区画。
「……やはり、直接は戻らないか」
追跡分隊長は双眼鏡越しに、寄宿舎へ入っていく人影を見ながら低く呟いた。
領主の屋敷や武家居住区から明確に隔離されたこの場所は、身元の不確かな武装集団を潜伏させるにはうってつけの場所だろう。
(ここに拠点を持つということは、黒幕は予想通り北の領主で間違いない。あとは、その繋がりを裏付ける決定的な証拠が必要だ)
しばらくすると、身なりの整った男が二人、城下を横切って中心街へ向かうのが確認された。一人は襲撃現場にはいなかった顔だ。おそらく威力偵察の結果を報告しに行く伝令役だろう。責任の所在を曖昧にしたまま、首脳部へ情報を上げる――姑息な領主が好みそうなやり方だ。
これ以上、この格好で深追いするのは人目に付くと判断した追跡隊は、二人の姿が建物の影に消えるのを見届けると、近くの視界が開けた丘に観測ポイントを確保し、駐屯地へ無線をつないだ。
一方、小谷の村では、戦闘で足を撃ち抜かれた襲撃隊の頭領、戦闘で足を撃たれて逃走できなかった者、逃走中に罠にかかった者ら計八名を捕縛し、輸送車で駐屯地へと護送していた。
駐屯地では、駐屯地正面で足を狙撃された“組頭”と、それを運ぼうと怒鳴り散らしていたあの“恰幅の良い男”の2人を捕縛していた。村から護送されてきた捕虜と合わせて計十名。
彼らは個別の独房に収監され、尋問が開始された。
――情報を突き合わせるまでもなく、最初に崩れたのは“恰幅の良い男”だった。
「組頭の命は、お前の返答一つにかかっている」
取調官が冷淡に告げると、男は少しずつ口を割り始めた。
「……俺たちは、、、頭が、おめぇたちは倒さなきゃなんねぇって言っただ。頭の言うことは間違いねぇんだ!!」
最初はそれでも抵抗するように断片的な情報しか話さなかったが、組頭の応急措置をした際に録音したうめき声や悲鳴を扉越しに大音量で流すと、顔を青くして話し始めた。
「……お、俺たちは、頭も、北の……北の殿の命で……」
さらに、組頭の取り調べ時の録音をもとに音声を合成して流す。
『俺たちの、狙いを、話せ...』
『殿の、臣下について、説明、しろ......』
『北の、領地の状況は、どうなっている......』
『お前の、好きな、女のタイプを吐けっ…』
男は何から何まで、洗いざらい吐き出した。現代のデジタル技術など知る由もないとはいえ、少しは疑問に思いそうなものだが、、、やはりこのデブは、忠義に篤いだけのただの阿呆のようだ。それにしてもまさか、これほど簡単に崩れるとは……
尋問の結果、今回の襲撃が明確な“威力偵察”であったことが判明した。目的は破壊でも略奪でもない。画策中の“総攻撃”に向けた、小谷の村と背後にいる“謎の集団”の戦力測定だ。
そして、敵が持ち帰った結論は、捕虜の口からはっきりと語られた。
――恐ろしい武器は持っている。
――だが、殺傷力は低い。
――大勢を一度に殲滅する力はない。
――数で押せば、奪える。
伊藤は尋問記録を閉じ、静かに溜息を吐いた。
「……こちらの対応が、そう“見せて”しまったのか」
これまでの戦闘では、歴史への過度な介入を懸念し、攻撃を意図的に抑制していた。 点で撃ち、面では撃たない。使用武器は小火器のみとし、重火器は不使用。敵は殺さず、捕虜も取らず、退路を残す。 その人道的な配慮が、敵には“弱さ”と映ったのだ。それが、敵の“総力戦”という判断につながってしまった。冬が来る前に総力を挙げ、数で押し潰しに来る。
会議室に集められた各班の報告が、順に整理されていく。
【敵の状況】
・黒幕:北の領主
・目的:威力偵察を経ての総攻撃
・狙い:領地拡大、未知の技術・兵器の略奪
・認識:自衛隊は小規模、殺傷力・広域殲滅能力なし、数的優位で押せば打倒容易
【自衛隊の制約】
・村民の生命・生活の保護
・無用な歴史改変の回避
・長期消耗戦の回避
沈黙を破り、外山が口を開いた。
「……このまま防戦を続ければ、敵は何度でも来る。数を揃え、村ごと焼き払いに来る。このまま防戦を続ければいずれ我々にも被害が出、敵味方の死者は増え続け、歴史への影響は取り返しのつかない規模に拡大する」
未来史端末は、いまだ小谷の村が滅び、日本が滅亡する未来を示している。しかし、ところどころの細かい歴史は安定せず、時折表示が変わる。
これまで端末は常に一つの未来を示してきた。“このまま進めば、こうなる”。だが今は違う。未来が確定しない。わずかな行動の違いで未来が変わる。それでも、日本の滅亡という大きな流れは変わらない。
伊藤が言葉を継ぐ。
「……こちらが動かなければ、最悪の未来に収束する、ということか」
その言葉に、反論する者は誰もいなかった。 大軍が来ようと、現代兵器の火力を解放すれば殲滅は容易だ。しかし、それでは歴史が大きく変わってしまう。しかも、それが最悪の結果につながる場合、もう、取り返しもつかない。
「首謀者を討つ」
外山の言葉は、静かだが重かった。
北の領主を殺害する。
重鎮を捕縛する。
軍の中枢を無力化する。
それは戦場で数千人を殺すよりも、はるかに流血を抑えられる。敵にも、村にも、自衛隊にも。
そして、歴史への影響も最小限に抑えられる。
しかし、敵の大軍を殲滅するより、はるかに難易度は高い。
だが、だからこそ敵側も認識するであろう。敵のど真ん中に踏み込み、これを完遂する。それを可能とする“抵抗する意思すら起こさせないほどの戦力差”を。
「……救出の念すら起こさせぬよう、領主は、衆人環視の、圧倒的な武力で殺害する」
外山は冷徹に言い切った。
会議の結論は早かった。
交戦規定は段階的に変更。
ターゲットに対する殺傷は許容される。
決定を受けて、斥候部隊が北の領地へ向かい、追跡部隊と交代した。
その夜、十数機の静音ドローンが戦国の空へと舞い上がった。ドローンは領主の館や物見櫓の屋根に音もなく着陸し、数機は縁の下へと潜り込む。
目的は、総攻撃に向けた計画の把握と、領主や周囲の日々の行動だ。
何時に起き、
何時に食事をとり、
何時に武芸を行い、
何時に臣下が集まり、
何時に公務が終わり、
何時に風呂に入り、
何時に寝所へ入るのか。
何曜に何をするのか。
斥候部隊の橋谷は、ドローンのもたらす情報を漏らさず記録して、領主の生活パターンを探る。日々の些細なルーチンを、ドローンの電子の眼を介してデータ化し、強襲のタイミングを冷徹に探った。
そんななか、すでに総攻撃の成功に胸を躍らせている北領の重臣のなかで、一人、例外的な人物に目が引かれた。慎重派であり、南領への進攻に反対し、現領主の下では冷遇されている男――“葛城”。
「……葛城の名をリストに入れ、その特徴を記録して関連部隊に共有しろ。この男は必ず生かし、丁重に保護する」
外山はそう通達した。
夜が更ける。
雪の匂いを含んだ冷たい風が、山を越えて吹き下ろしてくる。
次の戦次第で、この世界の未来が決まる。




